直近の6シーズン、その前を含めれば9年間を新潟アルビレックスBBで過ごした佐藤公威。昨シーズンは全60試合のうち59試合で先発出場、チーム最長の32.8分をプレーした『チームの顔』が移籍するとは、誰にも予想できなかったはずだ。それでも佐藤はB1昇格を果たしたばかりの島根スサノオマジックへと加入した。悩みに悩んだ末の決断ではあったが、その一員となった今は晴れ晴れとした気持ちでBリーグ2年目の開幕に向けた準備を進めている。
島根はB1を戦うに当たり選手を大幅に入れ替え、鈴木裕紀を新たなヘッドコーチに迎えた。新しいチームに生まれ変わった島根で、佐藤はここでもキャプテンとして一つにまとめ上げつつある。佐藤に『青天の霹靂』の移籍について、そして島根での挑戦について聞いた。
「変わらなくていいよね、と思われたくなかった」
──長く新潟でプレーしてオレンジの印象が強いのですが、青いジャージーには慣れましたか?
意外と時間はかからなかったですね。しっくり来る色でしょう(笑)。ただ、気持ちの整理が難しかったというのは正直ありました。
──新潟は地元ですし、家も購入したと聞きました。骨を埋める覚悟だったわけですよね。
新潟在籍中はそのつもりでしたし、周囲からもそう見られていたと思います。新潟で勝ち、優勝するのが目標でした。でも、長く新潟にいると家族も子供たちもできて、「普通にプレーしていれば」と考えれば続けることはできますが、それに甘えたくない自分がいました。「ずっと新潟でしょ」、「キミさんは変わらなくていいよね」と思われたくもなかったです。選手でいる以上、必要とされる声が一番のモチベーションになります。GMとヘッドコーチに話をいただいて、その気持ちがすごく胸に響いたことで、移籍することを決めました。
──でも、新潟でも佐藤選手は必要な人材だったはずです。そこに葛藤があったわけですよね。
そうですね。長年在籍していると地元のファン、スポンサーの方々ともお付き合いさせてもらっていたので「お金が理由ですか?」とストレートに聞かれたこともありました。決してそういうことではないのですが、やっぱり世間の目はそう向きがちです。それでも、ただ単純に勝ちたいという気持ちで移籍をしました。
──移籍するとなると、家族の問題もありますよね。
それもすごく悩みました。それでも末松(勇人)GMと話をする中で、子供のことについても松江の街は温かいし、住めば都になるという話をもらいました。最初の1カ月は大変でしょうが、それを乗り越えればまた家族の絆が深まるのも事実なので。それよりも離れて暮らすほうがつらいと思うし、家族の存在が一番のモチベーションになりますから。
子供たちは単純に「やべえ、行きてえ!」と(笑)。ただ長男は所属していたバスケットボールチームの仲間や友達と離れることを日に日に実感しているようでした。その姿を見るのはつらかったですけど、新天地にも慣れてきて、友達を家に連れてきたりしているので良かったです。
──末松GMや鈴木ヘッドコーチからはどんな言葉があったのですか?
選手としてすごく評価してもらっただけでなく、キャプテンシーの話もしてもらいました。僕がプロ生活を送る中で重点を置いてきた部分なので、それを距離の離れたチームの方が見てくれていて、言葉にしていただけたのはうれしかったですね。「勝てる人材を集める」という話も聞いて、「じゃあ勝負してみようか」という気持ちになりました。
「思ったことを言わず溜めてしまうのが一番の問題」
──島根でもキャプテンを務めます。これまでの経験をどんな形で発揮したいですか?
