ジェイソン・キッド

誰かを標的にしてチームを引き締めた前任者からの劇的な変化

リック・カーライルは2008年から昨シーズンまで、ドニー・ネルソンGMとのタッグでマーベリックスを長く率いてきた。2010-11シーズンにはNBA初優勝を実現させてもいる。しかし、ヘッドコーチとGMが長すぎる時間を過ごすことは、プラスばかりとは限らないらしい。カーライルのパワハラと、彼とルカ・ドンチッチを巡るコミュニケーションの欠如、ジェイソン・キッドが新たな指揮官となってからの変化を『ESPN』がレポートしている。

ドンチッチはカーライルに不信感を持っていた。正確には『人としてリスペクトできなかった』と言うべきだろう。ルーキーイヤーからエースとして大活躍したドンチッチはスター選手として丁寧に扱われたが、ドンチッチが受け入れられなかったのは、チームメートに対する接し方だ。

デニス・スミスJr.はドンチッチより1年早く、2017年のNBAドラフト1巡目9位でマブスに加入した。ドンチッチがマブスに加わると、2歳年上のスミスJr.はすぐに良き友人となり、同じマンションに住んでいつも一緒に行動した。ただ、1年目から69試合に先発出場して平均15.2得点を挙げたスミスJr.は、皮肉にもドンチッチの加入によりスター候補の肩書きを外されることになった。若きガードコンビで売り出す方針をカーライルは早々に撤回し、ドンチッチ1年目のシーズン途中にクリスタプス・ポルジンギスを獲得するトレードの交換人員とした。そこに至るまで、カーライルはスミスJr.に辛く当たった。チームミーティングで「君はドンチッチに嫉妬している」との的外れな批判を、他の選手の面前でしたこともあったという。

もう一人の例はサラ・メジリだ。ドンチッチが加入する前のシーズン、2度のテクニカルを受けて退場となったメジリは、カーライルに「出ていけ!」とコートで罵倒されている。メジリもスミスJr.と同様に、カーライルの標的となった。ドンチッチがやって来た時から、マブスにはこの状況が存在した、ということだ。メジリもまた、ドンチッチの良き指南役だった。チュニジア出身のインターナショナル選手で、時期は重なっていないがマブスに来る前はレアル・マドリーでプレーしていた縁もある。

最後の数年間、カーライルはドンチッチに限らず選手たちの信頼を失っていた、と『ESPN』は報じている。選手との関係を取り持ったのはアシスタントコーチのジャマール・モズリーで、若い彼は選手と対話する時間を増やしてチーム内のコミュニケーションを立て直そうとしたのだが、逆にカーライルからヘッドコーチの立場を脅かす存在と見られるようになった。結果的にモズリーはマブスを離れ、昨シーズン途中にマジックのヘッドコーチに就任した。この時、ドンチッチは「おめでとう、マイ・ガイ」と心のこもった祝福のツィートを投稿している。一方で、マブスを去った後のカーライルには「長くチームを率い、優勝をもたらした人」と、淡々としたコメントしか発していない。

カーライルはチームに刺激を与えるために、選手の誰かを標的にした。メジリやスミスJr.に続き、ポルジンギスもその対象となった。昨シーズンはドンチッチとの不和が噂されたポルジンギスだが、実際にあったのはカーライルからの不当な扱いだった。

モズリーが去った後、ドンチッチのカーライルへの不信感は決定的なものになり、反抗的な態度を取ることもあった。これに対してカーライルにできることはなかった。

昨シーズン終了後、カーライルはドンチッチの母国スロベニアに行き、オリンピック最終予選への準備をするスロベニア代表の合宿を視察する予定だった。だが、ドンチッチはそれを拒んだ。ここに来てマブスのオーナー、マーク・キューバンは指揮官交代を決断。契約延長のオファーがなかったことで察したカーライルは、辞任を申し出た。後任にジェイソン・キッドが決まるとすぐ、ドンチッチはキッドやキューバンのスロベニア訪問を受け入れている。

キッドはすぐさまマブスの多くを変えた。一番の違いはポルジンギスへの対応だ。ドンチッチが待つスロベニアへ飛び、その故郷リュブリャナで5年2億700万ドル(約225億円)の契約延長がまとまるのを見届けると、次はラトビアの首都リガへと向かった。「KP(ポルジンギス)の故郷を見て、家族に会いたかった。私が彼とその家族のことを考えていることを、彼に知ってもらいたかった」とキッドはリガ行きの理由を説明している。カーライルであれば、スロベニアには行ってもラトビアに行くことはなかったはずだ。そして、キッドのこの行動をドンチッチが、ポルジンギスが、マブスの選手もスタッフが好意的に受け止めたのは間違いない。

さらにキッドは、ドンチッチの特別扱いをやめた。カーライルは昨年夏、チーム始動の際にドンチッチが明らかに適正体重をオーバーしていても何も言わなかった。だがキッドは先日、判定にイラついてプレーに集中できないドンチッチに対し、「ジャッジが覆ることはないから、プレーを続けるべきだ。ゲームが止まった時に審判と話すべきだ」と、あえてメディアを通じて苦言を呈している。ドンチッチが傲慢なスター選手であれば、これを侮辱と受け止めるだろう。だが彼は「コーチの言うことは正しい。やめるようにするよ」と、批判を受け入れている。

今シーズンここまでマブスの戦績は14勝13敗。過去2シーズンよりも勝率を落としているが、ドンチッチが6試合を欠場している影響も大きい。ただ、チームの雰囲気は明らかに良くなっている。成績はその後についてくると期待していいのかもしれない。

ポルジンギスは言う。「全力を出し尽くせるのは、楽しさがあってこそ。今はそういう環境にあると思う」。そしてドンチッチも「みんなが結束して頑張るんだ」と言う。「すべてが上手くいっている時に一緒にいるのは簡単だ。でも真のチームは、厳しい時にこそ結束する。だからこそ、今はみんなが一緒にならなければいけない」

ジェイソン・キッドは自らの行動でマブスの悪しき文化を変えた。ここから成績も上向くと、当の彼ら自身が感じているのであれば、それは明らかにポジティブな変化だ。