文=鈴木健一郎 写真=B.LEAGUE

シーホース三河を率いる鈴木貴美一ヘッドコーチは、これで就任23年目を迎えた。大学のヘッドコーチだった鈴木を迎え入れたアイシンは、当時は2部でも下位のチーム。それでもヘッドコーチとGMを兼任する鈴木の下でアイシンは常勝チームへと変貌し、そこから長く強豪であり続けている。後編では強豪チームになったアイシンで、時代に応じた変化を加えつつ強さをキープする方法を聞いた。

『23年目』の鈴木貴美一(前編)無名のアイシンを日本一のチームに変える挑戦

「変化に対応できるものが一番になるんです」

──長くチームを率いる上で難しいのは新陳代謝です。これまでチームに貢献してきたベテランが年齢的に限界になったり、目を掛けてきた若手がもう伸びないとか。その判断を誤ると、勝ち続けるチームは作れません。アイシン時代からGMの役割も兼ねていますが、このあたりをどうコントロールしているのですか?

僕はこのチームのGMでもあるので、日本人選手も外国人選手もリクルートしています。だからシーズンが終わる時期には非常に辛いですが、自分の責任で「来年は契約しない」と言わないといけない。ただ、あまりに厳しすぎると選手がチームに愛情を持てず、ちょっとしたことで「辞める」となってしまう。そこは難しいところです。

ただ、試合に出れないからといってフテくされてしまうような選手には辞めてもらいます。それを許すとチームの輪が崩れてしまうので。年齢がいっても、あまり試合に出れなくても、チームのために一生懸命貢献したいという努力が見える選手であれば、それはチームに必要だと私は考えます。

──Bリーグになってbjリーグのチームが入ってきて、チームの作り方は大きく変わりました。2部も含めると36チームになり、上のチームから下のチームに戦力が流れていく戦力均衡の傾向が昨年夏には見られました。

Bリーグ1年目を終えて、良い選手が引き抜かれていく状況になりましたが、これが本当のプロです。前からそうでしたが、チーム数が多くなって激しくなりましたね。プレータイムだとか年俸だとか、それで移籍する選手が出てくるのは当然です。仕事でもスポーツでもそうですが、最も強い者が勝つわけでも、最も賢い者が勝つわけでもない。変化に対応できるものが一番になるんです。なので、私としてはそういう状況も予想しながら行動すべきだと考えます。

──時代の変化にいかに対応できるか。これは編成に限った話ではありませんね。

Bリーグになっていろんな変化が出ています。僕自身は、バスケットでチームを勝たせるために呼ばれたので、それはBリーグになっても変わりません。ただ周りの環境に対しての対応、ファンやメディアにどう接するか、それは僕自身が変わっていかないといけない。その変化への対応は選手に求める前にまず僕自身がしっかりとやっていきたいです。

人間には運があります。運は、運が付くような行動をしている人に味方すると思います。そこで僕が考えるのは、みんなが幸せになればいいなと。ファンもメディアも、チームもそのスポンサーも、僕の周りにいる人、シーホース三河に接する人たちみんながハッピーになればいいと思います。裏切った人は別ですよ。でも僕が仲間だと思って接している人にはみんな幸せになってほしい。それが僕のポリシーなんです。

だから例えば選手がどこかのチームに行ったとしても、またウチのチームにずっといたとしても変わらず、みんな楽しく幸せであってほしい。そういう気持ちじゃないと、スポーツでは勝てません。一つ勝つことはできても、本当のトップにはなれないと思うんですよね。それはずっと曲がらない僕の考えですが、Bリーグが始まったことで自分自身の自覚と覚悟は相当に強くなったと思います。

「みんながハッピーになるポイント」を考える

──今シーズンの話を聞かせてください。シーホース三河の場合、代表活動で橋本竜馬選手、金丸晃輔選手、比江島慎選手がチームを離れることが多い難しさがあると思います。

代表選手を抱えるチームの宿命ですね。そこで他の選手がどれだけ成長するか、いかに試合で活躍できるかです。ここまでは他の選手がよく頑張ってくれました。ただ、天皇杯予選を代表選手抜きでやったことは、負けたチームが気の毒です。

