2018年7月1日、川崎ブレイブサンダースは新たな運営会社となる「株式会社DeNA川崎ブレイブサンダース」に引き継がれた。1950年から続く東芝バスケットボール部の伝統を受け継ぎ、それと同時に横浜DeNAベイスターズで培ったスポーツビジネスのノウハウを横展開で取り入れることで、川崎はこの数年で大きく変わっていくだろう。どんな狙いを持ってバスケットボールに参入し、何を実現していくのか。新会社の代表取締役社長、元沢伸夫に話を聞いた。
「通常のビジネスのやり方を着実にやっていきました」
──まずは元沢社長のバックグラウンドを教えてください。ずっと横浜ベイスターズ、スポーツビジネス一筋というわけではないんですよね?
はい、大学を卒業して経営コンサルティング会社に入り、DeNAに転職で入社しました。当時は創業者の南場智子が社長で、その社長室で新規事業の部署にいました。それからDeNA本社のHR(人事)で中途採用のマネージャーを、その後はゲーム関係の仕事もいくつか担当しています。2014年に横浜DeNAベイスターズに出向し、事業本部長として約5年間、売上を上げる責任者、試合の演出の責任者をやりました。
──もともとスポーツビジネスに興味があったのですか?
私自身は中学高校とサッカー部、あとは剣道をやって、すごくスポーツ好きなんです。野球も含めてスポーツの仕事がしたいという思いはあって、DeNAが球団の買収を決めた時に自分から一度、ベイスターズに行ける可能性はあるかと上司に相談したことがあります。
──部活でサッカーをやっていた頃にJリーグが立ち上がっていますね。
高校生の時ですね。私が小学生の頃は日本代表がワールドカップに行けるとは思わなかったんですが、そこからいろんなスター選手、海外で活躍する選手が出て、日本サッカーがワールドカップの常連になる時期を消費者として経験しました。実際、1993年のJリーグ開幕戦となったヴェルディ川崎vs横浜マリノスを私は家族と一緒に見に行っているんです。すごく華やかな世界だという印象は今でも鮮明に覚えています。まさに今のバスケがその段階で、これからどんどん発展していくだろうと思っています。
──Bリーグのファン、特に川崎のファンはDeNA本体というよりもプロ野球のベイスターズからノウハウが注入されることに期待していると感じます。今のベイスターズは成績もビジネスも好調に見えますが、ご自身ではどう評価されていますか?
最初は全然うまく行っていなかったです。12球団で一番弱かったし、事業も約30億円の赤字を単年で出すぐらい。普通の会社だったら存続できないような状況でした。それでも、失うものがない分「ちょっと変えよう」ではなく抜本的な大改革を、チームも事業もやらなくてはいけない状況にあって、それが大きかったですね。
プロ野球ビジネスに対する考え方が球界におけるそれまでの常識とはだいぶ違うと思います。「プロ野球は特殊と言われているけど、とはいえ一つのビジネスだよね」という考え方が私たちにはありました。「通常のビジネスだったらこういうメソッドだ」という当たり前のことを当たり前に導入し始めたんです。社内でも「いや、プロ野球ではそうじゃない」という反発、ネガティブな意見も実はかなりあったんですけど、通常のビジネスのやり方を着実にやっていきました。
「DeNAとしてはスポーツはビジネスだと認識しています」
──DeNAグループとしてプロ野球で一定の成功を収めて「じゃあ次」となったのだと思いますが、たくさんあるスポーツの中からバスケットボールを選んだ確たる理由があるわけですよね。
実際にベイスターズである程度の実績を残して、次は違う競技を是非やりたいとなりました。スポーツは単純にビジネスの数字だけでなく、やっている私たちが「この仕事をやってて良かった」と誇りに思える領域なので、横展開していくという意思決定は簡単でした。サッカーもあるし、個人種目とか市民スポーツ、パラスポーツを支援するという選択肢もありましたが、DeNAとしてはスポーツはビジネスだと認識しています。スポーツは一つの公共財ですが、ビジネスとして成果を出したいと。
