「この試合に負けてしまうとワールドカップが終わってしまう気持ちで臨みました」
8月27日、男子日本代表はFIBAワールドカップ2023でフィンランド代表に98-88の逆転勝利を収めた。昨年のユーロバスケットで8強入りした、掛け値なしの欧州の強豪相手から歴史的な1勝をもぎとった。この快挙の立役者となった1人が、比江島慎だ。
試合の出だし、日本代表は長距離砲が決まらずオフェンスが停滞してしまう。この悪い流れを変えたのが比江島で第1クォーター残り4分15秒にコートインすると、いきなりステップバックからの3ポイントシュートを沈める。さらに持ち味である緩急を生かしたドライブからフリースローへと繋げ、第1クォーターだけで9得点を挙げた。第2クォーターに入っても比江島の時間は続き、前半は8分間の出場で3本のフィールドゴールをすべて成功させ、フリースローも8本中7本を決める14得点の大暴れだった。前半を終えた時点で36-46と、悪い流れの中でもなんとか追いつけるギリギリの範囲で踏み留まれたが、これは間違いなく比江島のおかげだった。
「この試合に負けてしまうとワールドカップが終わってしまうという気持ちで臨みました。ドイツ戦の反省点を生かして、本当にゴールだけを見る形で良いアタックができたと思います」
比江島はこのような強い覚悟を持って、フィンランド戦に臨んでいたという。そして「相手の守りはスイッチをしてこなかったので、多少のズレさえ作れれば自分のモノだと思っていました」と、積極的に仕掛けていった理由を明かした。
ワールドカップ2019、東京五輪など長らく代表の主力であった比江島だが、トム・ホーバス体制になってからは「なかなか、トムのバスケの中で持ち味を出すのは難しい部分がありました」と戦術へのフィットに苦しんだ。そして、強化試合でもプレータイムが少ない時期が続いた。
だが、それでも厳しいサバイバルレースを勝ち抜いて代表入りを果たし、「準備は整っていました」と手応えを感じていた。どんな苦境に陥っても比江島が自信を失わなかったのは、次の思いを持ち続けていたからだ。「世界の舞台では絶対に自分の力が必要になる。世界に勝つには自分の活躍が必須と思ってやってきました」
「Bリーグで技術を向上させて世界で戦えることを証明できました」
33歳の比江島は今回の代表メンバーでは最年長となる。青山学院大時代にフル代表デビューを果たし、代表活動は10年以上に渡る。それは今のメンバーで誰よりも世界の壁に跳ね返される悔しさを味わってきたことを意味する。だが、この辛い思いが比江島を心身ともに鍛えた。そして偉大な先輩たちから継承してきた思いが、今回の爆発に繋がったと語る。
「代表で最初の頃は田臥(勇太)さんや竹内(公輔、譲次)兄弟と一緒にやってきました。これまでの積み重ねが土台としてあって、徐々に世界を経験していく中で自信がつきました。先輩方には本当に感謝しています」
もう1つ、比江島が強調する積み重ねの成果がある。今回のように、際立ったフリースローを誘う技術はBリーグの戦いで磨き上げてきたものだと胸を張った。「Bリーグで技術を向上させて世界で戦えることを証明できました。これはBリーグにとっても大きいと思います」
そして、ようやくつかんだFIBA主要大会での1勝を比江島はこう表現する。「自分のバスケ人生の夢の1つで、この勝利はバスケット界にとって大きな1勝だと思います。これまで見たことのない景色でした」
だが、これで満足はできない。目指すは2次ラウンド進出であり、アジア1位でのパリ五輪の出場権獲得だ。「本当は泣きそうになるくらいのうれしさでしたが、試合が続くので我慢しました。正直、フィンランドは一番戦いやすい相手と思っていました。これからに向けてもっと調子を上げていかないといけないです」と、冷静さを見せる。
今の日本代表は若手が台頭し、海外で力を磨いた選手たちが中心と、これまでと大きく変わりつつある。だが、過去の選手たちが日本代表のために流した汗と涙は未来へと繋がる確かな礎となっていた。そして、日本国内でも力を磨くことができ、世界に通用する選手になることが可能であることを比江島は証明してくれた。大袈裟ではなく、比江島の活躍もあって成し遂げられたからこそ、今回の勝利は日本バスケ界にとってより意味を持つモノになった。