富樫勇樹

『チームを勝たせる仕事』ができるポイントガード

昨日、Bリーグに1億円プレーヤーが誕生した。千葉ジェッツが会見を開き、富樫勇樹の2019-20シーズンの基本報酬が1億円を超えたことを発表したのだ。勝利給やタイトル獲得に応じたインセンティブは別で上乗せされるため、リーグMVPに選ばれた今シーズンのような活躍ができれば、その収入はさらに増えることになる。

千葉ジェッツの今シーズンの売上は17億を突破する見込みで、エースに1億円を支払うことのできる規模となった。この急速な売上増加の最大の要因が、ここ3シーズンに残した好成績であり、『チームの顔』である富樫の活躍なのは間違いない。

その富樫の『すごさ』は何なのか、あらためて考察したい。1試合平均のスタッツは14.0得点(帰化選手を除く日本人4位)、5.5アシスト(リーグ3位)。しかし、そのインパクトは数字を大きく上回る。

まずは『得点力のあるポイントガード』である点だ。日本のポイントガードは『司令塔』としてのゲームメークやチームのコントロール、ディフェンスを重視する選手が多く、ジャンプシュートの確率は総じて低い。しかし富樫はミドルレンジから3ポイントシュートまで、シュートエリアを問わずに打つことのできるシュート技術を備えている。また、ここで精度抜群のフローターという選択肢を持っていることが、富樫の大きな武器になっている。

またシュートに関しては技術だけでなくメンタルの強さも突出している。今シーズンで印象的なのは大会3連覇を決めた天皇杯ファイナル。延長までもつれた栃木ブレックス戦、相手ペースで進んだ試合をチーム一丸となって粘りに粘った末、残り3秒で逆転する決勝3ポイントシュートを決めている。決まるかどうかよりも、あの場面で打ち切る心技体を備えた選手は、少なくともガードでは彼しかいない。勝負どころにおけるプレーの質の高さ、すなわち『チームを勝たせる仕事』をするという点で、富樫は突出した存在だ。

富樫勇樹

ピック&ロールを起点に多彩な攻めを展開

それだけのシュート力を持つだけに、相手からすれば富樫はコートのどこにいても警戒してチェックに出て行かざるを得ない。それで生まれたスペースを活用してパスを出すことが、好アシストに繋がっている。

富樫のアシストの受け手となる最も重要な選手がマイケル・パーカーだ。一瞬の隙を突いてディフェンスの視界から消えてペイント内に飛び込むパーカーと、その動きを見逃さずにパスを合わせる富樫のホットラインはリーグ屈指。それでも、パーカーとの合わせに依存することなく、同じく走力のあるギャビン・エドワーズを使ったり、アウトサイドの日本人シューターへ展開したり、富樫のピック&ロールを起点に多彩な攻めが展開されるのが千葉の魅力となっている。

またアシストの面でも、富樫のクラッチプレーヤーぶりは光る。天皇杯準決勝でパーカーへと送った決勝アシストは富樫の技術とアイデアの集大成。1試合平均のターンオーバーは1.8だが、接戦の試合終盤にイージーなミスをしてチームを負けさせるシーンはほとんど印象にない。日本代表クラスの選手でも勝負どころで気持ちの余裕を失ってしまいミスが出ることは決して少なくない。その点、富樫の安定感はここでも突出している。

さらに、数字には出ない富樫の『すごさ』として挙げられるのがディフェンスだ。167cm65kgの富樫に、フィジカルで激しいディフェンスを求めるのは酷というもの。つい最近まで富樫を認めない者の言い分は「あの身長では守れない」だった。特に国際試合を戦う上で身長とフィジカルのハンデは大きい。だが富樫はハードワークとディフェンスのチームルールを遂行することで、ディフェンスでも安定して及第点のプレーをする。少なくとも『ディフェンスの穴』として狙い撃ちにされる脆さを見せることはない。

富樫勇樹

小さな富樫がスピードで相手を翻弄する、痛快な魅力

もう一つの『すごさ』はスピードだ。単純な足の速さだけで言えば富樫はリーグNo.1ではないだろう。それでも、確かなハンドリング技術を使った左右の揺さぶりと巧みに緩急をつけることで、彼はBリーグ最高のスピードスターとなっている。判断のスピードも速く、ドライブで相手の守備陣形を切り崩した瞬間には、次にするべきプレーを正しく、即座に決断する。これが千葉の自慢であるトランジションオフェンス、守備から攻撃への切り替えの速さに繋がっている。

日本では昔から『柔よく剛を制す』が好まれる。富樫もそれに似て、サイズはないがスピードで大きな対戦相手をキリキリ舞いさせる痛快な構図は多くのファンを魅了する。これはBリーグにおいて唯一無二の富樫の魅力で、そのキャッチーさが新たなバスケットボールファンの開拓にも一役も二役も買っている。

千葉ジェッツ1年目のNBLラストシーズンはポイントガードの3番手で出番が限られていたが、その時のことが嘘のような飛躍を毎シーズン重ねている。2012-13シーズンにアーリーエントリーで秋田ノーザンハピネッツに入団した時に『半年で100万円』から始まった契約は、1億円に到達した。だがその金額に負けないほど、プレーヤーとしての富樫は成長を続けている。

まだ25歳。そのステップアップがまだまだ続くだろうし、それに応じて契約も大きなものになっていくだろう。日本バスケ界をリードする富樫の挑戦を見守るのは、ファンにとっても一大エンタテインメントだ。