それはベイスターズで体感できたことで、ビジネスで成果を出せばいろんなところにお金を再投資できます。野球は今まさにプレーする子供の人口が減っているので、そこを増やすところに結構な資金を注ぎ込んでいます。そういうプロジェクトであったり、単純にチームや選手を強くするための投資ができて、それが地域の振興、野球そのものの振興になるという体感がすごく大きかったんです。ビジネスとして一定の収益を上げ、それを投資していくサイクルを回す。DeNAがやるのはその領域だよね、というのが前提としてありました。
そこからなぜバスケかと言えば、ロジカルに考えて言うよりは「この規模でこれからすごく伸びるスポーツってバスケ以外にないよね」ということです。他にもあるかもしれませんが、バスケは圧倒的で、今このタイミングで参入できるのであれば、それは非常にラッキーだと。そのポテンシャルは私だけでなくスポーツ事業部の主要メンバーが全員、感覚として持っていました。
──その「バスケのポテンシャル」は具体的にどんな部分でしょうか。
まずは来場者がすごく少ないことです。キャパシティの問題、各クラブがプロモーションにお金を使えない事情とかいろいろあると思いますが、もっと増えてしかるべきだと。日本での競技人口自体はサッカーの90万人に対してバスケは60万人を超えています。バスケを好きか嫌いかで言えば、「好き」というベースはある。その一方で来場者数はプロ野球やサッカーに比べて極端に少ないので、その差分はビジネス的な努力で埋められます。
──そのビジネス的な努力について、プロ野球での知見を横展開で使える確信がありますか?
確信とまでは行かないですね。最初は私もそう思っていたんですが、バスケを見る中で野球との違いも分かってきたので。ベイスターズで学んだメソッドが生きるのは間違いないですが、バスケならではのメソッドもちゃんと持たなければいけないと思います。
その一方でマーケティング的なメソッドは持ってくることができます。マーケティングという言葉はその範囲が結構広いんですけど、まずシンプルにお客様のことを徹底的に知り尽くすこと。お客様の行動を定量的に分析して、そこから課題やアクションを導き出すロジックは、ベイスターズでやっていたことをほぼそのまま使えます。実際に、今年の1月から3月はほぼそれしかやっていません。あとは試合に関係なく総合的なエンタテインメントとしてお客さんに満足してもらう、その発想と大きなやり方は横展開できますが、そこから細部の施策の落とし込みとなると、多分バスケならではのものに変わってくるでしょうね。
「事業の面ではほとんど変えることになります」
──「なぜバスケなのか」は理解できました。では「なぜ川崎」だったのでしょうか。DeNAは渋谷に本社がありますし、ベイスターズの地縁を生かすのであれば横浜で、その2つにもBリーグのクラブはあります。
絶対ではありませんが「できれば神奈川で」とは思っていました。神奈川であればグループ企業内の人的リソースを共有できるからです。経営移管はセンシティブな問題です。私たちが強引に「ください!」と言っても成立しません。様々な方と情報交換を続ける中で、東芝さんからこのタイミングでクラブを継承することになりました。
──東芝体制から踏襲するものもかなり多くあります。歴史のあるクラブなので、そこへのリスペクトは大事ですが、全く何も変えないのでは経営移管の意味がありません。変えないものと変えるもの、その線引きはどのような判断になりますか?
名前であったりチームカラーであったり、北卓也ヘッドコーチの体制も8年目と結構長いです。歴史とストーリーがあって、そこにファンが強く共感している部分はなるべく残そうと考えています。だからホームタウンも一切変えるつもりはありません。一方で事業の面では様々なことを変えることになります。演出のやり方、チケッティング、スポンサー獲得の方法、組織も含めて新しいことを考えています。
開幕まで2カ月、やろうとしていることのほとんどには着手しています。それぞれ差はありますが、概ねやりたい方向性のところから着手できています。
川崎ブレイブサンダースの元沢伸夫新社長に聞く(後編)「5年後に新アリーナを」
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