ユドニス・ハズレム

「レブロンは無理でもハズレムにはなれる」

現地1月19日、ヒートはデジャンテ・マレーのゲームウィナーを浴びてホークスに敗れた。ただ、マイアミのファンにとってこの日のお目当ては、勝利よりもユドニス・ハズレムだった。昨シーズン限りで現役引退を決めた彼は、20年のNBAキャリアをヒート一筋で過ごした。一つのチームで20年以上のキャリアを過ごした選手は過去にコービー・ブライアント(レイカーズ)、ダーク・ノビツキー(マーベリックス)がいるものの、地元出身選手でそれを成し遂げたのはハズレムだけだ。

コービーとノビツキーが世界的なスター選手だったのに対し、ハズレムはローカルヒーローだった。2003年に入団して、2006年、2012年、2013年の優勝に貢献したが、キャリア平均7.5得点、6.6リバウンドとスタッツは平凡で、オールスターに選出された経験はない。全盛期でもチームのエースではなく、身体を張ってリバウンドを取るのがその役割。他のレジェンドのような天賦の才があったわけではない。ドラフト外でヒートに入団し、スター選手と一緒にプレーする中で自分が何でチームに貢献できるかを考え、それをやり続けてきた。派手なリゾート地であるマイアミに本拠地を置きながら、汗をかいて努力し、勝利にこだわる『ヒートカルチャー』を体現するのが彼だった。

彼の後を受け継ぐバム・アデバヨは言う。「彼はチームを繋ぐ『接着剤』だった。みんなスタッツで選手を評価するけど、チームにとって『接着剤』は最も重要なものだ」

ホークス戦のハーフタイムに行われた引退セレモニーに、ハズレムはサングラスをかけて臨んだ。「みんな僕が泣くのに賭けているよね?」と彼はファンに呼びかける。「我慢しているが泣きそうだ。感情がこみあげてくる。光栄だよ」

彼はこれまでのキャリアで多くの人への感謝を語った。最初に名前が出てきたのは彼の兄だ。「みんな知らないと思うけど、僕を最初にバスケのコートに連れていってくれたのが兄貴なんだ。僕がボールを投げたら『ナイスパス』と言ってくれた。その瞬間に沸き上がった興奮は今でも覚えている。あの感覚を味わいたくてバスケにのめりこみ、バスケ選手になると決めたんだ」

セレモニーにはドウェイン・ウェイド、ティム・ハーダウェイ、アロンゾ・モーニングとすでに永久欠番になった各時代のエースが集まった。「僕の横に並んでいるユニフォームの名前を見てほしい」とハズレムは言う。「誰でもここに入れるわけじゃない。僕は殿堂入りしないだろうけど、ファンの心の中で彼らと同じように愛され、評価されている。その一員になることは僕にとって本当に大きなことなんだ」

試合後の会見では、セレモニーとは違ってリラックスした表情も見られた。「スピーチの原稿を用意していたんだけど、あの場に立ったら全部忘れてしまった。兄貴から始まって、誰か言い忘れてなければいいけど、『感動のあまり』ということで許してほしい。長年に渡る付き合いの中で、僕は周囲の人に恵まれてきた。特にありがたいのは、僕が間違っている時に指摘してくれる人がいつもそばにいてくれることだ」

自分のユニフォームが掲げられた瞬間の気持ちを「泣いたらスピーチできないから我慢しろと自分に言い聞かせていた。それが一番」と笑顔で語り、こう続けた。「次に思ったのは、他の人の2倍努力してここまで来たことだね。この街では、多くの人たちが成功を見たがらない。どうせダメだとあきらめている。だから、そこから抜け出して立派に活躍できることを示したかった」

「みんな僕に親しみを持てると思う。レブロン・ジェームズになるのは無理でも、頑張ればユドニス・ハズレムになれるかもしれない、とね。レブロンは主役なんだ。僕はロールプレーヤーになるしかなかった。成功するまで努力を惜しまず、成功しても努力し続ける。僕はマイアミの子供たち、そして自分の子供たちの良いお手本になりたかった。その夢を叶えられたと思う。僕を支えてくれたすべての人に感謝したい」