ジョー・イングルズ

サンズ戦の終盤、ホリデーからボールを託される「本当にいいのか?」

オーストラリア出身のジョー・イングルズは、ヨーロッパでのプレーを経て2014年にジャズと契約を結び、8シーズンを過ごした。だが昨年2月に左膝前十字靭帯を断裂。時を同じくしてジャズは再建に突入して、貴重なベテランだったイングルズを手放した。

NBAに来て初めてのフリーエージェント、34歳で膝の大ケガを負っている──。状況は非常に悪かったが、バックスと契約を結んで再起を目指した。「移籍するのもフリーエージェントになるのも初めてで、先のことは何も考えられなかった」と、バックス加入当初のイングルズは語っている。

「僕の息子は自閉症で、息子の通える学校のあるところに住むのが最優先だった。だからブレイザーズにトレードされた時も、許可をもらってユタで生活していた。僕の年齢やキャリアからすれば競争力のあるチームに行きたい気持ちはあったけど、まずはリハビリだし、それ以上に家族のことを最優先で考えていた」

そのイングルズの気持ちを動かしたのがバックスだった。優勝を争うチームの貴重なユーティリティプレーヤーとして、そして家族の問題もすべてクリアにした上で、リハビリ中のイングルズに650万ドル(約8億円)の1年契約を提示した。年俸はそれまでの半分、しかも短期契約だったが、イングルズに異論はなかった。

「ここに来ることができて本当にうれしいし、感謝している。トレーニングキャンプに参加できないマイナスはあるけど、プレーできるようになるまでの間も、できる限りコーチや選手と時間を共有して、戦力として行動するつもりだ。映像を見ながら状況に応じて自分ならどうプレーするかを確認する作業をリハビリと並行してやっていく」

開幕から2カ月後の昨年末にイングルズはコート復帰を果たし、それから35試合に出場。最初は様子を見ながらのプレーだったが、プレーオフを見据える時期になって調子を上げている。今月に入ってからは特に好調が目立ち、7試合で得点は10.6と倍増し、3.7リバウンドに4.1アシストという数字もケガ以前の水準に戻った。3ポイントシュート成功率も、この7試合に限って言えば54.1%とリーグトップクラスだ。

そして現地3月14日のサンズ戦では、イングルズにとって印象的な出来事があった。97-97の同点で迎えた第4クォーター残り7分にイングルズがコートに入ると、ドリュー・ホリデーがボールを託した。イングルズはすぐさまパスをさばき、パット・カナートンの3ポイントシュートをアシスト。その後もホリデーはボールを持とうとしなかった。

「本当にいいのか? 君のチームなんだぞ、と思っていた」と試合後のイングルズは明かす。勝負どころでのバックスのオフェンスは、ホリデーとヤニス・アデトクンボの2人がメインとなるのが当然のセオリーだ。イングルズは外で構えてキックアウトのパスを待つ役回りのはずだが、オフェンスの舵取りを託された。

ホリデーは言う。「ジョーがウチに来ると決まった時から、信頼すると決めていた。ずっと対戦相手だったけど、彼がどんな選手かは分かっていた。僕は全面的に彼を信頼しているんだ」

結果として、イングルズは自分の役割を十分に果たした。約7分のプレーで3アシスト、ターンオーバーなし。3ポイントシュートも1本決めている。何より、投入された時点で同点だった試合を116-104で決着させたのは見事だった。

当惑はしたが、これがイングルズが内心で求めていた自分のあるべきプレーだ。「契約がないところから、自分の身体がどこまで回復するのか、新しいチームでどんな役割を与えられるのか、分からないことばかりだった。僕自身も分からないのに、このチームは僕に賭けてくれた。試合終盤にみんなと一緒にコートに立ち、自分のためのプレーをコールされるのはシビれるよ。このチームの一員になれて、本当に良かった」