「経験を積ませるために起用しているつもりは一切ない」
2月2日に行われた川崎ブレイブサンダースとのゲーム2で、滋賀レイクスはシーズン4勝目に近づくまたとないチャンスを得ていた。残り1分11秒。ビハインドはわずか1点という状況でボールを受けたのは、右サイドのコーナーでフリーだった長谷川比源。長い腕から迷いなく放たれた3ポイントシュートはリングの手前に当たり、力なくこぼれた。
前田健滋朗ヘッドコーチは、川崎との二連戦に入る前「これに勝つことが最下位から次の順位に行くための唯一の方法」と選手に伝えていた。しかし、第1戦は82-105と大敗し、翌日の第2戦も95-98で敗れた。過酷な状況を変える細い細い糸が断ち切れた後、長谷川は心ここにあらずという表情だった。
「川崎さんが素晴らしい プレーをされたことを前提としても、我々としては絶対に勝たなきゃいけない、 勝たないと意味がない試合でした。『昨日に比べれば良かったね』とか『良いゲームをしたな』といった振り返りは本当に必要ないと思ってますし、そんなものを目指してるクラブでもないと考えています」
前田ヘッドコーチが試合後の会見で話した言葉に、疑問を持った。「勝たないと意味がない」という大切な試合に、昨年12月に加入したばかりの19歳を20分近く起用し、大接戦となった最終盤もコートに立たせたことに対してだ。
202cmの上背。サイズに似つかわしくない機動力と身体能力。柔らかい外角シュート。ガードからセンターまで守れるスキル。1年目から大学界を席巻しプロに進んだ長谷川のプレーは、活躍の場所を国内最高峰に移しても非凡なもので、この日はチームで3番目に多い6つのリバウンドを奪っている。ただ、ユニフォームの脇からインナーが見えるほどに身体が細く、大接戦となった第4クォーターに放った3本の3ポイントシュートはいずれも外れた。不安定さは否めなかった。
今シーズンのB1は降格がない。選手にかかる人件費を削ってその他の項目に当てる、思い切って若手の育成に振り切るといった戦略をとることもできる。滋賀の原毅人社長は他メディアの取材に対して、昨シーズンより人件費を抑えたと明かしている。ゆえに長谷川の起用は育成の意味合いが強いのかもしれないと考えた。
穿った見方であることを前置いた上で、「勝利しなければいけない試合の主要なピースとして彼を起用したのか」と尋ねた。前田ヘッドコーチは力強く「はい」と言い、続けた。
「勝ちに必要な選手として彼をコートに送りました。特にリバウンドの部分で貢献してくれましたし、ディフェンス面でも高さがあるのが強み。そして(サイズの大きい長谷川をアウトサイドにポジショニングすることで)コートをストレッチできるので、彼に終盤を託しました。色んな方に『経験を積ませるために起用している』という見方をされているかもしれませんが、そんなつもりは一切ないです」
「あそこでパスを出してくれたのはすごくうれしかった」
前田ヘッドコーチの会見後、長谷川本人にも話を聞く機会が得られた。長谷川は次のように試合を総括した。
「今日はディフェンスでハードに頑張れたし、オフェンスでもプットバックを成功させられたし、いつもより長いプレータイムをもらえました。でも勝負どころでシュートを決めきれなかった。自分はああいう3ポイントシュートを決めきる準備をしてきたし、ゲーム1でもスリーを決めていたので自信を持って打ったんですが、自分の力のなさを感じたというか、すごく悔しいという一言につきます」
冒頭でも紹介した勝負どころの3ポイントシュートは、チームのエースであるブロック・モータムからパスを受けて打ったものだった。モータムはこの日31得点、3ポイントシュート4/7本成功と獅子奮迅の活躍を見せていたが、自分がシュートを沈めることでなく長谷川へのパスを選択した。
エゴが強く、勝負どころでボールを離したがらない外国籍選手は枚挙に暇がない。その中で、若き原石に勝負させようとしたモータムの判断は強く印象に残るものだった。長谷川はこのパスをどう思ったのか、聞いた。
「自分が2本目のスリーを外した後のタイムアウトで、モータムは『打ち続けていいんだぞ』と言ってくれていました。途中からチームに入った、メインオプションではない自分の仕事の1つはコーナースリーをしっかり決め切ることで、オールスターの休みの間には精度が上がってきていました。だからあそこでモータムがパスを出してくれたのはすごくうれしかったですが、決めきれなくて本当に申し訳ないし、あのシュートが負けに繋がったと思うので本当に悔しいです」
前田ヘッドコーチが語った「育成でなく必要な戦力として起用している」という言葉についても聞いた。自身も同様の気持ちでプレーをしているのか、と。長谷川はバイウィーク中に指揮官本人と話をしたと言い、その後の葛藤についても明かしてくれた。
「ケニーさん(前田ヘッドコーチ)から、『勝つために必要な選手』として自分にしてほしいことを聞いていました。でもバイウィーク明けの仙台89ERS戦は自分の良さがあまり出せず、ディフェンスにもミスがあって、長崎ヴェルカ戦はプレータイムがもらえませんでした。バイウィーク前の三遠ネオフェニックス戦ではプレータイムをもらっていたので、ちょっとメンタル的に来たところがありましたが、TEEさん(田原隆徳)が『次にチャンスが回ってきた時はつかまなきゃいけない』『常に準備をしなきゃいけない』と言ってくださったおかげで、今回の川崎戦では『いつ出てもいい』というメンタリティになれて、準備もできて、特にディフェンス面ですごく生きたと思います」
サイズやプレースタイル、左利きであることなど似たところが多い渡邊雄太を「越えなければいけない選手」「マッチアップする以上は勝つ気でいる」という存在としてとらえている。好きなプレーヤーとしてNBAバックスのヤニス・アデトクンポを挙げ、「ああいう支配的なプレーができるウイングは日本ではあまりいないし、自分はなれると信じている」と言う。
前田ヘッドコーチは「(シュート失敗を)本人がどう受け止めて、どう次に生かして、次に決められるかどうかは彼自身の戦い」とも話した。振り返りたくないだろう屈辱的なミスを自らの血肉として取り込み、鍛錬を重ね、勝敗を支配する史上最高レベルの大型オールラウンダーになれるかどうか。指揮官の言葉通り、それはこれからの長谷川次第だ。