辻直人

文=鈴木健一郎 写真=野口岳彦、B.LEAGUE

「篠山さんの前に僕こそスランプでしたから」

川崎ブレイブサンダースは前節、敵地で琉球ゴールデンキングスとの第2戦に競り勝ち、連敗を5で止めた。そして昨日の大阪エヴェッサとの第1戦、相手の猛追を浴びて最大16点のリードを吐き出し、1点差まで詰め寄られながらも何とか勝ち切った。

チーム全体を見ればいまだ本調子ではないが、少しずつでも前進していることが確認できれば、士気も高まる。ニック・ファジーカスは32得点10リバウンド9アシストとトリプル・ダブル級の働きでオフェンスを引っ張ったし、篠山竜青も悪い流れを断ち切る貴重な7得点を挙げて復調をアピール。そして川崎が誇る『ビッグ3』のもう一人、辻直人も悪い時期から脱しつつある。

「バスケット・カウントさんの記事を読んで、篠山さんがスランプと書かれてましたけど、その前に僕こそスランプでしたから(笑)」と辻は言う。「きっかけは開幕戦で足を痛めたことです。右のかかとを痛めて、それを試合中に気にしてしまって全部チグハグになって。恥ずかしながらエアボールも何発もやってしまいました。それが今週、日程も落ち着いて良い感じでこの試合を迎えられました」

11得点4アシストは本来の辻からすれば『控え目』なスタッツかもしれない。だが、これまでと違うのはイキイキと迷いなくプレーしていることだ。「痛みは軽減されてきたし、ボールをもらってシュートを打つまでの一連の流れ、感覚が今までと比べて良くなっています。3ポイントシュートは決まっていませんが、外し方は悪くない。今までの癖が抜けずショートしているだけで、横のズレがなかったのは感覚としては良かったです」

辻直人

大阪でのプレーに笑み「帰るのが名残惜しい」

イキイキとプレーできたもう一つの要因が、地元の大阪でプレーできたことだ。「こういうリーグ戦は初です。パナソニックと試合をした時も、川崎だったり地方だったり、大阪で試合をする機会がなかったので、大阪に帰ってきたうれしさはありますね」と辻。大阪エヴェッサのホーム、おおきにアリーナ舞洲は「中学校の時はよく使っていました」とのこと。

「今週は水曜に試合があるので、試合が終わったらすぐ帰らないといけなくてタイミングが悪いんですけど、それでもお客さんの関西弁が耳に入ると『帰って来たなあ』と感じます。懐かしいというか、すぐ帰らなきゃいけないのが名残惜しいというか(笑)」

大阪でのオフがないことを残念がる辻だが、コートですべてを出し尽くす姿勢に変わりはない。調子が戻ってきたのはシュートだけではない。強気のアタックからのクリエイトで、スタッツに残らない好プレーも多かった。

「連敗をしていた時期と比べると、自分のやるべきことが明確になって、それで良い感じでやれていると思います。今までは足のこともあって自分のプレーができないまま、シュートも全然ダメで、どうしたらいいか分からなかったんですけど、ようやくチームとしての方向性、誰がどういうプレーを得意としているのかが分かってきました」

ファジーカスが調子を崩している状況で、新外国籍選手のシェーン・エドワーズとバーノン・マクリンがチームを引っ張ったが、ここに他の選手が合わせられなかったのがチームとして噛み合わなかった一番の要因だ。確かな手応えを得られた今だからこそ、辻はこう明かす。

「どうしても練習が足りないので、どういう時にパスが欲しいのか、どこでピック&ロールをするのか、どこでパスをくれるのかが分からない、というのはありました。自分がスランプだとは考えないようにしていましたが、どうしたらいいか分からない。そうなると彼らも僕を信頼できず、パスが欲しい時に出てこなかったり、出てきた時には『これを決めないと』と力が入ったり。もともとバランスを崩しているので、それで結果が出なくてすごく苦しかったです」

辻直人

「今シーズンは『辻の年』にしたいんです」

そんな辻を救ってくれたのは、ある意味では家族だった。「苦しかった時に『これを誰かに伝えられるようにしたい』と思うようにして過ごしていました。子供たちは絶対に壁にぶち当たる時が来るので、その時に話してあげようと。苦しい今の一日の過ごし方をしっかり記憶しておこうと思いながらやっていました」

「今も完全に復調したわけではないので、吹っ切れたというのはあまりないんですけど」と言いつつ、辻は自分の両手を頭の上に持っていき、耳まで下げて「この辺です。まだ顔は出てない」と笑った。言葉とは違いメンタル的にはもう吹っ切れているようだ。

「開幕戦で勝った時に言ったんですけど、今シーズンは『辻の年』にしたいんです。今はまだこんな状態ですが、めげずにブレずに言い続けます。そして最後に勝ちたい、結果に繋げたい」

川崎は誰もが認める強豪だが、NBLラストシーズンの優勝を最後にタイトルから遠ざかっている。Bリーグになって競争のレベルは劇的に上がり、どのチームにとっても優勝するのは容易ではない。だからこそ、辻が川崎をBリーグ王者へと導き、『辻の年』と言い切るには普通の好プレーでは足りない。タイトルを取るには、その年のチームを象徴するようなスタープレーヤーの出現が不可欠だ。NBLラストシーズンの『ファイナルMVPの辻』はまさにそのスタープレーヤーだった。チームが勝負どころを迎えるたびに非凡な爆発力で引っ張れるように。辻は一歩ずつ前進する。

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