辻直人は2012年にJBL時代の東芝ブレイブサンダースに加わり、すぐにニック・ファジーカスとともに『チームの顔』、そしてエースとして活躍し始めた。Bリーグの時代になり、チームがプロ化して川崎ブレイブサンダースとなるに伴い様々な環境が変わる中でも、辻は変わらぬ存在感でチームを牽引し続けた。その辻が9シーズン目となる今シーズンを終えたタイミングで、広島ドラゴンフライズに移籍することに。川崎からの契約満了のリリースで辻は「自分自身、勝手に『このクラブでキャリアを終えるのだろうな』と思っていました」との気持ちを明かしているが、それはファンも同様だろう。移籍に際して辻の心境がどう動き、何を決め手に広島を選んだのかを語ってもらった。
「プロとしてバスケで評価してほしい」という意識
──チャンピオンシップ敗退でシーズンが終わって2週間、どのように過ごしていますか?
会いたい人に会って、やらなきゃいけないことをやって。ワークアウトは少しやるぐらいですが、挨拶に行ったりだとか広島で家探しだったりとか、休みなくいろんなことをやって忙しくしています。
──今回に限らず、東芝の社員選手から川崎ブレイブサンダースのプロ選手と立場を変える中で、移籍についてはどういう考え方をしていましたか?
キャリア2年目に優勝した時に、プロとしてバスケで評価してほしいと意識し始めたのが最初だと思います。当時は社員であってプロ契約がそもそもあり得ない状況だったのですが、(佐藤)賢次さんから「プロとして勝負するのもいいけど、このタイミングで出ると1年とか2年でチームを転々とする選手になってしまう、そういう選手だと思われてしまう」と指摘してもらって、東芝で続けることにしました。
4年目のシーズンで優勝し、その後Bリーグになるのに合わせてプロ契約になり、それからも節目節目で移籍のことを意識したことはありますが、それは単純にバスケで評価してほしいという気持ちからです。それを機にいろいろ変わっていったんですけど、ずっと評価はしてもらっていました。
──ただ、今回は移籍を決断しました。川崎を離れるのは、気持ち的には相当大変なことだと思います。
大変ですね。年数を重ねるごとに思い入れは強くなりますし、気分は良くはないです。川崎もクラブとして残ってほしいとすごく言ってくれました。ただ、最終的には自分が決めたことです。僕はプロとしてバスケで評価してもらうために、あえてエージェントを付けたところはあります。僕は契約の時に絶対に情が出てしまうタイプなので、客観的に見ることができず「じゃあそれで」と言ってしまうのが想像できました。ですが、移籍するためにエージェントを付けたわけではなくて、ただ単にエージェントを通して客観的に僕を評価してもらい、それを伝えてもらいたかったんです。
今回、結果として移籍することを決めたのですが、こうやって発表されてようやく実感したというか、それまでは想像していなかったことなのでどんな気持ちになるのか分かりませんでした。こうなるとやっぱり寂しさはあります。広島に行けばそんなこと言ってられないんでしょうけど、まだ川崎に住んでいて近くにみんないるし、ただ寂しいです。
──チームメートに直接伝える機会はありましたか?
篠山(竜青)さんとハセ(長谷川技)は家でご飯を食べていた時に伝えました。2人とも泣いてくれて、3人で泣きました……。
──篠山選手が「最終章は、また一緒にやろうや」とツィートしていました。
それを見てまた泣きましたよ……。
「最下位のチームが上がっていく姿を見せて、Bリーグを盛り上げたい」
──今回、なぜ広島を移籍先に選んだのですか。バスケで評価された、つまり良い条件のオファーがあったのだとは思いますが、チームに魅力を感じなければいくら条件が良くても行く気にはならないですよね。どの部分で広島に魅力を感じましたか?
移籍選手の情報や外国籍選手の話を聞いて、お誘いをもらっているチームの中で一番やりやすい、やりたいバスケットが一番できそうなメンバーだと思いました。優勝が狙えるメンバーがいるかどうかは僕の中でもちろん大事でした。
──広島は今オフ早々に大型補強を次々に発表していますが、B1での経験は昨シーズンだけで、リーグ最下位のチームです。
僕が東芝に入る時も最下位のチームでしたが、強くなると信じて選びました。そういう巡り合わせ、運もあると思っています。
──移籍のリリースでは『辻直人の第二章』という言葉がありました。それはどんなイメージですか?
川崎は環境も良いし、歴史もある常勝チームです。広島は環境もそれほど整っていないし、歴史も浅くて、チームも実績で言うと最下位です。でも、いろんなカルチャーをこれから作っていくチームで、そこに自分が携わることをイメージしています。今回は選手も大きく入れ替わって、本当にゼロに近いところからのチーム作りになるので、そこが僕は楽しみだと思っています。
──新天地となる広島でそうやって頑張った先にあるゴールは、Bリーグ優勝ですか? 辻直人のMVPですか?
やっぱり優勝を目標にしないと面白くないですよね。「最下位だからまずはチャンピオンシップ進出を」と段階的に目標を立てるつもりは、少なくとも僕の中にはないですね。優勝を目指してプレーする中で、個人としての評価ももう一度勝ち取りたいという思いはあります。それがMVPかどうかは、人が評価することなので分からないですが、僕の中では「自分はもっとできる」としか思っていないので、そのイメージに近づいていけたらと思います。
もちろん、環境が変わるので全部思い通りに行くとは思っていません。最下位のチームが這い上がっていくのは、そんなに簡単じゃないことは分かっています。でも、言ったら失うものは何もないし、そんなチームが頑張って上がっていく姿を見せたらバスケ界もBリーグももっと盛り上がると思います。西地区を変えてやろう、Bリーグをもっと盛り上げよう、という意識はあります。
寂しい寂しいと言っていますが、間違いなく僕が自分で決断したことなので、絶対に成功させなきゃいけない、移籍して良かったと思ってもらえるようにならなきゃいけないと思っています。
──それは川崎のファンの皆さんに対する思いでもありますよね。応援してくれた人たちへのメッセージをお願いします。
皆さんの前で挨拶できないのは僕もすごく残念ですし、どこかで挨拶したいと思っているんですけど、ルーキーシーズンから9年間ずっと応援してくれて会場で声を掛けてくださる方もいるし、Bリーグになって新しくファンになってくださった方もいるし、川崎だけじゃなく遠方から応援に来てくださる方もいます。そういった皆さんの応援が本当に支えになりました。ケガがあったり調子が悪くて下を向くこともありましたが、そんな時もずっと離れないで応援して励ましてくれた皆さんには、本当に感謝でいっぱいです。
僕がバスケットをやっていて一番良かったと思えるのが皆さんの存在です。移籍しますが僕は僕ですし、来シーズンのどこかで、とどろきアリーナに戻って来ることもあると思います。僕はブーイングは好きじゃないので、愛があるブーイングでもちょっとやめてもらいたい(笑)。拍手喝采で温かく迎えてもらえたらうれしいです。
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