井手口孝

今夏のインターハイを制した福岡第一を率いる井手口孝コーチは就任28年目。身長が低い選手でも積極的に起用し、徹底的に鍛えた走力を生かすトランジションとプレッシャーディフェンス、そこに留学生プレーヤーの力強さと高さを組み合わせるスタイルで数々のタイトルを獲得してきた。「リクルートはあまり上手くない」という井手口コーチが、それでも安定して全国トップクラスの実力を持つチーム作りができるのはなぜなのか。ウインターカップ予選、創設1年目のトップリーグ終盤戦、そしてウインターカップ本大会と高校バスケ総決算の時期を控えた井手口コーチに話を聞いた。

「アンテナや感性を磨いていくことが大事」

──高校バスケ界で「ここは個性的だな」と思うチームはありますか。

やっぱり仙台高校から仙台大学附属明成に変わった頃の佐藤久夫先生のバスケは、やっぱり男子の中では異質ですよね。もちろん加藤廣志先生、加藤三彦先生の能代工業のスタイルは一時代を築きました。けれども、能代工業の速攻やゾーンプレス、昔の明成のモーションオフェンスはオリジナリティがあって簡単には真似できない。あのバスケを今やっているチームはありません。

逆にとびきり能力のある選手がいれば、ある程度のところまで勝ててしまうので、それで「勝った!」と思ってしまう。それだけ能力のある選手を当時の能代工業や明成のように鍛えたら、とんでもないチームができるかもしれない。それは日本の男子に求めていきたいところです。女子はトップのチームは高校であれWリーグであれ、そうやって個人が持つ能力を最大限に引き出している気がします。でも男子はまだそうじゃないんじゃないかな。だから福岡第一にも勝つチャンスがあるのだと思っています。

私は雑食だから、能代工業も真似しよう、久夫先生のバスケも真似しようと思います。その中で何が自分流になるか分かりませんが、自分のスタイルができればいいと思います。若いコーチたちにも、不特定多数の「いいね!」ではなく、自分が「これだ!」と思う感性を大事にしてほしいです。

能城工業や明成は成功したチームですけど、そうじゃないチームからもたくさん学べます。私や陸川章先生(東海大)が師匠と仰ぐデーブ・ヤナイさんはアメリカのNCAAのトップのコーチではありませんが、彼が伝えるコーチングスタイルにはすごく惹きつけられます。皆さんもそれぞれ、そういう人を見付けるアンテナや感性を磨いていくことが大事だと思います。

井手口孝

「バスケが頭の片隅から消えることはないです」

──井手口先生はそうやって長く自分のスタイルを追求していますが、バスケの情熱自体が失われるようなことはありませんか? 今も毎日フレッシュな気持ちで体育館に来ることができていますか?

私は体育館を出る時にはもう「明日は何をやろうか」と考えていますから(笑)。家に帰ってご飯を食べている時も、トイレにいる時も風呂に入っている時も、バスケが頭の片隅から消えることはないですから、それぐらいバスケが好きだし、中毒ですよね(笑)。でも『本当の本気』ってそういうものじゃないかと思いますし、「明日の練習のことを考えなきゃ」という感じで考えるようになったら、もうダメでしょうね。

──情熱を維持する秘訣が何かあるわけじゃないんですね。

そうですね。もう惚れて惚れて、惚れ抜いているかどうか。もちろん、このやり方もそのまま取り入れなきゃダメと言うつもりはありません。「なんとなく好き」ぐらいでやることもできるし、時々遊びに行ったり休んだりするのもその人のコーチングです。

ただ、チームにはコーチの色が出ると思っています。ウチの場合は私がどれだけ朝早く来たって、その前には誰かが来ています。それは選手だけじゃなく、トレーナーの西丸太一くんなんて私より遅いことは絶対ないですよ。これは体育館に早く来いという話ではなくて、やっぱり思いがある人は朝が早いこと、体育館に長い時間いることを苦にしないということです。

井手口孝

「私たち福岡の場合は、予選に勝った段階で勝ちですから(笑)」

──その年ごとに選手に合わせたバスケをやる、という話がありました。足を使ったプレッシャーディフェンスやトランジションが変わらない中で、今年の福岡第一は何がどう変わっていますか?

一つは「小さい」ですね。特に大濠さんが今年は大きいので、対照的により小さいですね(笑)。サイズアップだとかポジションアップを模索していろいろ考えたりもしたのですが、現時点での彼らの一番良いところを引き出すことを考えれば、小さなスタメンを使うことになりました。それとやっぱり3年生への信頼ですね。その分、より繊細なバスケをやらなきゃいけないと思っています。

──11月3日にはウインターカップ福岡県予選で福岡大学附属大濠と対戦します。今のチームの出来はいかがですか?

全然ですね、例年で言うとやっと春先ぐらいです。やっぱり今の3年生が入学してからの1年間、いろんな大会がなくなって、去年ようやく動き始めたところでインターハイに出場できませんでした。ウインターカップはやれたのですが、また今年は1月から新人戦がなくて、どうしてもチーム作りは遅れてしまいます。ウチのチームに限った話じゃないですが、やっぱりバスケの精度としては残念ながら低いです。

──インターハイで「意外な感じで勝った」というのは、そういう意味ですね。

そうですね。私たち福岡の場合は、予選に勝った段階で勝ちですから(笑)。

──チームの出来としてまだまだなことに焦りはありますか?

バタバタ詰め込んでもできるものじゃないので、焦ってはいません。新しいものを取り入れるよりは、これまでやってきたことの精度を上げていこうと思っています。