ケビン・デュラント、自らを「最大の失敗者」と表現する同期グレッグ・オデンを擁護

2016/11/15
NBA&海外
499

写真=Getty Images

オデンとデュラントは2007年ドラフトの1位&2位指名コンビ

2007年のドラフトでトレイルブレイザーズから全体1位指名を受けたグレッグ・オデンは、度重なる負傷の連続で満足の行くNBAキャリアを送れないまま、2016年10月末に選手としての引退を発表した。その後、自らを「NBA史上最大の失敗者」と自虐的に表現したが、同じく07年ドラフト全体2位でスーパーソニックス(現サンダー)から指名されたケビン・デュラントが、オデンを擁護している。

デュラントは、オデンの発言について「ナンセンスもいいところ」と『ESPN』に語った。「失敗者になるには、実際にコートでプレーして、選手としてどういう成長を遂げるかを示す機会を得ないといけない。彼には、残念ながらそれだけの機会がなかった」

オデンはヒザの手術により1年目を全休。2008-09シーズンが実質1年目となったが、ケガに弱い体質は変わらず、2009-10シーズンはキャリア最高の平均11.1得点8.5リバウンド2.3ブロックを記録するも、わずか21試合の出場に終わった。それから3年間NBAから離れていたオデンは、2013-14シーズンにヒートと1年契約を結ぶも、同年もケガに苦しみ23試合にしか出場できず。それ以降、何度か復帰の噂もあったが、表舞台に戻って来ることはできなかった。

いまだにオデンではなくデュラントが1位指名に相応しかったという議論もあるが、結果的に2位指名だったデュラントは、ソニックスで新人王を獲得した後、本拠地をシアトルからオクラホマシティに移転したサンダーの顔となり、得点王に輝くこと4回、オールスター選出7回、シーズンMVP受賞と、オデンとは絵に描いたように正反対の順風満帆のキャリアを送っている。

オデンとは対照的にスター街道を順調に歩んできたデュラント。

デュラント「彼だってケガをしたくなかったはずだ」

『Sports Illustrated』とのインタビューで「失敗者」と形容したオデンについて、デュラントは、「彼だってケガをしたくなかったはずだ」とそのキャリアを振り返る。

「プレーしていた時の彼は、力強かったよ。ペイントを守ることのできる選手だった。彼とラマーカス・オルドリッジ(当時ブレイザーズに所属)のコンビは強力だった。それにブランドン・ロイ(元オールスター選出3回の名選手)やアンドレ・ミラーもいたし、良いチームだった。彼はそのブレイザーズの主力だったんだ。彼は失敗なんかしていない。ケガが原因で、長くプレーできなかっただけ。それだけだよ」

NBAでの同期でもあるオデンとの関係性について、デュラントは「いくつかの理由で切っても切れない関係になる」と見ている。NBAは2006年にアーリーエントリーの規定を変更し、エントリー可能となる年齢を18歳から19歳へと引き上げた。これにより、高校卒業後即NBAでプレーできると評価された有望な選手であっても18歳ではドラフトにエントリーできなくなり、最低でも1年は大学に進学、あるいは海外リーグのチームに1年所属してNBAドラフトにエントリーするという流れに変わった。

デュラントは、『one and doneルール』と呼ばれる同規定が制定されて間もない時期のドラフト指名選手であることを挙げ、「僕とグレッグは、最低でも1年は大学に行かないといけない時代の初期の頃の選手だからね。当時のドラフトの意味は大きかったと思うんだ」と言う。

「僕も彼も、『one and doneルール』がなかったら高校を卒業してすぐにプロになっていただろう。自分たちは『one and done』時代の選手なんだ。フレッシュマン(大学1年相当)の2人が全体1位、2位指名を受けたのだから、大きな意味があったと思う。そういう意味でも、彼と僕はこれからも繋がっていく関係にある」

度重なる怪我が原因で、思うようなプレーができないまま引退することになったオデン。