──代表選手の3人を先発から外したり、プレータイムを思い切って減らしたりと、選手起用にも工夫が見られます。

本来であれば、ウチはスターティングファイブに橋本くん、比江島くん、金丸くんで行くのがベストです。出だしに強いメンバーで行くのは当たり前のことなので。それでも、彼らを使わない状況でも勝っていかなければいけないという使命があって、その中で勝負師としての采配をして、それに選手が応えてくれています。苦しい試合もあって、延長や1点差で勝った試合も多いですが、それでもし勝てなかったとしてもチームの成長につながる、という計算はあります。

開幕前からずっと代表活動が続いているので、ケガのリスクもあります。その中で僕が比江島くんと金丸くんと橋本くんに負担を掛けて、代表で満足にやれなくても「これだけ厳しい日程だから仕方ないよ」という考え方もありますよね。でも、やっぱり3人とも日本代表に必要な選手です。比江島くんなんか最後まで選ばれた、代表に欠かせない選手なので。彼がケガで出れないというのは、日本にとって大きなマイナスです。

僕のエゴだけを通すのであれば、自分のチームを優先させるのですが、みんながハッピーになるポイントはどこだと考えると違いますよね。他の選手はしっかり練習しているし、自信もつけています。決して余裕があるわけではありませんが、うまくやれば勝てるという手応えもあります。そうなると「比江島くん、今日は控えだ」と言えるわけです。

──代表を抜きにしても、今シーズンは編成も変わって、セカンドユニットが強くなりました。

今まで僕は「スタートはどこにも負けない」というラインナップを組んできました。その一方で控えの選手は「育てよう」という考え方を強く持っていたんです。ところが昨シーズンは試合数が増えて、スタートの選手に負担が増えて、セミファイナルで負けてしまった。スタミナの問題が露呈したんですね。この20何年で、控えで良い選手を取らなきゃいけないと思ったのは初めてです。そうして獲得した選手が思ったような活躍をしてくれています。

「チームメートの悪口を言う選手がいたら辞めてもらう」

──まさに「変化に対応できる者が勝つ」の言葉どおり、補強方針を変えたことが結果につながっています。ただ、弱いチームは「ウチに来ればスタメンで使う」という誘い文句が使えますが、三河は違いますよね。誘い文句は「ウチに来て優勝しよう」ですか?

その通りです。ウチに来る選手は優勝したいから来ています。「スタートで使う」とスカウトしたことは、Bリーグになる以前も含めて一度もないです。竜馬くん、金丸くん、比江島くんにも一度も言ったことはないです。みんな勝ち取ってスタートになったんですから。

正直に言えば、「プレータイムは何分もらえるんですか?」と聞いてくる選手はたくさんいます。それでも僕はスタートの保証だとか、何分使うかは約束しません。もちろん「この選手はこれぐらい使おう」という考えはありますが、10分しか使えないと思っていた選手が30分出ることもあります。だから僕から言えるのは「一緒に優勝しようよ」です。

──では、シーホース三河で「ここの部分は絶対にリーグNo.1だ」と自信を持っているのはどの部分ですか?

一つはチーム内の競争です。チーム内にもライバルがいて、練習からバチバチやります。ただ同時に大事にしているのは、チームメートを牽制しないこと、足を引っ張らないこと。この行為だけは絶対に許しません。チームメートの悪口を言う選手がいたら、辞めてもらいます。練習の時はライバルでも、試合では信用して頼りにしなきゃいけない。チームメートとお互いに信頼して、コミュニケーションを取りながらやっていくことです。それがなければ、どれだけ良い選手を取っても勝てないです。

僕は現役時代にジャパンエナジーにいて、スタートも控えもすべて代表選手でした。でも、チーム内で牽制し合ってるんですよ。そのチームは勝てませんでした。僕がいた時は天皇杯の準優勝があっただけで、一度も優勝できなかったです。それは選手時代に一番勉強したことかもしれません。コーチをやるつもりはなかったんですけど、その経験はものすごく生きています。