文=小永吉陽子 写真=小永吉陽子、一柳英男

辻直人と比江島慎を擁した洛南が史上2校目の3連覇
2006年、2007年、2008年/洛南3連覇

能代工以外のチームで初めて3連覇を果たしたのが洛南だ。2006年にはエースの湊谷安玲久司朱(横浜ビー・コルセアーズ)を軸として、竹内兄弟以来となる4年ぶりの優勝を果たす。決勝の相手は篠山竜青(川崎ブレイブサンダース)を擁する北陸であり、3位は金丸晃輔と橋本竜馬(シーホース三河)を擁する福岡大附属大濠だった。

続く2007年、洛南は辻直人(川崎ブレイブサンダース)がエースとなり、学年が1つ下の比江島慎(シーホース三河)とともに2連覇を達成。この年はインターハイを制した満原優樹(サンロッカーズ渋谷)がエースの能代工と、並里成(滋賀レイクスターズ)と留学生が猛威を振るう福岡第一が本命に挙げられていたが、満原が洛南との準決勝で足を捻挫。大黒柱を失った能代工を破った洛南は決勝の福岡第一戦も制して2連覇を達成した。

3連覇がかかった年の洛南のエースは、今や日本代表の中心選手となった比江島慎。1年生の時はリバウンドや球際に勝負強いシックスマン、2年時は辻とコンビを組んでの得点源、3年になると内外角をこなすエースへと成長。199cmの高さを持つ谷口大智(秋田ノーザンハピネッツ)と組み、決勝では狩野祐介(滋賀レイクスターズ)と留学生の高さを持つインターハイ覇者、福岡第一との大激戦を制した。

辻と比江島がいた3年間、洛南はインターハイでは敗れているが、冬には伝統のパス&ランの精度を高めて東京体育館に乗り込んでいる。チームプレーの中に個人の能力を生かすスタイルなだけに、チームが完成するには1年間を要している。それゆえ、エースの比江島は3連覇を達成してこう言っている。「洛南は冬に強いんです」

延岡学園のバンバvs尽誠学園の渡邊雄太
2010年/北陸初優勝 2011年、2012年/延岡学園連覇

市立船橋、京北、八王子など関東の個性派が台頭、復活、躍進した中で、2010年に優勝したのは野本建吾(川崎ブレイブサンダース)と藤永佳昭(名古屋ダイヤモンドドルフィンズ)が軸となった北陸。名門校ながら、意外にもウインターカップの優勝には遠く、決勝進出8度目でつかんだ悲願の優勝だった。

その後は延岡学園と尽誠学園の時代がやってくる。2011年、延岡学園はベンドラメ礼生(サンロッカーズ渋谷)と歴代のアフリカ系留学生の中でも身体能力の高さが際立っていたジョフ・チェイカ・アハマド・バンバ(拓殖大4年)を擁して、インターハイ、国体、ウインターカップを制覇。田臥時代の能代工以来となる『3冠』を達成した。

延岡学園を指揮していたのは、かつて小林高で森コーチとともに指導に当たっていたベテランの北郷純一郎コーチだったが、2012年にはbjリーグ宮崎で采配を振るうために高校界を勇退。翌2012年には若き内村昌弘コーチに交代する中で2連覇を達成した。その中心には、小柄ながらもキャプテンシーで牽引する寺園脩斗(東海大4年)の姿があった。

この2年間、大本命の延岡学園に対抗したのが、渡邊雄太(ジョージ・ワシントン大3年)擁する尽誠学園だ。とはいえ、最初から下馬評が高かったわけではなかった。渡邊雄太が2年次のウインターカップの2回戦、福岡第一を撃破したことを機に自信をつけていき、一戦一戦を制して初の決勝に進出。渡邊雄太が3年となった2012年は苦戦の連続で、インターハイでは正智深谷の前によもやの初戦(2回戦)敗退、国体でも1回戦敗退を喫する。

初戦敗退の呪縛が解けたのは、ウインターカップで因縁とも言える正智深谷との再戦(2回戦)を75-73で制してから。以後、準々決勝の福岡大附属大濠、準決勝の洛南戦はすべて後半の逆転勝ち。そして、誰もが期待した最強留学生のバンバvs最強日本人の渡邊雄太の200cmマッチアップが2年連続ファイナルで実現したのだ。

決勝では23点ビハインドから猛追した尽誠学園だったが、66-68で惜しくも敗戦。色摩拓也コーチ率いる尽誠学園は、以後もしぶとさを売りとして虎視眈々と日本一を狙っている。

八村塁の飛躍的成長と明成の時代
2009年/明成初優勝 2013、2014、2015年/明成3連覇

明成と言えば八村塁(ゴンザガ大1年)を擁して3連覇をした近年の活躍が記憶に新しいが、畠山俊樹(新潟アルビレックスBB)がキャプテンとして牽引した2009年の初制覇が印象に残る人も多いだろう。

2005年に佐藤久夫コーチ(前仙台高)を招聘して男子バスケ部を創部すると、3年目の2007年には3年生の伊藤駿(サンロッカーズ渋谷)と2年生の石川海斗(仙台89ERS)を軸に夏と冬で4強入り。2009年には畠山と1学年下の安藤誓哉(秋田ノーザンハピネッツ)を擁してウインターカップ初制覇。創部からわずか5年で達成した『スピード日本一』だった。

優勝の原動力となったのは、司令塔の畠山が準々決勝で披露したルーズボールに代表される粘りと執念。幾度も幾度もボールに食らいつく姿に、東京体育館中から大拍手が巻き起こったほどだ。粘りある攻防で勝機をつかむチーム作りは、佐藤コーチの仙台時代を彷彿させるものだったが、明成では戦術面でも進化。準々決勝では永吉佑也(川崎ブレイブサンダース)と留学生率いる延岡学園を、決勝では中学時代からキャリアのある福岡第一との決勝だったが、これを制したのはゲームテンポの調整。中盤まではあえてコントロールゲームに終始し、勝負どころとみるや、一気に得意の走りで畳み掛ける戦術は相手を惑わせた。

この後、明成は2013年にも個性派3年生(現大学3年)を擁して2度目の優勝を果たすが、この年にセンセーショナルなデビューを飾ったのが八村塁だ。入学したての頃はまだ大人しかった八村だが、ファンダメンタルの徹底とスタミナ強化をしてからの伸びは目覚ましかった。

明成の3連覇の中でインパクトが強いのは八村の2年次。メンバーが2年生だけという中で迎えた決勝の相手はインターハイと同じ福岡大附属大濠。大逆転となる決定打を決めたのは大黒柱の八村だったが、シューター三上侑希(中央大1年)を信じて最後まで打たせる絆が2年生集団の自我を目覚めさせた。また、八村の育成に力を注いでいたこの3年間は、司令塔の納見悠仁(青山学院大1年)を筆頭に、選手たちのアイディアを生かしたフリーランスな形を多く取り入れていたことも特筆すべきことだろう。2年連続となった福岡大附属大濠との決勝、3年次の土浦日大との決勝はどれも見応えのあるベストゲームだった。

3連覇を果たした八村塁は優勝インタビューで名言を残し、高校バスケからアメリカNCAAの舞台へと羽ばたいていった。「バスケはすっごい、すっごい、楽しいです!」

去年のウインターカップ決勝、優勝チームへのプレゼンターとして登場した『ウインターカップOB』の田臥勇太。

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