コービー・ブライアント

「僕はプロバスケ選手になりたいんじゃなく、コービーになりたかった」

コービーが亡くなってから1年、多くの選手が彼への思いを語った。

カイリー・アービングは「事故の記憶はまだ生々しくて、どう話したらいいのか難しい。僕にとってコービーはまだ過去形で語る人じゃないからだ。そう感じているのは僕だけじゃないよね。1年がたったけど、彼のことを考えない日はない」と今もショックを引きずっている。

ゴードン・ヘイワードは言う。「個人的に交流させてもらったことは名誉だ。よくテキストメッセージをもらって、それにどれだけ勇気づけられたか。1年がたっても信じられないし、父親として彼の家族のことを思うと心が痛む。悲しみが消えることはないだろう。コービーと家族のために祈りたい」

ベテランたちはコービーに浴びせられた『洗礼』を口々に語る。ジェームズ・ハーデンは今もルーキーイヤーの対戦が忘れられないと苦笑混じりで語る。「僕にとって初めてのプレーオフがレイカーズとの対戦で、コービーを守らなきゃならなかった。必死だったし、ベストを尽くしたけど、まあ歯が立たなかったよ」。ポール・ジョージは「絶対に止めてやると意気込んで、最初のプレーでポンプフェイクに引っ掛かってはるか先まで跳んでいってしまった」と初めてのマッチアップを振り返り、カイル・ラウリーは「生意気な若手だった頃にコービーに打ちのめされた。フィジカルなディフェンスで徹底的にやられた。でも、そのおかげで僕は壁を超えることができた」とコービーとの思い出を語った。

ロンゾ・ボールは言う。「ルーキーイヤーに実際に会うまで、彼はテレビの中の人だった。みんなと同じように僕もコービーにあこがれて、シュートを打つ時にはコービーのフォームを頭の中にイメージしていた。彼ともう話せないことが今も信じられない」

https://youtu.be/C9I-W1eTCbk

コービー・ブライアントはもういない。だが、NBAの試合が行われている時、それがどこの街のアリーナだろうと、彼の意思は間違いなくそこにある。

クラッチタイムでの精神力はデイミアン・リラードに、早朝からのトレーニングはジミー・バトラーに、心を揺さぶるダンクはラッセル・ウェストブルックに、勝利に必要なことを指摘する容赦のなさはドレイモンド・グリーンに、徹底して相手を研究する勤勉さはレブロン・ジェームズに、そしてスター選手としての影響力を社会に還元する姿勢はステフィン・カリーに……。コービーに影響を受けていない選手はいないと言っていいだろう。

デイミアン・リラードはクラッチタイムにボールを持ち、勝敗の責任を負うことを恐れない。その自信はコービーを真似て作り上げたものだ。オークランド出身の彼はウォリアーズのファンだったが、「だけどコービーのバッシュとユニフォームは持っていた。みんなコービーを崇拝していたよ」と言う。

「2014年に初めてオールスターに出場した時、ベンチで彼の隣に座らせてもらった。その1試合で、僕はとても多くを学ばせてもらった」とリラードは振り返る。ここから個人的な付き合いが生まれると、リラードはコービーの試合への準備がどれだけ徹底しているかに驚かされた。「徹底的に映像をチェックするんだ。優れたディフェンダーが彼をどう守るかを知るためにね。傾向や癖、何を考えてどう守るかを映像から学び、試合でそれを逆手に取る。僕も真似させてもらった。練習場でもビデオルームでも、やれる限りの準備をする。そうすれば自信を持つ権利が得られる。『これだけやったんだから大丈夫』と思えば、自信は揺らがない」

同じように『マンバ・メンタリティ』を語ったのは、ロケッツでブレイク中のクリスチャン・ウッドだ。彼は4歳の時にコービーがレイカーズに優勝をもたらすシーンをテレビで見たことを記憶している。そこからの3連覇で、彼はすっかりコービーのファンになった。「小さな頃からコービーがあこがれで、僕はプロバスケ選手になりたいんじゃなく、コービーになりたかった」とウッドは言う。

2015-16シーズンは、彼のルーキーイヤーであると同時にコービーのラストイヤーでもあった。コンスタントに試合に出ていなかったウッドにコービーとマッチアップする機会は訪れなかったが、試合前にコートに出るタイミングを見計らって『あこがれのコービー』に声を掛けた。「ルーキーだった僕のことを彼が知っていたのには驚いた。短い会話だったけど、『君には才能がある。やり続けるんだ』との言葉をもらった。それから僕は『マンバ・メンタリティ』を持ってコートに立っている」

ウッドはセブンティシクサーズを1年でクビになり、5年目の昨シーズンまで芽が出なかったが、コービーに言われた「やり続けるんだ」の言葉を忠実に実行した。そして昨シーズンのピストンズでブレイクし、今はロケッツの主力となっている。

ディアンドレ・ジョーダンはクリッパーズの主力選手として、レイカーズとの『LA対決』で何度もコービーと対戦した。コービーにはファンも多いが、アンチも多い。ジョーダンは後者だった。「子供の頃からコービーと対戦したいと思っていた。それが実現して良かったし、注目される試合で彼と対戦できたのは素晴らしいことだった。僕はレイカーズ戦ではいつも調子が良かったんだけど、それはコービーとの対戦が刺激になっていたからだと思う。滅茶苦茶にやられた試合もあったけど、それも発奮材料になった」

「初めて対戦した時、試合が終わると彼はわざわざ僕のところに来て『お前のプレーは気に入った。すごい選手になれるぞ』と言ってくれた」。アンチ・コービーだったはずの彼は、すぐに家族に電話してコービーと会話したことを自慢したそうだ。

カーメロ・アンソニーも若かりし頃を思い出す。「彼に自分のことを覚えてもらいたくて、プレーヤーとして認めてもらいたくて必死にプレーしたよ。彼がアタックするコースに入って、できるだけ1対1をやろうとした。あの時の向こう見ずでガツガツした気持ちは今も忘れていない」

若い選手も同様だ。ザイオン・ウイリアムソンは言う。「ショッキングな彼の死からしばらくは、バスケになかなか集中できない時もあった。NBAから偉大な何かが失われたと感じた。でも、レジェンドは死なない。僕ら全員が彼のことは忘れない」

『コービーのかけら』はNBAの至るところに見られる。それが続く限り、ザイオンが言うようにレジェンドは死なないのだ。