近良明

『バスケ手帳』はケガの対処やケガ予防、コンディショニングなどの正しい知識を、競技レベルや年代を問わずすべてのバスケットボール選手に提供するべく作られたWebアプリ。スポーツにケガは付き物。激しい運動であり接触も多いバスケットボールであればなおさらだが、だからこそケガの予防と早期復帰の知識が必要となる。『バスケ手帳』の制作に携わった新潟県バスケットボール協会スポーツ医科学委員長の近良明医師に、その思いを語ってもらった。

高校時代にラグビーで鎖骨骨折、整形外科医を志す

──まずは先生のプロフィールを教えてください。院長を務める『こん整形外科クリニック』は、リハビリだけでなくトレーニングの施設も充実しています。東京でもこれだけ設備の整った病院はそれほど多くないと思います。

新潟県新発田市の出身で、小中は野球、高校はラグビー、大学はバスケットボールと、ずっとスポーツをやってきました。高校2年の夏、ラグビーの試合中にタックルを受けて鎖骨を骨折しました。手術から1カ月後、練習を再開したその日に再骨折となってしまい、結局は復帰までに一冬かかってしまい、3年生の春には引退です。その間にスポーツ医学の本を読んだことかきっかけで、整形外科医を志しました。父が外科医だったこともありますが、僕らの時代にはトレーナーや理学療法士という選択肢がまだなく、スポーツ選手に接する仕事であれな整形外科医だと考えました。

大学を出て整形外科医になった後も、スポーツ医学の知識を得るために、千葉の船橋整形外科であったり、フロリダ大へ研修に行きました。船橋整形外科はスポーツ医学では日本トップクラスで、千葉ジェッツと創設から深いかかわりがあります。フロリダ大は私が行っていた当時にアル・ホーフォードとジョアキム・ノアがいてNCAAトーナメントで優勝しています。そのシーズンはよく大学のバスケットボールアリーナで試合を見ました。

スポーツ医学で肩関節の専門家となった私は、新潟で整形外科医として働きながら、設備が整っていて理学療法士とトレーナーがいる、スポーツ医学の理想を追いかけて自分のクリニックを作り、これで10年になります。今ではいろんな競技の選手がここに来てくれます。

──『バスケ手帳』を作るというアイデアは、ここでスポーツ選手のケガを治療していて生まれたものですか?

そうですね。新潟県には小学校から大学まで800のチームがありますが、トレーナーがいるのは高校の数チームだけで、99%はトレーナー不在です。そうなると選手は自分でケアをしなければならないので、だったらケガをした時にチェックできるツールが必要だと考えました。またケガをしない予防の知識であったり、基礎的な部分のレベルアップに繋がる情報も得られる『最強のコソ練ツール』になっていれば、みんな使ってくれると考えました。

これまでも新潟の指導者や保護者、選手を集めてケガの対処方法についての意見交換をしたりケガに強い身体作りの講習会を行ってきましたが、スマホがトレーナー代わりになれば一番良いですよね。

バスケ手帳

「スマホ手帳は『最強のコソ練ツール』でもある」

──身体作りのトレーニングメニューを紹介する本や動画はよく見ますが、ケガを自分でチェックできる機能は『バスケ手帳』ならではだと思います。これは医師として、選手はケガの状態がひどくなって初めて診察に来るケースが多くて困っているのではないかとお見受けしました。「なんでここまで放っておいたんだ」と感じることは多いのでは?

おっしゃる通りです。ただ、それは患者さんがどういう状態であれば病院に行くべきかのかの基準を知らないとか、どこに行けばいいのか分からないとか、また「部員が少なくて休みづらい」みたいな事情もあります。また「病院に行っても1カ月休めと言われるだけだろう」みたいに、医者が信頼されていないケースもあると思います。ただ、昔は「休め」としか言わない医者も多かったかもしれませんが、今はコミュニケーションを大事にするようになっています。

今はコロナ明けで肉離れがすごく多くなっています。「これは3週間はかかる」というのは選手の今後のためにも必ず言います。それでももも裏の肉離れでも腹筋や腕立て伏せはできますし、コンディションを落とさないためのアドバイスはできます。

若い選手は無理をしてしまうことが多いのですが、痛みがあるのに自己判断で練習を続けても、上手くなることはありません。ケガで60%のパフォーマンスしかできない状況で練習しても、ジャンプ力もクイックネスも60%なので、むしろ下手になっていく一方です。だったら別の練習をした方がずっと良いです。そこは私たち医師も指導者とコミュニケーションを取って、この試合に間に合わせたいならそういうスケジュールを組んだりすることはできます。

──専門家の意見を聞いて損をすることは絶対にないわけですね。

プロ選手もたくさん来てくれますが、優秀な選手は自分の身体のことを知っています。単純に打ったとか切ったとかじゃない、外傷じゃないのに痛い時は、痛みが出ている場所とは別のところに原因があることが多いです。例えば腰が痛い原因は、股関節の動きが悪かったりします。そこで腰に湿布を貼ったりマッサージしても、その時に気持ちが良いだけで腰痛自体は治りません。実際に直すのに必要なのは股関節の動きを良くするだとか、体幹を鍛えることになります。原因を探って治療するのが大事です。

自分の身体を知るために人体模型を見ろとか、一つひとつの筋肉の部位を覚えろとは言いません。ただ、痛みとか違和感がある時に、どう動くと感じるのか、朝痛いのか昼痛いのか、そういう自分の身体に起きていることを注意深く観察してみてください。そうやって説明してもらえると、私たちはすごく診察がやりやすくなります。

近良明

「優秀な選手は自分の身体のことを知っています」

──バスケットボール選手を診察する機会も多いと思いますが、バスケ選手だから気を付けるべきことはありますか?

バスケットボールは全力で跳んで着地して、次の瞬間には全力で走る動きの繰り返しです。身体の大きさが問われるスポーツなので体重もあるし、足首やひざへの負担がとても大きいスポーツです。ただ、特に10代の若い選手はケガに対して無頓着で、多少痛いところがあっても無頓着にプレーを続けてしまうことがあります。また身体の使い方を学ぶことも大事です。ジャンプの着地についてもトトンと降りるのではなく両足で着地するとか、基礎的なところを小学生や中学生のうちに教わって覚えないとケガをしてしまうので、私としてもきめ細かいケアをしていきたいです。

成長期の選手にはオスグッド病が多いです。軟骨が引っ張られてバリバリとはがれて痛みが出ます。この障害は痛いのにプレーを続けても痛いままで、ストレッチや運動制限が必要になります。ハムストリングともも裏の筋肉が固い、姿勢が悪いとオスグッドになりやすいので、股関節のストレッチや姿勢改善でだいたい良くなります。

『バスケ手帳』は誰でも無料で使えます。スマホの中に自分のトレーナーがいると思って使ってほしいし、使っている選手がチームメートのケガを見てあげるとか教えてあげるとか、そうやって全国に広がって、ケガで苦しい思い、悔しい思いをする選手が減ってほしいです。また、新潟県のバスケットボール協会が作ったものですが、全国のプレーヤーの皆さんに使ってもらいたいです。

今後の新潟県内での取り組みとしては『バスケ手帳』を間に挟んで、我々医科学委員会と指導者の方々と交流会や意見交換会を開催して、私たちの距離を縮めていきたい。それが選手を守り、選手を育てる道と考えています。