増えていくプレータイム「プレーするべき選手」
彼が入ると不思議とチームのリズムが良くなる。流れが変わる。正中岳城はそういう選手だ。
正中はアルバルク東京に3人いるキャプテンのうちの一人で、開幕戦後に見事なスピーチをした彼の姿を覚えている方もいるだろう。ただプレイヤーとしては必ずしも目立つ存在でない。チームのガード陣は田中大貴、松井啓十郎の日本代表コンビに、元NBAのディアンテ・ギャレットとスター揃い。元日本代表で実績十分の彼とは言え、出番を得ることがかなり難しいチーム状況だ。
しかし、そんな陣容にあって正中はプレータイムをどんどん増やしている。開幕からの5試合は平均3分強だった平均出場時間が、直近の5試合は15分を超えた。32歳の正中が今さらスキルを上げた、フィジカルを強化したということではない。
伊藤拓摩ヘッドコーチは「プレータイムを勝ち得た」という表現で、彼の台頭を説明する。「チームのためにディフェンスをかけて、チームのためにルーズボールが取れる。チームのためにリバウンドも競れる。オフェンスも自分の役割が分かってきた。プレーするべき選手だと思います」
「チームのために」という言葉に値するハードワークが彼の本領だ。さらに流れを読んでクレバーにプレーできるところも強み。正中は自身の価値をこう説明する。『あの選手と出たらやりやすいな』『違うプレーを引き出してくれるな』ということを、ディアンテ選手だったり田中選手が思ってくれるようなプレーをしたい。自分もポイントガードをやっていた人間なので、いいプレー環境を整えるようなところは持ち味としてあると思う」
この試合は、まず第1クォーター残り4分23秒に出番が来た。
「良い選手がいっぱいいるので、そういう選手がプレーしやすい環境を整えること。あと相手のガード、フォワードの選手に対してディフェンスをする役割に集中してプレーしました」
しかし彼は一見するとその役割に反するプレーをしていた。残り3分51秒に3ポイントシュートを決めると、第1クォーター終了までにシュート4本を放ち、5点を挙げている。彼はジレンマを抱えながらプレーしていた。
「チームとして望んでいる形じゃない。でも打たないといけない。打つとすればもちろん決めなきゃいけない」
『なぜ打たないんだ』というストレスを感じさせないように
この試合の仙台89ERSはギャレットと田中を徹底マーク。柳川龍之介が「ギャレットや田中が点を取ると相手にとっていいゲーム運びになってしまう。他の得点に関してはチームルールとしてOKということだった」と説明するように、他のアウトサイドを割り切って捨てる守備戦術を採っていた。
「(仙台は)違う選手に違うプレーをさせることを期待していた。その術中にはまらないようにしなければいけない。オープンのシュートを打つ、決めるというのは当然なんですけれど……。シンプルなことなんですけれど難しい」と正中は言う。
柳川が「もう少し外してくれるのかなと思ったんですけれど」と振り返るように、仙台側は正中が打って外し、チームの歯車も狂っていく流れを期待していた。しかし正中は第2クォーターにも3ポイントシュートを決め、前半だけで8得点を決めた。彼がきっちり決めたことは、間違いなくA東京の勝因の一つだ。
16分7秒のプレータイムで7本のシュートを放ったのは、ある意味で『打たされた』結果。今のA東京にあっては周りの選手を使う、空ける動きで貢献することを期待されているのが正中だ。しかし相手が極端な守備戦術を取ってきた中で、彼も割り切ったプレーを強いられた。内心には葛藤、周りへの気遣いがあった。シュートもまた、正中のチームプレーだった。
「ノーマークだと打たないといけないし、パスをくれるのはチームのメインの選手。そういった選手にマークが寄るので、そこで打たないことには自分の役割を果たせない。メインの選手がスムーズにプレーができるように、『なぜ打たないんだ』というストレスを感じさせないように考えた」
東地区の首位をゆくA東京に対して、同じ策を取ってくるチームが再び出てくるだろう。ただ伊藤ヘッドコーチは仙台戦の収穫を「相手が何人かマークを捨ててきた時にどうするのかというのは選手が分かっていた」と振り返る。相手の罠にはまらず、伏兵が主役になるオフェンスを機能させたことは、A東京にとって大きな成果だった。そして正中も、彼が以前に見せていたような『主役』の技を垣間見せていた。
シーズンの後半戦に向けて、キャプテンとしてどういう役割を果たそうと考えているか? そう正中に問うと、彼はこう答えてくれた。「先頭に立って『さあ行くぞ』ではなく、下支えをしていきたい。問題が顕在化しないように先回りしながら考えて動いていかなければいけないと思っています」
チームに足りないものを小まめに補い、ズレが大きくなる前に埋める――。正中はいわば潤滑油のような働きで、スター軍団をさり気なく下支えしている。