アジアとNBAの架け橋となったヤオ・ミンが殿堂入り

アジアとNBAの架け橋となったヤオ・ミンが殿堂入り

2016/04/09

写真=Getty Images

中国に2億人のNBAファンを作ったアジア・バスケ界のパイオニア

中国プロリーグとNBAで活躍し、引退後もアジアとNBAを繋ぐ役割を担うヤオ・ミンが、アレン・アイバーソン、シャキール・オニールとともに2016年のバスケットボール殿堂入り(国際部門)を果たした。

2002年、上海シャークスのリーグ優勝に貢献したヤオは、NBAドラフトにエントリーし、全体1位でロケッツから指名された。中国でNBA人気が飛躍的に高まったのは、ヤオの活躍によるところが大きい。

その人気の高さを示すデータがある。

NBA1年目の2003年1月17日、ヤオは初めて『ビッグディーゼル』ことオニールと対戦。229センチのヤオと、216センチのシャックとのマッチアップは試合前から注目された。当時レイカーズに所属したオニールはキャリア全盛期で、インサイドでは無敵の存在だった。それにもかかわらず、試合開始から放った3本のシュートを、ルーキーのヤオが連続してブロックしたことが大きな話題となった。当然この試合は中国でも放送され、実に2億人が視聴したと言われている。

ヤオ・ミンとシャック、2003年1月に実現した初めてのマッチアップ。

両選手は、引退後に行なわれた対談形式のインタビューで初対戦を振り返り、ヤオは、「シャックの怒りが伝わってきた。彼はすべてを破壊しようとしていた」と、語っている。

また、2005年のオールスター・ファン投票では255万8578票を獲得し、マイケル・ジョーダンが保持していたオールスター史上最多得票数も更新している。

2009年には、当時財政難に苦しんだ古巣シャークスを救うため、自らチームを購入するという男気溢れる行動が話題になった。引退後には野生動物を保護する運動なども積極的にかかわっているヤオが国際部門で殿堂入りしたことにより、国際化が年々進むNBAの世界展開もいっそう加速するかもしれない。

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