取材・撮影=古後登志夫 構成=鈴木健一郎

中学生にして日本代表候補に名を連ねた田中力は、中学を卒業したこの春に日本の高校に進学することなく、アメリカのIMGアカデミーにその進路を定めた。IMGアカデミーは世界最高峰のスポーツエリート養成機関として、日本ではプロテニスプレーヤーの錦織圭を輩出したことで知られているが、その実態はどのようなものだろうか。先日、田中力の進路発表会見に同席するために、そして日本国内5カ所でクリニックを行うために来日した、IMGスクールでバスケットボールディレクターを務めるブライアン・ナッシュに話を聞いた。

目指すところは『トータルアスリートの育成』

──まずはIMGアカデミーがどんな組織なのかを説明していただけますか。

IMGアカデミーは全寮制の学校で、現在は約1200人の生徒が在籍しています。8つのスポーツがあり、バスケットボールはその一つです。昨年だとバスケットボール部門の男子生徒は150人いて、11のチームがありました。また女子が3チームありました。

80カ国から生徒を集めるインターナショナルスクールでもあって、バスケットボール部門には33カ国の生徒が来ています。私たちは世界中から良い選手を探していて、今回は田中力選手を迎え入れることになりました。

スポーツに特化してはいますが、目指すところは『トータルアスリートの育成』です。フィジカル、メンタル、栄養学、リーダーシップ、ビジョンのすべてを兼ね備えたアスリートを育成することが目的です。我々は素晴らしい選手を育てたいですが、それだけではありません。我々は生徒のメンターでもあり、コート外での謙虚さや周囲への感謝と思いやり、責任感を持った生徒を育てたい。だから、私たちは生徒にバスケットボールを教えるとともに、人間性を伸ばします。バスケを辞めた後にも成功できる人間形成をサポートするのが仕事です。

──環境面が素晴らしいと聞きますが、実際どのようにすごいのですか?

IMGアカデミーの施設は世界一です。バスケットボール部門ではフルコート4面に24個のバスケットがあり、メンタルコンディショニングクラスルーム、ビジョントレーニングルーム、ゲータレードスポーツ研究所など、選手をサポートする体制が整っています。またすべてのコーチがそのスポーツのエキスパートで、元NBA選手、NCAAのコーチ、高校のコーチなど、それぞれのカテゴリーで成功した指導者を揃えています。

また生徒はAMスクールとPMスクールに分かれます。午前中にトレーニングをして午後に勉強する生徒と、午前中に勉強して午後からトレーニングをする生徒を分け、選手がコートで練習する時間を増やします。フィジカルを鍛え、ムーブメントや柔軟性を伸ばすコンディショントレーニングをやり、2時間の練習を毎日行います。また生徒一人ひとりに自分を担当する栄養士やメンタルコーチが付きます。そういった意味では競技が優先されており、普通の学校とは違います。

「彼の成長のために、彼がNo.1ではない状況を作り出す」

──田中力選手のIMGアカデミー行きは、どのような経緯で決まったのですか?

2017年10月に横浜で行ったクリニックがきっかけになりました。彼が優秀だという情報は入っていましたが、我々が彼に注目したのは、彼が人に敬意を表する素晴らしい人間だったからです。IMGアカデミーに日本の代表として彼を迎え入れるべきだと思いました。彼は現時点でこの年代でのベストプレーヤーですが、きっと大きく成長しますよ。

もちろん、日本の代表としてIMGアカデミーに加わるのだからプレッシャーはあるでしょう。これからレベルの高いプレーヤーと毎日戦うわけですから、良い日もそうでない日もあり、No.1プレーヤーに毎日なれるわけではありません。それでも、その経験を繰り返すことで彼は成長していくのです。自分が常に一番という環境では成長できません。我々は彼の成長のために、彼がNo.1ではない状況を作り出す。そんな中で、彼は毎日自分がNo.1になるために、自分より強い相手に挑戦し、努力をしていかなければいけないのです。

──IMGアカデミーのバスケットボール部門に入ればNBA選手になれるわけではないと思いますが、実績としてどのようなものがありますか?

