
長崎ヴェルカでアシスタントゼネラルマネージャー(GM)として働く磯野眞に、前編では彼のキャリアとその業務内容を聞いた。後編では仕事の達成感や、マインドの持ち方、これからこの職業を目指す人に向けてメッセージをもらった。(取材日=4月24日)
「自分たちだけの幸福を最大化させないようにする」
──今の仕事で達成感を感じる時はどんな時ですか?
当然、勝った時はめちゃくちゃうれしいです。チームを自分が直接的に指導しなくても、組織としてでき上がることを実感できた時はうれしいですね。あとは契約や交渉、直近で言うとドラフトはいろいろな人が関わって調整して、それぞれの利害関係がある中で上手くまとまった時は仕事の面白さを感じられます。
──『Bリーグドラフト2026』で岩下准平選手を1巡目指名した後に『育成契約選手制度』を用いて滋賀レイクスに期限付き移籍で送り込み、滋賀が2巡目で指名した田中流嘉州選手を同様の形で獲得しました。この結果は関係各所で話題になりましたが、事前の下調べというのは入念にされたのでしょうか?
第一に、そもそもスポーツというものがルールの下でパフォーマンスを最大化させる性質があるので、まずルールを理解するのが大事だと思っています。Bリーグにドラフトやサラリーキャップなどといった新しい制度が入ってくる中で、ルールの下で最もパフォーマンスを最大化させるためには、どういう取り組みをするのがベストなのか考える必要があります。世界を見渡せばドラフトもサラリーキャップも別に真新しいモノではありません。NBAやMLB、NFLではどういった取り組みがされていて、どういったことをやると他が考え付かなかったことができるか、というのを模索するようにしています。
ドラフトは、個人的に今シーズンの中で一番注力した仕事でした。チームとしてどういう選手を求めているのかを考え、クラブの理念に沿って革新的に日本のバスケット界を牽引していくような存在になることを考えた時に、自分たちのチームの利益以上にリーグとして、バスケ界として良くなるための行動を考えた結果でしたね。これはクラブの理念に通づる部分でもあるのですが、他が考え付かなかったことをやって一歩前に出ることができた時というのは、仕事の面白さを感じられる部分でもあります。
ただ大前提として、自分たちだけの幸福を最大化させないようにすることはすごく意識しています。できるだけWin-Winになれる状況があれば、その対策をしていきます。今回の岩下と流嘉州に関しても、『一番成長するために何が良い環境か』を第一に考えた結果で、良い決断ができたと思っています。
──普段から海外のスポーツ事情にもアンテナを張って仕事をされているのでしょうか?
そうですね。外国籍選手の獲得業務をしていることで、海外事情には特にアンテナを張り続けている部分もありますし、海外のクラブがどのようにして『勝つチーム』を作りあげているのか、現場のレイヤーではなかなかできないけれどマネジメント側ではできることはどのようなことか、といった先行事例を積極的に集めるようにしています。

「必ずしもすべての人がハッピーになることはない」
──長崎はB3参入からわずか5年でB1で優勝争いをするチームに変貌しました(取材時)。ここまでにたどり着くことができた要因は何だと思いますか?
5年間という短期間でここまで来られた要因としてすごく大きかったと思うのは『正しいことを正しい方向で、適切な人がきちんと取り組んできた』ということだと思います。伊藤拓摩GMも常々「どれだけ現場が頑張ってもGMや社長、オーナーが別の方向を向いていたら努力に制限がかかる」とおっしゃっています。その点、ヴェルカはGM 、社長、オーナーが同じ方向を向いて、現場もその方向を向いて、それに対して必要なもの、必要な努力を、それをやるに値する人たちが現場で頑張ってくれているから今の結果に繋がっていると思っています。
──とても重要なことですよね。アシスタントGMとして各所が同じ方向を向くようにするために、行ったことはありますか?
常にチームとして『バリュー(価値観)』を意識しています。仕事は選択の連続で、チームの『ミッション』『ビジョン』『バリュー』を照らし合わせた時に、一般的に言えばAのほうが正しいことでも、このチームの理念で考えるとBの選択肢のほうが正しい、ということを常に頭の中に持ち続けて仕事をし続けることがすごく大事で、それを意識し続けてやってきた結果だと思います。
──長崎に合う選手はどのような基準で選んでいるのでしょうか?
