取材=丸山素行 文=鈴木健一郎 写真=野口岳彦

今シーズン限りで引退、現役生活はあと2試合

大神雄子は今シーズンの開幕記者会見で、今シーズン限りでの現役引退を正式に表明した。現在35歳。それでも、ここまで長く日本の女子バスケットボール界を牽引してきた勢いは衰えることなく、今なお全盛期であり続けている。その証拠に三菱電機コアラーズを下した先週末のクォーターファイナルでも出色のプレーを見せ、コート上で一番の存在感を放っていた。

そして今週末がWリーグのセミファイナルとファイナル。昨日の記者会見に出席した大神は『最後の週末』への意気込みをこう語る。「チームも半分以上変わって、すごくワクワクして臨んだシーズンでした。セミファイナルの舞台に立てることは自信になりましたが、あとは勝つことで自分たちのチームに誇りを持てるよう戦っていきたい。このセミファイナルの舞台で、いかに長い時間、自分たちのバスケットを遂行できるかだと思います」

普通はすべてが終わってから引退発表をするもの。だが大神は開幕時点でその決心を明かした。コービー・ブライアントさながらに全国を回る引退興行も、今週末の大阪が最後となる。現役引退の感慨深さを問われると「そうやって思わないようにはしていました」と明かす。

「自分の場合はそこで戻る場所があったり、ファンの方がいてこの年齢までやってこれました。先に発表して地方でプレーできるのがこのWリーグの良さでもあると思うので、その地方で『最後、見に来ました』って言ってくださる方がいたり、それはモチベーションにはなったし、ここまで頑張ることの源になったなって」

「どこのチームよりも覚醒できる可能性は一番高い」

物心ついた時から続けてきたプロバスケットボール選手としての生活があと数日で終わる。その不安や葛藤を大神は否定せず、すべてを受け入れた上で心置きなくバスケットをやろうとしている。「ずっと20何年バスケットやってきたので、バサッと切った時を想像すると恐怖でしかないので。不安がないわけじゃないし、良いことばかりじゃないけど、悪いことばかりでもないかなと最終的には思って、また明日頑張ろうって感じです」

そんな1年、Wリーグで最もノリの良いトヨタ自動車アンテロープスの仲間たちが大神を支えるのはもちろん、ライバルたちも大神へのリスペクトと愛情を惜しくことなく示してきた。それと同時に『勝って引退する』ことを許さないのが恩返しだと燃えている。

大神自身はこの1年間、「勝って引退したいですが、それがどれだけ難しいかは分かっています」と安易に優勝宣言するようなことはなく、ただこれまで通りに目の前の試合にベストを尽くすことに集中してきた。トヨタ自動車は開幕前に日本代表クラスの選手を次々と獲得して新たなチームに生まれ変わったが、ケミストリーの構築には苦しみ、またシーズン終盤になって指揮官ドナルド・ベックが退任してバタバタもした。

しかし、大神には自信がある「自分だけじゃなくトヨタにいるみんながもがいています。でもプレーオフに入ってからはどんな内容だろうが1点勝つことにこだわっていて、そこに関しては、新しく来たメンバーは今までいたメンバーよりも、その負けず嫌いさはすごいと思います。だからこそプレーオフになった時には、自分たちはどこのチームよりも覚醒できる可能性は一番高い自信があります」

「自分が一番負けず嫌いかもしれないです」

そんな中で大神自身ももがきながらパフォーマンスを上げ、良い感触を得て『最後の週末』を迎えられそうだ。「正直、自分ももがいていて、なかなかリズムに乗れなかったりチームも乗れない中で、確かに昨日は一番良かったという手応えがあります」と大神は言い、「自分が一番負けず嫌いかもしれないです」と笑った。

様々な感情はあるだろうが、日本の女子バスケットボール界で最も経験豊富な大神は、その感情に流されずにルーティーンを守って試合に臨むことの大切さを理解しているのだろう。勝ちたいかと言われれば、勝ちたいに決まっている。だが、どこかシャイな大神はそれを口にしようとしない。ただベストを尽くす。大神雄子はそんな生き方を貫いている。