今夏のインターハイを制した福岡第一を率いる井手口孝コーチは就任28年目。身長が低い選手でも積極的に起用し、徹底的に鍛えた走力を生かすトランジションとプレッシャーディフェンス、そこに留学生プレーヤーの力強さと高さを組み合わせるスタイルで数々のタイトルを獲得してきた。「リクルートはあまり上手くない」という井手口コーチが、それでも安定して全国トップクラスの実力を持つチーム作りができるのはなぜなのか。ウインターカップ予選、創設1年目のトップリーグ終盤戦、そしてウインターカップ本大会と高校バスケ総決算の時期を控えた井手口コーチに話を聞いた。
「リクルートはあまり上手くないと思います」
──選手が毎年入れ替わっていく中で、全国優勝を争う強さを維持する秘訣はどこにありますか?
一番は練習量だと思います。質の高い練習を長い時間やる、その中で変えるものと変えないものをはっきりさせる。選手は毎年入れ替わるので、ディフェンスの厳しさや切り替えの速さというベースの部分は変わらなくても、その年の選手に合わせたバスケをやります。そうやって、その年の選手の力を最大限に引き出すことにフォーカスしています。
もちろん、これはもう何年も重ねてやってきたからであって、最初の頃は失敗ばかりです。例えば20年前のチームを今見ることができれば、もっと勝たせるだろうという思いもたくさんあります。
ウチの場合はいろんな強豪校が欲しがって競合する選手が来てくれることはまずありません。私の中で「違うな」と思っちゃうんですね。才能のある選手がいれば、それは来てほしいですよ。だけど、だからと言って何か特別なことを言ったりはしません。
リクルートはあまり上手くないと思います。「練習はキツいよ」、「あまり遊ぶ時間もないよ」とはっきり言いますし、選手はみんな髪を短くしていてストイックなのは見て分かりますよね。河村勇輝や轟琉維のように将来は日の丸を背負う選手であっても、「ウチに来てくれたら試合に出します」とは言いません。
そういう話をした上で来た選手が集まっているので、これだけ部員がいるにもかかわらず試合に出れないからとそっぽを向くこともないし、保護者にしても「なんでウチの子を出さないんだ」とは言いません。それはスタートラインが非常にしっかりしているからだという気がします。
「選手が一番つらいのは放っておかれること」
──福岡第一の激しい練習についていく根性や覚悟は必要だと思いますが、そもそも『福岡第一向き』の選手はどんなタイプだと思いますか?
素直でストイックな選手だと思います。あと必要なのは三度の飯よりバスケが好きなことですね。ゲームで遊ぶ時間があったらNBAの試合を見ていたい、みんなが遊んでいる時に庭のリングでシューティングをしている。幼少期からそんなバスケファーストが自然にできた子です。その上で「高校でも思う存分バスケをやりたい」という子の思いを実現させる学校、チームでありたいと思っています。
──とはいえ1学年に30人を超える部員がいて、全員がそれぞれ「福岡第一で活躍して全国制覇!」と思って入学しますが、やっていくうちに「これは無理だ」と悟る子も出てきます。そんな選手が意欲を失わないように気を付けていることはありますか?
部員が多いからグループ分けして練習するような仕組みは作りましたが、大したシステムじゃないんですよね。それより選手が一番つらいのは放っておかれることで、できるだけそうしないよう心掛けています。
良いプレーをすれば私が何も言わなくても周りが褒めてくれるからいいんですけど、ダメなプレーをしているのに誰からも何も言われないのはキツいですよ。だからそこで何か言ってあげる。これはバスケだけじゃなく学校生活や寮生活でも同じです。私だけじゃなくいろいろな先生が、外部のトレーナーやコーチがいろんな形で声をかける。簡単なようで難しいんですけど、選手の数がどれだけ多くても人と人とのかかわりは大切にしたいです。
──十人十色どころか、部員が100人いたら100色ですから、ちゃんと見てあげるのも簡単ではないですね。
ウチのほとんどの選手はアスリート特進コースに入っています。3年生の担任は今井康輔先生、2年生の担任は武藤海斗先生、1年生の学年主任は安田真也先生と、各学年にバスケ部のコーチが入っているので、彼らは学校生活の中で選手とお互いに顔が見えているわけです。
見えてないのは校長代理の私だけ(笑)。今だと学校生活の中での選手との接点がゼロなんですよ。だから体育館にはできるだけ長くいるようにします。何も言わないで顔を見るだけの時もありますが、朝は早起きして6時半に来て、昼休みには職員室を抜け出して来ています。
「たくさん経験して、良いと思ったものは全部やったらいい」
──かつてはバスケ部の指導者としてなかなか勝てない時期も長かったと思います。当時と比較して、コーチングであったり、選手への向き合い方にはどんな変化がありますか。
勝てない時は「勝つことだけがすべて」みたいに周りが見えず、こぼれていく選手に目が向かない。それで一度は優勝できても、また勝てない時期が来てしまう。そこから復活してきて今がある感じですね。そういう意味では今年のインターハイも「必死になって勝つぞ!」という感じではなく、意外な感じで勝ったのですが、周りのことが少し見えるようになって、余裕を持ちながらできていることは確かですね。
以前は選手にとにかく頑張れ頑張れとやらせてきたのが、選手それぞれどういう方向に頑張られるのか、プレーの方向性だったりフィジカルやメンタルだったり、それが今はすごく良い状態に持っていけるようになったのかもしれません。ただこれは私だけでなく、アシスタントコーチやトレーナーも含めてですね。
──一生懸命だけど何をやれば結果に繋がるかを模索している若いコーチも多いと思います。そんな後進たちにアドバイスできることはありますか?
若い人は何でもやったらいいと思います。先ほども言いましたが、私も「あの頃の僕だから勝たせてあげられなかった」と振り返るチームはいっぱいあります。ただ、やっぱりこれは失敗しないと分からない。選手は1年1年が勝負ですが、選手にとっても勝ち負けがすべてじゃないですから。
それこそ私もそうでしたが、若い時は一緒に走ったり、合宿も選手と同じところで寝たりするわけじゃないですか。そうやってたくさん経験して、良いと思ったものは全部やったらいいんです。ただ、今は情報の時代です。いろいろ取り入れていく中で、人と同じになっちゃうことには注意してほしいです。今だと「いいね!」がたくさん付いているもの、再生回数の多いものが良いと思いがちですが、そうじゃありません。
──バズっている指導法をそのまま取り入れても、それが選手に合っているとは限らないし、ましてや指導者のエゴで押し付けるようでは良くないですね。
そうですね。BリーグやNBAのチームがこんなオフェンスをやっているからやってみよう、と思うかもしれませんが、それはBリーグやNBAのそのチームに合ったオフェンスなだけであって、全部のチームに合うはずがないですよね。100人100色じゃないけど、コーチが100人いたら100のコーチングがないとおかしいわけです。
だから今のBリーグも大学も、我々高校のバスケであっても、特色のあるチームが減って、選手の力だけの試合になっている、大きくて能力のある選手がいるチームが勝つ、という印象があります。Bリーグでも資金力があって良い選手を集めたチームが勝つことが起こりそうですよね。そこに特色のあるチーム、「ウチはこうだ」というバスケで挑んでいくコーチが増えていかないと、日本のバスケのレベルは上がらないと思います。