無名から這い上がった細谷将司(横浜ビー・コルセアーズ)が、プロを目指す若者に贈る言葉「失敗を恐れずチャレンジを」

2017/02/14
Bリーグ&国内
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文=丸山素行 写真=B.LEAGUE 協力=nike

世界に通用する選手を輩出するため、高校生年代から挑戦する意欲に溢れる選手を発掘することと、B.LEAGUE(以下:Bリーグ)のクラブが特別指定選手制度を活用し若い選手の強化育成ができる機会を創出することを目的とした『B.DREAMプロジェクト』。

トップレベルのコーチによるクリニック、プロクラブのヘッドコーチやGMが視察する中でのスクリメージ(実戦形式の練習)といったメニューが組まれた2日間のプログラムの冒頭には、細谷将司(横浜ビー・コルセアーズ)がプロを目指す若者たちを前に講演を行っている。その一部を紹介したい。

全くの無名選手が『奇跡の連続』でプロの世界へ

1989年生まれの細谷は、1993年にスタートしたJリーグブームの直撃世代であり、もともとはサッカー少年だった。中学校にサッカー部がなかったことをきっかけにバスケットボールを始めたが、部活プレーヤーとしてのキャリアに華々しい実績はない。

「中学校の成績は地区予選2回戦敗退で、地区選抜にも選ばれることはなかったです。関東学院大学では3年生までAチームとBチームの間、どちらにも使われる選手でした」と細谷は言う。

関東学院大学では4年生になって試合に出るようになったものの、NBL、bjのクラブからは声がかからず、実業団チームを持つ葵企業に入社した。バスケを続けているとは言っても一度は社会人になった細谷だが、彼自身が「僕の人生は奇跡の連続で運もあると思います」と言うように、上司の一言によってプロへの道が開かれた。

ある日、仕事中に上司から呼び出された細谷は「プロになりたかったんじゃないのか」と問われる。上司は細谷が胸に秘める情熱を見抜いていた。「トライアウトを受けて、受かったらプロになれ。落ちたら葵企業で一生働くことを約束しろ」という言葉に背中を押された細谷はトライアウトに参加し、『TGI D-RISE』というリンク栃木ブレックスの下部組織に入団した。

「上司の言葉がなかったら今こうやってプロでやってることもなかった」と細谷は振り返る。

苦労を乗り越え、「田臥と戦う」という夢を実現

華やかに映るプロの世界だが、現実は甘くない。「D-RISEに入ってから厳しい条件で1年間を過ごしました。食べていくのがやっとの生活、本当に厳しい環境でした。練習の前後にアルバイトをして、なんとか1年を過ごしました」

そのような厳しい環境の中でも頑張り続けることができた理由は、『夢への思い』と『人との関わり』だ。

細谷は言う。「田臥勇太選手と同じコートに立つとか、日本代表になるとか……。そういった夢を捨てられず、その夢を叶えるためだったら何でもするという気持ちでその時期を過ごしていました。厳しい時に支えてくれた人たちが僕の周りにはたくさんいて、チームメートやコーチにも恵まれて、乗り越えることができました」

D-RISEに入ってあこがれだった田臥と出会い、その後に兵庫ストークスに移籍した細谷はオールジャパンで栃木と対戦する。試合には負けたものの中学校の時から思い続けていた、「田臥と戦う」という夢を叶えた。細谷にとっては「一生忘れられない瞬間」である。

「まだ皆さん若いですし、失敗をしても必ずやり直せます」

全国大会に出場したこともない無名選手だった細谷が日本代表候補に選ばれるようになれたのは、バスケットボールに対する強い意志があったからだ。「こんなに経歴がない選手でもここまでやれますし、チームの勝利に貢献することができます。失敗を恐れないでください。まだ皆さん若いですし、失敗をしても必ずやり直せます。だから失敗を恐れずにどんどんチャレンジをしていってほしいと思います」

もう一つ、細谷が自らの実体験から語ったのは「感謝することの大切さ」だ。「自分だけの力でプロになれるわけではありません。これは絶対になれません。家族だったり友人だったりコーチだったり恩師だったり、支えてくれる皆さんがいるからこそバスケットに集中できていますし、僕自身もプロでやり続けられています。厳しい時も必ず支えてくれる人が現れます。その人への感謝の気持ちをや恩返しをする気持ちを忘れずに、バスケに取り組んでほしい」

プロを目指す若者たちに対し、「次回、Bリーグのコートで会えることを楽しみにしています」という言葉で講演を締めくくった。彼自身が田臥との対戦を夢見て努力を続けたように、今度は彼自身が次世代の選手たちの目標となる。

現在細谷が所属する横浜は14勝22敗で中地区5位と苦戦が続いている。それでもこれまで幾度となく逆境を乗り越えてきた細谷は、この苦境も成長の糧とするに違いない。無名からプロ契約を勝ち取ったパイオニアは、もう一つの夢である「日本代表」を目指しハードワークを続ける。