コートをぐるりと取り囲む、14台のカメラ

10月4日、長崎ヴェルカは新たな本拠地となるハピネスアリーナでりそなグループB.LEAGUE 2024-25シーズンの開幕戦を迎えた。相手はサンロッカーズ渋谷、長崎のホームゲームでの最多記録を更新する5435人の観客は、『夢のアリーナ』での素晴らしい試合に大いに盛り上がった。

76-68で長崎が勝利したこの試合は、5435人の観客に加えて14台のカメラに見つめられていた。Hawk-Eye Innovations(ホークアイ)が提供するトラッキングシステムにより、これらのカメラの映像から、選手の身体やボールの位置がデータ化される。野球ではホームランの打球の軌道を追って飛距離を出したり、サッカーではオフサイドやボールがラインを超えたかどうかを審判が判定する際に活用されている。

長崎vsSR渋谷では、その最新技術がテスト的に導入されていた。アリーナ最上階の通路の天井に、あるいはフロア屋上のキャットウォークに設置された14台のカメラがぐるりとコートを取り囲み、死角なくコート上の選手とボールの動きをとらえる。その映像はコンピューター上で集約され、統合されたデータとなる。

選手の動きは14台のカメラで常にとらえられて立体的なデータになるだけでなく、背番号が判別できる角度の映像から、誰がどの選手かも正確に判別される。選手の頭や手、足といった29の関節点の位置がリアルタイムにデータ化されることで、位置もスピードも運動量も計測できる。

今回、そのデータは『バスケットLIVE』でのクイズ企画に使われた。10問あるクイズの中には、「ジャンプボールにおいて、どちらのチームのジャンパーがより高く飛んだでしょうか?」という問いがある。実際の試合で長崎のエージェー・エドゥがSR渋谷のジョシュ・ホーキンソンに競り勝っているが、その両者の位置を複数のカメラ映像から割り出して高さを算出している(クイズの正解は「長崎」)。

他にも「1クォーターの中で最も瞬間的なスピードが速かったのはどの選手でしょうか?」という問題があり、ホークアイのトラッキングシステムによるデータと分析がなければ算出できないもの。この正解はSR渋谷のトロイ・マーフィージュニアだった。この設備の導入が進み、安定してデータが取れるようになれば、これらのデータの活用法は無限大に広がっていく。

『夢のアリーナ』の先に映像のリッチ化がある

今回の取り組みはBリーグのトップスポンサーであるソフトバンク株式会社(以下、「ソフトバンク」)が、そのパートナーであるソニー株式会社傘下のホークアイの技術を活用して行ったもの。その目的は大きく2つで、競技レベルの向上と視聴体験の向上となる。

すべての試合で詳細なデータが取れ、各チームが強化に活用できるとなれば、競技レベルの向上に向けた新たな可能性が広がる。各チームの戦術に生かす、選手個々のスキルを高めるためにも使えるし、コンディション管理やケガの防止にも役立つ。また視聴体験としては、『バスケットLIVE』での試合配信に、今までにないデータを加えることでエンタテインメントとしての質を高められる。ITとのコラボが進んでいく中で、現時点では思いもしなかった活用法が生み出されるだろう。

ホークアイの技術などを活用することはメリットも多くあるが、Bリーグではまだ導入が進んでいない。この長崎vsSR渋谷の会場を訪れた島田慎二チェアマンは「これまでも情報通信技術(ICT)を活用してバーチャル広告など様々なトライをしてきましたが、インフラの問題を解決しないとなかなか前に進めませんでした」と話す。

今回はテスト的に『ホークアイ』のシステムを設置したが、各クラブがアリーナを管理するようになれば常設の設備投資も進むだろう。「普通の体育館にこれだけのカメラを設置するのは難しいですが、こういう『夢のアリーナ』ができれば設備投資を真剣に考えられます。『夢のアリーナ』の先にこういった映像のリッチ化があるのは分かっていましたが、ようやくその時期になりました」と島田チェアマンは言う。

「バスケは会場で見るのが一番ですが、『これで見るのも良いね』と思ってもらえるような、アリーナとは別の観戦体験を提供する。ハピネスアリーナも6000人規模のアリーナが満員でチケットが取れない状況になっています。Bリーグが成長すればするほど、配信で楽しんでもらう領域が広がります。面白い映像やバスケの奥深さを伝えるデータでファンのニーズに応える。そこで新しいファンを作ってアリーナに呼び込むこともできます」

「エンタメだけ追求しても好循環に繋がりません」

Bリーグを2016年の開幕時からトップパートナーとして支えるソフトバンクで、長らくBリーグ関連の業務に携わる関戸淳文さんは、今回のソニーと共同で実施した『ホークアイ』の取り組みも担当した。「我々はBリーグさん、日本バスケットボール協会さんを含めてバスケ界をサポートする立場なので、ICTを使ってスポーツのDX化推進に協力したい。DXを活用することで競技力をもっともっと高められると思っています。プロだけじゃなくアマチュアにまで広げてボトムアップに繋げる、そこをまずはBリーグからと考えています」

今はまだ先に挙げた設備投資に加え、『精度の高いデータを安定して取れるか』が問われる段階で、取り組みを進める中で解決すべき課題ととらえている。『バスケットLIVE』も提供しているソフトバンクだけに、視聴体験のリッチ化に目が向いているかと思いがちだが、関戸さんは「エンタメだけ追求しても好循環に繋がりません。レベルが上がってないよね、世界とは戦えないよね、と思われれば人気は衰退してしまいます。さらに日本バスケの競技レベルの向上を期待したい」と言う。

「我々はトップパートナーとしてそこにも責任を担っていると思っています。何となくエンタメで盛り上げるというより、我々のテクノロジーで競技レベルの向上にも寄与する。それがバスケ界の発展に繋がっていくと思うし、それで見て楽しめる、喜べるお客様が増えてくる。そうやってビジネスを回せていけたらいいですね」

Bリーグが開幕して9年目、バスケ人気は大きなブレイクを果たしたように感じるが、関戸さんはソフトバンクの貢献について「まだまだじゃないですか?」と笑う。「Bリーグ1年目から全試合をライブ配信して、スマホがあればいつでもどこでも試合を楽しめる環境は作りました。そこに一定の貢献はしているとは思いますけど、僕らの目指すべきところはもう少し先のところにあります」

『夢のアリーナ』が日本各地で続々とオープンする中、バスケ界は新たな成長のフェイズを迎えようとしている。こういった取り組みはいずれ実を結び、プレーヤーにもファンにも大きなメリットをもたらすはずだ。

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