一般的な話になりますが、アメリカでは高校でバスケをやる選手が約60万人います。その1%がディビジョン1で、1%がディビジョン2で、1.4%がディビジョン3でプレーしています。合わせると3.4%ですね。60万人のうちその3.4%が大学でもバスケットボールを続けます。ですが、IMGアカデミーでは92%の選手が大学のディビジョン1から3でプレーします。我々の考えでは、選手は必ずしもNBAやNCAAのトップカテゴリーでプレーする必要はなく、個々が最もパフォーマンスを発揮できる場所を見付けることが大事です。

我々が考える成功のストーリーは2つあって、一つは選手がNBAに行くこと。ジョナサン・アイザックは昨年のNBAドラフトで指名され、マジックでプレーしています。今年はアンファニー・サイモンが、高校からストレートでNBAドラフトにかかる選手になりそうです。でも同時に、ディビジョン3で成功を収めた選手もたくさんいるし、彼らを誇りに思っています。トップレベルが必ずしもその選手にとって良い場所とは限らないのです。だから私たちは、それぞれの選手にとってベストな場所を見付けるのが大事だと考えるのです。

──それを聞いた上であえて質問しますが、田中力選手をNBAプレーヤーにできますか?

5年後を見据えるよりも、今を大切にしたい。まずは彼を高校生プレーヤーとして素晴らしいレベルにします。このカテゴリーで良い成果を出せなければ、大学で良いプレーヤーにはなれないし、NBAも現実的に難しいです。私たちは5年後のベストプレーヤーではなく、今この時点でベストプレーヤーかどうかを問いたい。これから毎日彼を挑戦させて、大きく、速く、スキルのある選手へと育てていきます。また、彼のポジションも適正なものに変わっていくはずです。

日本では誰もが彼にNBAプレーヤーになってほしいと夢見ていますが、先ほど例に挙げたように、NBAプレーヤーになるのはほんの一握りです。私たちは今の彼をNo.1にしたいのです。

「チャンスが欲しければ毎日ハードワークするしかない」

──IMGアカデミーでは日本でのクリニックも行っています。これは選手発掘のためですか?

世界中の人にIMGブランドを知ってもらい、私たちの指導を広めることが目的です。世界中でたくさんクリニックをやっています。そこに参加して選ばれた選手が私たちのトレーニングキャンプに来ます。その際に参加者にはIMGアカデミーを見てもらい、入学したらどうなるかを考えてもらいます。今回は千葉で2回、富山、金沢、大阪、福岡でクリニックを行いました。日本の子供たちは感受性が高く、日本のコーチも優秀です。2時間だけなので、本当はもっと時間があったらと思いますが、子供たちが上達する手助けはできたと思います。

──渡邊雄太や八村塁、そして田中力にあこがれてアメリカでプレーしたいと願う日本のバスケットボール少年はたくさんいます。そんな子供たちにアドバイスをお願いします。

日本に限らず世界中の子供たちに言えますが、必要なのはハードワークです。とにかく一生懸命に毎日やること。背の高さやスピード、ジャンプ力など生まれつきの才能も確かに重要ですが、一日の終わりに一番努力したか、鍛錬したか、欲しいものを手に入れたか、何を犠牲にしたからそれが果たせたのか、そういったハードワークを続けることで、あなた自身のチャンスが広がり、成功へとつながるはずです。チャンスが欲しければ毎日ハードワークするしかないのです。

IMGアカデミーはそんな子供に来てほしいと思っています。私たちはアスリートだけを育てたいわけではありません。生徒として、人間としての人格形成も大切にしています。ここは普通の学校ではないし、彼らは夢があるから来るのです。我々IMGアカデミーはそんな生徒をサポートして、夢が叶うように応援します。