遠慮して言いたいことを言わずに、最後になって「言っておけば良かった」と後悔する経験が僕にもあります。昨シーズンの新潟でもそういう面がありました。だから島根に来て今のところは伝えたいことはすべて伝えています。これは鈴木ヘッドコーチの方針でもあるのですが、「思ったことは言え」と。思ったことを言わず溜めてしまうのが一番の問題だという話をみんなにしています。それで僕に限らず、全員が自分の意見を堂々と言える集団になってきています。
簡単なようで、そういうチームはなかなかありません。年上に気を遣い、年下にも気を遣うものです。でも島根はそうじゃないチームを目指しています。プレーに関してもコミュニケーションを取って、互いに納得のいく形を取る。そして次のコミュニケーションに進むという感じです。
でもまだバスケットでコミュニケーションが取れない部分もたくさんあって、そこは難しいし、面白いところでもあります。今はまだ成長段階ですが、コミュニケーションのもたらす効果は日に日に実感していて、チームとしては良い方向に向かっていると思います。
──ただ、それぞれの意見が食い違うこともあるわけで、好き勝手にやられても困りますよね?
そこで大事なのが、発言のレベルをもう一つ上げることです。同時に、自分と違う意見を聞き入れることも人としてのキャパシティです。むしろそっちのほうが大事かもしれません。僕も批判されたら傷付きますが、チームが勝つために必要だから言ってくれていると解釈すれば、痛いとは思わないので。
──キャプテンシーと言っても人によって様々あると思いますが、佐藤キャプテンのスタイルはどんなものですか?
僕の見てきた先輩方の良いところを抜粋して自分の糧にしようと心掛けています。ヘッドコーチが考えているバスケットをより近い形で理解するのがキャプテンシーを発揮する場だと思うようになっています。例えばチーム練習をしている時に、コーチよりも先に指摘できるようなバスケットIQを持つこと。すごく難しいことですが、コーチと同じ考え方をして、コーチより先にキャプテンが指摘するとかですね。
チームメートから何か質問されて答えたとします。それを聞いていなかったコーチが同じことを言った時には「よっしゃ!」と思います。自分も若い頃には、そういうキャプテンに接して「すげえなあ」と思った経験がありますからね。ディフェンスで前から当たるとか、背中で語るとか言いますけど、それはキャプテンじゃなくても責任感のある選手であればやるのが当たり前のこと。それ以上のことをやってチームメートを引っ張っていきたいです。
「ここぞという場面で必要とされる選手でありたい」
──鈴木ヘッドコーチとは大分ヒートデビルズ以来、選手とヘッドコーチとして再会することになりました。
現役時代に教えてくれたのと同じことを話すので「変わってないな」と思うこともあれば、選手とヘッドコーチでは立場が全く変わるので「今までのユキさんじゃないな」と感じることもあります。ユキさんもいろんな経験をして、バスケットについて僕の分からないことを教えてくれることが多いので、勉強させてもらおうと思います。
チームが勝つためには選手みんながヘッドコーチを見なければいけないし、ヘッドコーチは選手を魅了しなければいけない。その点でユキさんは選手の時とは全く違って、ちゃんとヘッドコーチとしての姿を見せています。そういう意味ではだいぶ変わったと思います。
──強い気持ちで島根に移籍してきました。どこを目標にして、どんな戦いをしていきますか?
ただ選手でいられればいい、現役を続けられればいい、という感覚で新潟から移籍して来たわけではありません。もちろん勝つために来ているし、まずは勝てるチームにならないといけないと思います。勝つために何が必要なのか肌で感じられないと人間は変わらないと思うので、そのために準備することも必要です。「島根って強いよね」と言われるようなチームになりたいです。
──「佐藤公威のここを見てくれ」というところを教えてください。
今年で33歳ですが、まだまだ身体も動くし、もっとバスケットを勉強してたくさんのところで「良い仕事をするね」と言われたいです。年齢を重ねている分、バスケットIQも発揮したい。身体が動くからしっかりディフェンスして相手のエースを抑えられるようなディフェンダーにもなりたい。何より、ここぞという場面で必要とされる選手でありたいです。
そのためには練習もそうだし、ヘッドコーチと同じ考えを持って行動するのも大切です。チームに必要な選手はたくさんいると思いますが、島根でもそういう選手になっていきたいです。