ポジションの概念を吹き飛ばすオールラウンダー
ナゲッツが勝ち進むほどに二コラ・ヨキッチの万能性は際立っていき「真のMVPはヨキッチだ」という論調も強まりました。ただ、それはプレーオフのような緊張感のある戦いでなければ、ヨキッチの真のすごさは伝わらなかったということです。プレーオフでの得点(600)、リバウンド(269)、アシスト(190)すべてが最多となったリーグで初めてのオールラウンダーでありながら、バスケットボールというスポーツで重要なスピードやジャンプ力といった身体能力を持たず、インテリジェンスが最大の武器という他に類を見ない選手であるヨキッチは『至高の存在』でした。
プレーオフを通して227本のフィールドゴールを決めたヨキッチですが、そのうち133本にアシストが付きました。これはエース格の選手としては極めて珍しく、平均得点トップ10で半分以上の得点にアシストが記録されたのは、ヨキッチの他にはケビン・デュラントだけです。また1試合平均4.3キロ走りましたが、センターでこれだけの距離を走ったのはドマンタス・サボニスのみでした。
パサーのイメージが強いヨキッチですが、それだけでなく運動量も多く、チームメートからのパスを引き出す動きが秀逸でした。絶対的な主役でありながら脇役のような働きも惜しまなかったのです。
スクリーナーになって得点を生み出した平均回数5.8はサボニスに次ぐ2位と、起点役以外も受け持ちつつ、ディフェンスでもルーズボール獲得数1.3は7位、パスに触って阻害した回数3.0は11位で、どちらもセンターとしてはトップの数字でした。こうしたハードワークの面でも、センターはもちろんガードやウイングが上位に来るスタッツでも優秀な数字を残しており、ポジションの概念を吹き飛ばすオールラウンダーであることを示しています。
身体が大きくコンタクトプレーには強くても、アジリティのないヨキッチがルーズボールやディフレクションに強いのは、相手の動きを注意深く観察して『次に何が起こるか』を予測する能力が優れているからです。そしてヨキッチは瞬間的な判断だけでなく、試合を通して相手の狙いを観察し、アジャストする能力に秀でていました。
ファイナルの5試合において、ナゲッツが第1クォーターをリードして終えたのは1試合のみでしたが、前半終了時点では4試合でリードを奪っており、第3クォーターは5試合すべてで上回りました。ヒートは試合ごとに戦略を変更して先制パンチを食らわせましたが、ナゲッツは受け身に回りながらも全試合で見事なアジャストに成功しています。活躍する選手が日替わりだったのも、ヒートの変化に適切に対応した結果でした。
NBAにオールラウンダーは多くいますが、ヨキッチほど『相手の戦い方に応じたプレー』を適切に選べる選手はいません。多彩なスキル、正確なシュート、魔法のようなパスとヨキッチには多くの武器がある中で、『インテリジェンス』こそが最大の武器と言いたくなる理由がここにあります。ヨキッチのプレー一つひとつを切り取れば他の選手でも真似できそうですが、シチュエーションに応じた適切なプレーチョイスですべてのプレーの成功率を上げ、試合トータルでみれば誰にも真似できない多彩なプレーでチームを勝利に導くため『至高の存在』と言いたくなるのです。
NBAの歴史においてヨキッチよりも『止められない』武器を持ったスーパースターはいくらでもいたはずです。しかし、ヨキッチほど『止めさせない』選手はいなかったかもしれません。起点役としてだけでなく、パスの受け手としても働き、運動量も多くハードワークも欠かさず、それでいて相手を観察する能力で適切なプレーをチョイスしていく。ヨキッチを止める方法に答えはなさそうに見えたプレーオフでした。