ブランドン・イングラム

新ルール導入で『サラリーの柔軟性』が重視される

サラリーキャップの新たなルールが施行されたことで、今オフのフリーエージェント市場はひどく冷え込むこととなった。これまではラグジュアリータックスを支払ってでも強力な選手を揃えて優勝を狙うチームが存在していた。NBAのビジネスは総じて好調で、高額のラグジュアリータックスを支払っても収支が成り立っていたのだが、30チームすべてに勝つチャンスがある戦力均衡をモットーとするリーグは、このマネーゲームに待ったをかけた。罰金だけでなく、実質的にチームを強化できないペナルティが導入された。

これが長期的にNBAの市場をどう変えるかは分からないが、最初の影響として見られるのがフリーエージェント市場の冷え込みだ。ポール・ジョージはセブンティシクサーズと4年2億1200万ドル(約320億円)の契約を結んだが、クレイ・トンプソンは3年5000万ドル(約75億円)、デマー・デローザンは3年7400万ドル(約110億円)と小さな契約しか結んでいない。今まではベテランであっても実績重視で、大きな契約が当たり前のように与えられてきた。それが今オフは変わりつつある。

中堅も『緊縮財政』の直撃を受けている。ペリカンズではブランドン・イングラムがほぼ構想外となっているが、その行き先が決まらない。彼はフリーエージェントではなく、5年1億5800万ドル(約240億円)の契約最終年を残しており、次は4年2億800万ドル(約320億円)マックス契約かそれに近いものを希望していると言われている。新たなサラリーキャップのルール下ではリスクが高すぎてどこも手を出せない。

ペリカンズはすでにザイオン・ウイリアムソンに5年2億ドル(約300億円)の大型契約を結んでおり、来シーズンはその2年目。イングラムにザイオンと同程度の契約を与えれば、今後のチーム編成に大きな制限がかかり、ルーキー契約が終わって新契約を結ぼうとしているトレイ・マーフィー三世や4年5400万ドル(約80億円)と手頃な契約で主力の働きをこなすハーブ・ジョーンズを手放すことにもなりかねない。しかも、ペリカンズは先発センターをこれから獲得しなければならない。

本来であればデジャンテ・マレーのトレードでイングラムを手放したかったはずだが、そうならなかったのはホークスがイングラムを望まなかったからだろう。かくしてイングラムの放出が決まらないうちにデジャンテ・マレーの獲得が決まってしまった。

イングラムはザイオンだけでなく他のチームメートの能力を引き出し、自らも勝負を決める力を持つオールラウンダーで、昨シーズンはザイオンが欠場したプレーイン第2戦では試合を支配し、チームをプレーオフへと導いている。好不調の波はあるが、これから全盛期を迎える26歳。キャリアで最大の契約が結べるこのタイミングで彼にとって不利な契約ルールの変更があったのはイングラムにとって不運だ。

今はどのチームも市場がどう変化するか『様子見』を決め込んでおり、数か月後、あるいは彼が完全フリーエージェントとなる来年オフには状況が変わっている可能性はある。だが少なくとも今は、彼は居心地の悪い夏を過ごさなければならない。

チーム編成のセオリーが変わろうとする今、柔軟性を持たないことはリスクでしかない。サンズはスター化を推し進めた途端に、ブラッドリー・ビールの大型契約を抱えて行き詰まってしまった。若手を育てたチームであっても、今ナゲッツが苦しんでいるように、ティンバーウルブズも主力選手たちの活躍に報いる年俸アップで動きが取れなくなりつつある。セルティックスもニックスも遠からずそうなるだろう。その前に市場の風向きは変わるのか。新しいセオリーをいち早く導入したチームにより、NBAの勢力図は塗り替えられるかもしれない。