「こういう選手が欲しい」という現場のリクエストには、できるだけ応えるようにしています。逆にフロント側として重視しているのは、選手の意向とウチが求めているものがマッチしているかというところです。例えば「勝てるチームに行きたい」とか、「お金がもらえるチームに行きたい」とか、「都会のチームに行きたい」とかいろいろあると思うのですが、その中で両者がマッチしなくてはいけないキーワードは「成長したい」というマインドセットを持っているか、ということです。
ヴェルカに来ることで選手としてどのように成長していきたいのか。そのためにこちら側はこういった環境を提供できます。というのを勧誘の一つのキーワードにしているので、選手としてだけでなく人間としてレベルアップしたい人に来てほしいですし、そういう人間性を組織の成長に還元してくれる人を求めています。
──とは言え、クラブを去らなくてはいけない選手もいます。この部分は辛いですよね。
交渉ごとに関しては、必ずしもすべての人がハッピーになることはないですよね。その瞬間は不幸せだったと思ったことが、長期的に見た時に「あの結果で良かったです」と、後から選手に言ってもらえることもあります。「この厳しい時期があったから、今のチームで成功できています」ということを聞くとすごくうれしい気持ちになりますね。

「遠回りするほうが良いんじゃないかな」
──アシスタントGMを今後目指す人は、どういったスキルが必要で、どういったことをすることによって最短距離で目指せるのか教えてください。
名前の通り『ゼネラル』なので、広範囲に関わる分野の仕事です。「最短距離で目指すために」とおっしゃいましたが、ある意味遠回りするほうが良いんじゃないかなと思っています。僕の場合は、コーチングというバックグラウンドがありましたが、必ずしもそれがマストではありません。海外ではアナリティクスをメインにしている方やビジネスをバックグラウンドに持っている方など、多種多様です。
GMは様々な分野に関わらなくてはいけない仕事なので、「これとこれだけやれば大丈夫」というよりもいろいろと遠回りして、様々な経験をする必要があると思います。バスケットの世界だったら現場の意見や考え方が分かる立場になることがやっぱり理想的ですし、会社とのやり取りを理解するのも非常に重要なので、逆に遠回りしたほうが良いと思いますね。
そして好奇心を持ち続けることも重要です。手前味噌ですが、伊藤GMの好奇心の強さには驚嘆しています。何者でもない学生時代の僕と話した時も「それはどういうこと?もっと教えて!」と、何事にも興味を持っていました。そういう姿勢を続けていると様々な知識が広がり、なおかつ人もついてくる。『この人のことをこうやって助けてあげたいな』とか『この人の元でいろいろと仕事したら面白そうだな』となった時に、結果的に周りにそういった人たちが揃っているので、好奇心を持ち続けることは良いことだと思います。
──今後のご自身の未来像は考えていますか?
やはり最終的な意思決定をするレイヤーまで行きたいというのはあります。GMは目指しますが役職の問題でしかないので、自分がやりたいことができれば、どの役職でも僕は構わないとは思っているんですよね。今は、日本のバスケット界がより成長できるように、日本のバスケの選手たちがより成長できるような環境整備、マネジメントレイヤーでの環境整備みたいなところであったり、選手が適した場所でプレーするような仕組みと環境作りを達成したいと思っています。
──具体的にはどのようなことでしょうか?
今、若い選手の育成にかなり関心を持っていて、ユースチームにも同時進行で関わっているのですが、才能ある若い選手は数多くいます。ですが、その選手が活躍するために必要な環境下でプレーできるかは、本人の意向だけでは決まりません。例えば「本当はB2のチームでチャレンジしたいけど、お金の事情や環境面でB1に留まらなくてはいけない。でもB1だと試合に出られない」という状況を改善できるのは現場でなく環境をマネジメントする側だと思うので、選手が成長できるような場を作り、現場のコーチ、トレーナーたちがその選手のパフォーマンスを最大化させることだけに集中できるようにする。そういった仕組み作りを今の立場からできればと思っています。
──この職業の注目してほしい点はどこでしょうか?
僕はGMやフロントは究極『黒子』で良いと思っています。やっぱり脚光を浴びるべきは選手たち、現場に携わっている人であるべきで、前に出たいという気持ちはないですね。ただ『B.革新』によるドラフト、サラリーキャップの導入がされている中で、こういった仕事に取り組んでいる人たちがいることを知ってもらえると非常にうれしいですし、励みになりますね。