広瀬健太

「なんといっても土日が早いですね。サザエさんが嫌いになります(笑)」

サンロッカーズ渋谷は10月23日に、昨シーズン終了とともに現役を退いた広瀬健太の引退セレモニーを行った。

広瀬の引退セレモニーは島根スサノオマジックをホームに迎えたBリーグ第4節の第2戦終了後に予定されていた。大黒柱のライアン・ケリーを欠いた島根戦は第1戦で黒星を喫し、セレモニー当日の第2戦も前半でビハインドを背負い苦しい状況となった。それでも、後半になるとSR渋谷の持ち味である激しいディフェンスで立て直し、オーバータイムの末に102-95で勝利をつかんだ。

伊佐勉ヘッドコーチが試合後に「健太のセレモニーに花を添えるじゃないですけど、負けて暗い顔をしてセレモニーに出るわけにはいかないので、勝ってホッとしています。良かったです」と安堵の表情を見せたように、チームも会場に集まったファンも晴れやかな様子で引退セレモニーを迎えた。セレモニーが始まると、スーツを身に纏った広瀬が登場。その後はBリーガーや大学時代の恩師、元チームメートなど、これまで広瀬とバスケットを通じてかかわってきた仲間からのビデオメッセージが流れるなど、和やかな雰囲気で時間が進んだ。

広瀬はBリーグ誕生以降もプロ契約ではなく、社員選手としてプレーしてきたため、引退後は日立製作所の社員として不動産を取り扱う部署に所属して、第2の人生をスタートさせた。コートから離れて約6カ月、『サラリーマン生活』を送っている広瀬は「自分がバスケットの世界しか知らないという怖さがあったので、いわゆる社会を勉強しているところです」と現状を語る。

日本代表も経験した百戦錬磨の広瀬も、バスケから離れた外の世界ではキャリア1年目の新人だ。広瀬は「ビジネスメールとかもちゃんと理解していなかったですし、社内ルールもあったりするので、そういったところを知ることが大変でした」と言う。「こういう時にどういう言葉を使ったらいいかとか。何かを説明する時にバスケット選手って結構感覚でしゃべったりするところがあるので、もっと具体的にしゃべらないといけないなというのはあります」

Bリーグは週末に試合が行われることがほとんどのため、現役時代は土日が仕事だったが、現在は一転して土日休みの生活を送っている。それにより家族と過ごす時間が増えうれしそうな表情を見せつつも、「なんといっても土日が早いですね。あっという間です。サザエさんが嫌いになります(笑)」と、さっそく『サザエさん症候群(月曜日を憂鬱に感じること)』にかかっているようだ。

広瀬健太

「ずっと勝負の世界にいたので、そのストレスからは解放された感じ」

広瀬はいわゆるエリート街道を歩んできた。中学、高校ともに全国大会に出場し、青山学院大ではインカレ優勝を経験。2008年にJBLのパナソニックトライアンズでキャリアをスタートさせると、1年目から先発を任され、新人王を受賞し、翌年には日本代表にも選出されトップ選手の仲間入りを果たした。その後、2013-14シーズンに日立サンロカーズ東京(現SR渋谷)へ移籍し、そこから9シーズンプレーし続けて、14年間のキャリアに幕を閉じた。

この14年間では2013年、2015年、2020年と3度の天皇杯優勝も経験したが、広瀬は自身のバスケットキャリアにおいて悔いが残っていると明かした。「リーグ優勝できなかったですし、代表ではもっといろいろ結果を残せればとか思いました。でも悔いがないバスケ選手って、マイケル・ジョーダンぐらいじゃないですかね? やり切った感はないですけど、自分が出せるものを全部出したので後悔はないです」

そして、あらためて「9年間、サンロッカーズで過ごして楽しかったです。好きで始めたバスケットを仕事にさせてもらえて、試合で勝ったり負けたりするのも楽しかったです。毎年、サンロッカーズでプレーできるというのがすごく楽しかったですね」と、SR渋谷での日々を振り返った。

この日の広瀬は、リラックスした様子で終始にこやかな表情を見せて思いを語ってくれた。今は大好きだったバスケットを離れて、新たな道に進み始めたばかりで大変なことの方が多いだろう。それでも広瀬は「バスケットも楽しいだけじゃなくて、苦しいこともたくさんありました。ずっと勝負の世界にいたので、そのストレスからは解放された感じです」と率直な思いを明かした。

広瀬はこれまで全身全霊のプレーで見る人を魅了し、キャリア通算653試合に出場して、5037得点2244リバウンド1248アシスト840スティールを記録した。第一線で活躍し続けた広瀬の第2の人生に幸あれ。