『ニックと肉』リーグ最強外国籍選手、ニック・ファジーカスとバスカン忘年会(前編)「ニックとNCAAトーナメント」

2017/12/29
Bリーグ&国内
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文=鈴木栄一 写真=野口岳彦

川崎ブレイブサンダースのエースにして、Bリーグ初年度の得点王&シーズンMVP。ニック・ファジーカスは圧倒的な高さと技術とクレバーさを備えた完全無欠のスコアラーだ。そのニックと焼肉で忘年会。『戦闘モード』の試合会場では聞けない話をたっぷり語ってもらった。

まずは大学時代の話題。ジョージ・ワシントン大の渡邊雄太、ゴンザガ大の八村塁と日本人選手がプレーしていることでNCAAの注目が高まっているが、大学時代のニックはネバダ大(正確にはネバダ大リノ校だが、アメリカではネバダ大と呼ばれることが大半)のスター選手として活躍し、シーズンのベスト5を選出するオールアメリカンのセカンドチームに選出されている。

「僕が入ればNCAAトーナメントに行けると思った」

──まずはあまり聞く機会のない大学時代のことを教えてください。NCAAで活躍するスター選手で、ネバダ大リノ校の殿堂入りも果たしています。

大学に進むにあたって、いろんな学校から誘いがあった。その中には当時の強豪として知られていたユタ大、マーケット大もあったよ。ただ、(名将の誉れ高い)リック・マジェラスがヘッドコーチを務めたユタ大は練習の雰囲気があまり自分に合うと思えなかった。マーケット大はドウェイン・ウェイドがNBA入りした翌年だったけど、レッドジャージ(1年間は練習参加できても試合登録されない)だと言われたんだ。

知名度ではユタ大、マーケット大が上だったけど、ネバダも良いチームだったよ。その前のシーズンにあと1勝のところでNCAAトーナメント出場を逃していたから、僕が入ればNCAAトーナメントに行けると思った。実際、チームからは「君が切り札だ。チームに来ててくれればカンファレンスチャンピオンになれる」と言われたよ。1年目から即戦力として評価してくれたのが決め手となった。それにドラフト注目株のカーク・シュナイダー(後にジャズからドラフト1巡指名を受ける)がいてNBAスカウトが来るのも分かっていたから、僕にとって完璧な環境だった。

当時からの友人で日本でプレーしている選手もいるよ。群馬クレインサンダーズに所属するライアン・ステファンは僕と同じコロラド出身で、昔からの友達なんだ。昨シーズンは東京エクセレンスでプレーしていたから、ホームゲームに応援に行ったこともある。今はスポナビライブで群馬の試合を見ているんだ。

「ブーイングが僕のプレーを高めてくれた」

──NCAAトーナメント出場を目指す強豪大でプレーして、なおかつアメリカの大学は勉強もしっかりやらないといけません。単位を取るのは大変だったのでは?

大学で過ごした4年間は人生で一番楽しい時間だったけど、勉強とバスケを両立するのは大変だった。いつ練習して、いつ勉強するかの時間の管理が大事だ。でも、教授たちも僕の事情は理解してくれて、協力的だったから、それほど大変だったわけじゃないよ。

──当時のニュースを見ると、同じ7フッター(身長213cm)でシュート技術があるところから、ダーク・ノビツキーと比較されるような記事もありました。

ノビツキーは僕よりシュートがうまいよね。僕は彼と比べるとゴール下でより得点する選手で、同じタイプというわけではない。それでも、将来NBAの殿堂入りをするノビツキーのような選手と比較されるのは光栄だったよ。

注目されてもプレッシャーを感じることはなく、メディアの取材には楽しく応じていた。印象に残っているのは『ESPN』のインタビューを受けたことかな。子供や高校生の時と、テレビや雑誌で取材をうける選手になりたいと思っていた。だから、取材を大変と思うことはなかったよ。

アウェーでは激しくブーイングされたけど、あれがアメリカンスタイルだし、嫌いじゃないよ。いろいろと言われるけど、僕は負けん気が強いから、そうやって敵意を向けられることで燃えるんだ。それが僕のプレーを高めてくれたとも思うよ。

「リノの人々は今も僕に敬意をもって接してくれる」

──大学3年生のシーズンが終わった後、NBAドラフトにアーリーエントリーをするのかどうかが大きな注目を集めましたが、最終的に大学に残る決断を下しています。

たくさん悩んだ末の決断だった。3年生の時より成績を落としてしまったので、残るべきじゃなかったのかもしれない。だけど後悔はしていない。4年生の時もNCAAトーナメントに進出したし、そのおかげで大学の通算得点ランキングでトップになれた。4年生としてプレーしたことで達成できたこともあるんだ。リノは小さい街だから、今でも戻ると知っている人がたくさんいる。いまだに僕に敬意をもって接してくれているのはありがたいよ。

──ちなみにリノといえば、ネバダ州ではラスベガスに次ぐカジノタウンです。カジノにはハマらなかった?

いや、まずアメリカでは21歳にならないとカジノには行けない。21歳になってカジノに行ったらヘッドコーチにバレて、「次に行ったら出場停止にする」と言われたんだ。だから大学の時にカジノに行ったのは一度きりだよ(笑)。

──ニックにとってNCAAトーナメントとはどういう位置付けの大会でしたか?

最初に出場した時は、子供の頃からの夢がかなった気分だった。すべてのメディアがトーナメントを話題にする。アメリカ中がトーナメントでどこが勝ち残るのか予想しているんだ。今でもNCAAトーナメントは見ているよ。

ニック・ファジーカスとバスカン忘年会(後編)「僕はスイーツ男子なんだ」