『セカンドキャリア』を考える、元横浜ビー・コルセアーズの湊谷安玲久司朱(後編)「やるならデカくやりたい」

『セカンドキャリア』を考える、元横浜ビー・コルセアーズの湊谷安玲久司朱(後編)「やるならデカくやりたい」

2020/04/23

湊谷安玲久司朱

横浜ビー・コルセアーズで3シーズンを過ごした湊谷安玲久司朱は今シーズンを迎える前に引退を表明し、8年間のキャリアに幕を閉じた。Bリーグが誕生したことで選手の待遇は以前よりも向上したため、より長く現役生活を送りたいと思う選手は多いだろう。それでも湊谷は現役を早々に退き、家業を継ぐことに決めた。そんなセカンドキャリアをスタートさせた湊谷に話を聞いた。

「辞めるならこのタイミングだったと今は思えます」

──引退した選手がセカンドキャリアをスタートさせる場合、コーチだったりフロントだったり、バスケに関係する職種に就くことが多いと思いますが、湊谷さんはそうした選択肢を選びませんでした。

選手生活を終えたらバスケはもういいって、小さい頃からずっと思っていたんです。例えばコーチになるとしたら、ずっとバスケだけの人生じゃないですか。それが僕は嫌だったんです。他のこともやってみたいと思っていたので。

もちろんバスケが好きな人は、バスケに携わることをやり続ければいいと思います。ヤマケンさん(山田謙治アシスタントコーチ)は根っからのバスケ好きなので、コーチをやって正解です(笑)。

会社に残ることを考えていなかったので、昔から社員契約ではなくプロ契約でした。親もずっと商売をやってきたので、それを見てきた影響なのかもしれませんが、会社に勤めて誰かの下で働くことはあまりイメージしていませんでした。自分で何かやりたいと思っていたんです。

──これまでやってきたことを捨てて、ゼロから新しいことをスタートするのは本当に大変なことだと思います。

いやあ、実際のところ大変ですよ。それこそ、この歳で初めてバイトもしましたし。一般の社会人経験がなくて、パソコンもほとんどいじったことがなく、すべてが初めての状態ですから。毎日「疲れた」しか言ってなかったですね。今は西京漬け一本ですけど、最初の頃は休みも全くなくストレスで円形脱毛症にもなりました(笑)。

でも、だからこそタイミングはこれで良かったと思うんです。僕は今31歳なんですけど、これが35、6歳になってから初めてパソコンに触りますとか、営業しますとなると、5年の差は相当大きいと思うので。大変でしたけど、あらためて辞めるならこのタイミングだったと今は思えます。

湊谷安玲久司朱

「バスケの時と一緒ですね、やるなら一番って」

──超高額な年俸をもらっているNBAの選手ですら、引退後に浪費癖が抜けなかったり、変な投資話に引っ掛かって財産をなくしたり、中にはホームレスになる人もいます。湊谷さんはそういった心配はなさそうですね。

あれだけお金をもらって、どうやれば破産するのかなって思ってました(笑)。でも生活レベルを落とせない人はそうなってもおかしくないと思います。実際、僕も現役時代は遠くてもタクシーで移動していましたし、感覚って怖いですよね。今は住むところも安いところに引っ越しましたし、移動はほとんど電車ですから。

平均年俸が上がって、今はバスケ選手に夢があります。物事をしっかり考えている選手も結構いると思います。僕が言えるのは、お金をもらえているうちにセカンドキャリアは絶対考えておいた方がいいということですね。

──初めてだらけのセカンドキャリアをスタートさせて約半年が経ちましたが、最後にこれまでの手応えと今後について聞かせてください。

ファンの方もそうですし、ビーコルも手売りをさせてくれたり、たくさんの人に助けられて普通に過ごせるようになりました。上手くいっていなかったらもっと違う受け止め方をしていたかもしれないですけど、今は後悔はないと言えます。でも会社としてはまだ足りていないので、もっと頑張らないといけません。

やっぱりやるならデカくやりたいですし、有名になりたいです。バスケの時と一緒ですね、やるなら一番って。バスケをやめても、こういう道もあるんだよっていうのを示したいです。

それこそ、ちゃんと成功を収めたら、バスケに何か還元できたら良いなって思ってます。今はあまり考えていませんが、スクールとかやりたいです。もう動けないのでコーチは無理でしょうが(笑)。

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