竹原哲平

今シーズンからB3リーグへの入会が認められた佐賀バルーナーズは、2018年に創設されたばかりの新しいプロバスケットボールクラブ。代表取締役社長を務める竹原哲平は「4年前に高校を卒業したのですが、大学は1週間ほどで辞めて、ユヴェントス(イタリアの名門サッカークラブ)の関連会社でプロチームの運営、日本のファン向けのマーケティングなどすべてを見せてもらいました」とのこと。現在21歳ということは八村塁と同世代となる。

クラブを立ち上げたのは昨年春。「立ち上げながらイタリアから帰ってきました」というパワフルさでチームを引っ張ってきた。「見ての通り、若いから何もできないですよ。でも、若いからできないじゃなくて、若いからできることをやっていきたい」と熱く語る。バスケに限らず日本のプロスポーツクラブで最年少の経営者であろう竹原代表に、その思いを聞いた。

父はサガン鳥栖の社長、21歳でチームを立ち上げる

──私の知る限り、数年前まで佐賀市にプロバスケクラブの計画はなくて、急に立ち上がって地域リーグからB3へと駆け上がった印象です。チームができた経緯を教えてください。

もともと僕は生まれが佐賀市で、育ちが鳥栖市。ずっと佐賀県で育ちました。佐賀県のために何かをやりたいという地元愛があっても、表現できる場がないという葛藤がありました。イタリアでたまたまバスケットのプロリーグを見る機会があって、野球やサッカーよりも日本人が観戦するのに合うと感じました。2023年に佐賀市に8000人規模のアリーナができるのが決まっていたこともあって「バスケチームを一から立ち上げてBリーグに入りたい!」と。

もともとバスケが特に好きだったとか、プレー経験があるわけではありません。それでもBリーグの盛り上がりを見ていて、日本で一番のスポーツになるんじゃないかとの印象は持っていました。経営面でうまくいっているクラブが現時点でも多く、そしてバスケの人を熱くする部分に一番魅せられました。

──お父さんはサッカーのサガン鳥栖の社長を長く務めていますね。

その関係で佐賀県をスポーツで盛り上げたいという気持ちがありました。鳥栖市は人口7万人ですが、先日のサガン鳥栖のホームゲームには2万人が集まっています。佐賀市は27万人、可能性がありますよね。ただ、それと同時に人口が激減している地域でもあります。いずれ街がなくなるんじゃないかという危機感がある中で、佐賀市にアリーナができる。これはもうやるしかないと思いました。じゃあ、Bリーグバスケだろ! って。

父の背中は大きかったです。サガン鳥栖に携わった当初は4000人ぐらいしかお客さんが入らない試合が普通にありました。県民性を考慮しながら経営戦略を立てていかなければいけない。サガン鳥栖も過去には経営破綻をしています。当時、このチームでフェルナンド・トーレスがプレーするようになるとは誰も想像できなかったでしょうね。その物語、歴史があるから地域に密着して愛されるチームになる。そこは父の背中を見て学んできたつもりです。

竹原哲平

「佐賀県を拠点とした総合型スポーツクラブに」

──では、経営者としての竹原哲平が成し遂げたいことは何でしょうか。

この佐賀県でどう盛り上げて、続けていくか。今の段階からチームを見ていただきたいんですけど、泥臭いプレーを惜しまない、30点負けていても最後まで戦うチームです。コート外の地域貢献活動も多く取り組んでいて、選手全員参加で昨年も2000人にクリニックをやっています。チームのPRになるポスター配りも、スタッフだけでなく選手みんなで練り歩いてやっています。そういうホームタウン活動を大事にしながらスポンサーさんの獲得、他にも大きなサプライズを仕掛けていきます。

僕が目指すのは佐賀県を拠点とした総合型スポーツクラブです。いろんな競技のチームを持ち、ファンの人が「バスケに行こうかな」、今日は「他のスポーツを見に行こうかな」と。そこにチャレンジしなくては人口の少ない佐賀県のスポーツは盛り上がっていかないと思います。僕たちだけじゃないところもかかわってくるので簡単ではありませんが、その連携は早ければ早いほうがいい。正直、やらなきゃいけないってことはみんな気付いているはずです。僕らが総合型スポーツクラブを10年後に、遅くとも20年後までにやらなければ、佐賀県のスポーツクラブの発展はないと考えています。

──なるほど。では、B3を戦う今シーズンは、経営的にはどこに目標を置きますか?

集客については今年から勝負すべきです。今シーズンの会場は1000人しか入りません。そこを満員にする努力をしていきたい。本来は全試合満員が好ましいですが、80%が入る状況を毎試合作りたいです。来シーズンには2000人規模になるので、段階的に目標が上がります。佐賀県は高齢者が多いので、お年寄りに優しいアリーナ作りを発信します。

サガン鳥栖は、売上が3億から42億まで伸びています。J1優勝という目標があって、具体的な計画を進めてきた結果です。僕たちも計画性を持ってやっていきます。B1で戦う姿しか見ていませんし、はっきりとしたビジョンと事業性があれば達成できると思っています。

竹原哲平

「ここから歴史を作っていくので、一緒にやっていきたい」

──21歳と言えば、まだ大学に通っている年齢ですよね。プロスポーツクラブの経営者は対外的に発信することも多く、社会的責任も大きいです。ここまで話していて竹原代表に『普通の21歳』っぽさを感じないのですが、実際はどうですか?

自分の時間もしっかり取りたいのですが、今はそれどころじゃないですね。何をやるにも「若いから」と言われるのは当たり前ですが、「若いからできない」じゃなく「若いからこそできる」でありたいです。正直に言ってしまえば、分からないこともできないことも多いですよ。でも、だからこそ助けてくれる人、一緒に戦ってくれる人が出てきます。僕は歴史が好きなんですが、坂本龍馬は31歳で亡くなりました。それでもあれだけの大仕事をやり遂げています。バスケでもコート上では八村塁が出てきて、彼をきっかけにバスケ界が新しく生まれ変わろうとしている。経営でも今こそ僕らの世代がやらなきゃいけないですよ。

積極性を持つこと、しっかり考えること、実行すること。あとは年齢を気にしないこと。そのマインドは忘れないようにやっていきたいです。

──「僕らの世代がやらなきゃいけない」。それは具体的に何をやりますか?

今シーズンで売上3億、入場者80%。チームには勝つこと、そしてお互いに尊敬し合うことだけを求めます。Bリーグは2024年からライセンス基準を引き上げることを発表しました。条件を満たすアリーナの確保、売上高12億円、平均入場者数4000人をクリアできなければB1には入れなくなります。地方のクラブにとっては相当ハードルが高いですが、ゼロからクラブを立ち上げた僕たちがビジネス面で成功を収めて、この条件をクリアして見せれば、日本のバスケ界に大きなプラスになると思うんですよね。

僕らはゼロからできたプロクラブです。選手がいない状況でチーム名を決めて、トライアウトで選手を探して、今はB3参入が認められたところです。ここから歴史を作っていくので、それを一緒にやっていきたい、一緒に見ていってもらいたいです。

佐賀県は田舎だし人も少ないですけど、伝統的な工芸文化に美味しい食材と、魅力的なものはたくさんあります。国際空港だってありますからね。がばいよかでしょ! 佐賀バルーナーズをきっかけに佐賀県を知ってもらいたいし、盛り上げていきたいです。