文=大島和人 写真=鈴木栄一

シーホース三河との激闘、『チーム全員の勝利』を強調

栃木ブレックスとシーホース三河が争ったチャンピオンシップ準決勝の第3戦は、栃木が残り21秒からの逆転で勝利した。栃木にとって勝利の布石になったのが残り9秒からの最終オフェンス。古川孝敏がディフェンスリバウンドをキープし、田臥勇太にパスを送ったところから物語がスタートした。

田臥は高速ドライブで敵陣に切れ込んでいく。彼はこう振り返る。「残り時間とアウトナンバー(数的優位)の状況を見て、どう攻めようかなというところだけでした。橋本(竜馬)選手がファウルをしてくるかしてこないかはギリギリまで分からなかった。来なければ(シュートに)行こうと思っていた」

橋本は田臥をファウルで止めて、直後に栃木はタイムアウトを取った。栃木は「残り5.9秒」の最終オフェンスからライアン・ロシターが決勝点を決め、ファイナル進出を決めた。

田臥はこう振り返る。「まずはライアンがよく決めてくれた。でもそこまで持って行くのに今日はベンチメンバーが第2戦であれだけ点差が離れても最後まで食らい付いてくれた。負けはしましたけれど第3戦につながる試合をしてくれた」

第2戦の第4クォーターで19点差から2点差まで詰めて、チームに勢いを与えたのは熊谷尚也を筆頭としたベンチメンバー。田臥も『チーム全員』の勝利を強調する。

勝利を意識せず『今』に集中できる田臥とチーム

一方で5分ハーフの第3戦を振り返れば、最初の5分は三河が2点リードで終えている。栃木が勢いで飲み込むような楽な展開ではなかった。

場内の熱気は上手く利用すればチームを後押しするエネルギーになるが、選手を暴走させる危険もある。最終盤のシリーズを振り返ると残り21秒、残り9秒、残り5.9秒と展開が激しく動き、ブレックスアリーナは良くも悪くも振り切れた空気に包まれていた。

しかし田臥はいつもの冷静な田臥だった。彼は大詰めの心境をこう説明する。「タフショットを打たせてリバウンドを全員で頑張ったり、自分がファウルをもらったり……。そんな局面局面では冷静に対応していた。勝つかどうかというのは最後のブザーが鳴るまで考えていなかった。それだけワンプレーワンプレーに集中していた」

三河は不必要に攻め急いで自滅し、栃木に攻撃のチャンスをプレゼントしてしまった。しかし田臥と栃木の選手たちは、いつものプレーを崩さなかった。勝利への思いが小さかったはずはないが、勝利を意識せず『今』に集中していた。

ファンの後押しについて問われると、田臥の口調はそれまでの淡々としたものから、少し熱を帯びた語り口に変わった。田臥はこう語る。「本当にこうなってみると、ホームで戦えたことがどれだけ大きかったかということを感じる。プラスアルファの力をファンの方が作り出してくれたと思っています」

田臥は常に冷静な思考を保つリーダーだが、『頭の冷静』さと『心の熱さ』を両立させるところが本当のすごさなのかもしれない。そんな彼のハートのエネルギーが、チャンピオンシップの5試合を満員のフルサポートで支えたファンの力だ。

「チームも自分もまだまだ成長している」

栃木は2009-10シーズンのJBLのプレーオフを制し、田臥もチームの一員として歓喜を味わっている。ただその後はリーグ戦、カップ戦ともに日本一の座を得ていない。

あれから7年の時を経て、彼は36歳のベテランになった。昨年、一昨年はNBLの準決勝で敗退しており、田臥もチームとともに悔しい思いを味わった。ただそれが彼らの努力をスポイルしたということはなく、挫折を糧にしたことが今季の東地区制覇、そしてファイナル進出という結果につながっている。

クラブは地域に根付いて観客を増やし、田臥も多くの経験を得た。彼はこう口にする。「チームも自分もまだまだ成長しているし、さらに成長できる感じを持ってやっている。ファンの方もどんどん熱くなっているし、気持ちを込めてくれているなと、やっていて本当に感じます」

田臥とチーム、そしてファンの勝利を証明する最高の方法が、チャンピオンシップの獲得だ。『ブレックスネーション』がファイナルで対峙するのは川崎ブレイブサンダース。昨季のNBL王者で、栃木が昨季のプレーオフ準決勝で敗れた相手でもある。田臥は試合後のヒーローインタビュで「挑戦者」と口にしていたが、確かに過去の実績を見れば川崎は栃木を上回っている。

ただ川崎がどんなに強敵でも、田臥が冷静にプレーし、ファンが彼のハートを後押しするという『最強の関係』を脅かすことはないだろう。