文=丸山素行 写真=B.LEAGUE、鈴木栄一

初めての観客を煽るパフォーマンス「身体が勝手に動いた」

栃木ブレックスとシーホース三河のセミファイナル。栃木は第2戦を落とすも、第3戦をライアン・ロシターの劇的ゴールにより勝利し、ファイナル進出を決めた。

実力伯仲の戦いは第2戦、第3戦ともに2点差という激戦。だが栃木が敗れた第2戦は終始三河にリードを許し、第4クォーターを迎えた時点で19点のビハインドを背負っていた。

ベンチで戦況を見つめていた熊谷尚也はその時の状況をこう語る。「第3クォーターが終わって点数も離れていたんですけど、ホームで無様な姿は見せれないと思って、とにかく一つ止めて、一つ点を取って、を繰り返していこうと話していました」

これは熊谷だけではない。試合を投げ出している選手は誰一人としていなかった。そして熊谷の1本のシュートをきっかけに、栃木は衝撃的な逆襲を開始する。

残り8分57秒、熊谷は流れるようなターンでディフェンスをかわし、レイアップシュートを沈めてこの日最初の得点を挙げる。祈るような思いで試合を見守っていた栃木ブースターは大歓声を上げた。この1本が『まだ行ける』という思いをアリーナに呼び起こしたのは明らかだった。

「そこでリズムが作れたかなと感じました」と語る熊谷は、続けざまにジャンプシュートと3ポイントシュートを沈め、自らが作り出した反撃ムードを自ら盛り上げていく。いわゆる『ゾーン』に入っていた熊谷は「シュートのタッチは良かったと感じていたので、連続で得点できた時は『ボールを寄こせ』と思っていました」と、攻めに攻めた時間帯の心境を振り返る。

熊谷の3ポイントシュートで三河がタイムアウトを要求すると、7連続得点を挙げた熊谷は両手を上げて観客を煽った。そのことは「あんまり覚えていないんですよね」と苦笑する。「とりあえず、すごい歓声が聞こえたことだけは覚えていて。煽ったのも初めてで、身体が勝手に動いたというか、とにかくあの時は気持ち良かったですね」とその時の様子を振り返った。

勢いに乗った栃木は17-0のランで三河を猛追。そして残り3分18秒、トミー・ブレントンのフリースローで追い付いた。その後は一進一退の攻防が続き、最終的に2点差で敗れるも、この猛追があったからこそ第3戦の逆転勝利があったと言っても過言ではない。スタミナに課題を抱える主力が多く、選手層が厚いとは言えない三河にとって、第2戦の最後まで主力選手を引っ張り続ける展開になってしまったことが、最後の勝負どころに大きな影響を及ぼした。脇腹を叩き続けたボディーブローのような熊谷の攻めが、最後に三河の気力と体力を失わせたのだ。

代々木第一でのファイナル「ファンの皆さんと一緒に戦う」

試合後の会見で栃木の強みを聞かれたトーマス・ウィスマンヘッドコーチは、熊谷の成長を挙げた。だが当の本人は「一昨年と去年と、僕と須田(侑太郎)がチームに入ったんですけど、力になれずにシーズンが終わってしまったというのが続きました。実際に結果も残していて、本当に今シーズン成長したのは須田だと思います」と自分よりも須田の成長を強調。それでも「この大事なゲームで少しでも仕事ができて、三河に勝つことができたので少しは成長できているんじゃないかなとは感じました」と控えめに受け止める。

ファイナルの相手はリーグ最高勝率の川崎ブレイブサンダース。川崎も北卓也ヘッドコーチが「主力以外の選手の成長」を強みに挙げるチームだ。「ファイナルでのゲームもいくつも経験していて、すごく経験のあるチームだと思います」と、熊谷はNBL王者の経験を警戒する。

「この勢いをしっかりとファイナルまで持っていって、チームとファンの皆さんの力でしっかりと勝ちに行きたい」と必勝を誓った。

今日の劇的な勝利は選手だけでなく、栃木ブースターの後押しが大きい。そして熊谷はファンとの共闘を強調する。「黄色のTシャツで今まで一番の声援を送ってくださった方たちと一緒に、ファイナルでまたもう1試合戦えるので、しっかりとファンの皆さんと一緒に戦って優勝を決めたいと思います」

熊谷は「今日の第4クォーターでできた得点のところで、しっかりとチームの力になっていきたい」という言葉を残した。セカンドユニットの高いパフォーマンスでリーグを席巻した栃木と川崎。ベンチから登場した熊谷が躍動し、ファンを鼓舞するパフォーマンスを見せた時、Bリーグ初代チャンピオンの座は栃木のモノになる。