「長い時間を費やした努力が見落とされる、その気持ちが僕にはよく分かる」
ステフィン・カリーは東京オリンピックに向けたアメリカ代表からの招集を辞退した。理由は「自分のビジネスに集中するため」と報じられている。もっとも、彼の言う『ビジネス』は金儲けではない。収入はNBAのコートで十分に得られている。彼は今のNBAで一番の高給取りで、今シーズンの年俸は4300万ドル(約47億円)。今オフにはウォリアーズと4年2億1500万ドル(約233億円)超えでの契約延長に合意すると見られている。
シーズンオフの彼は多忙だ。『カリーブランド』とともに取り組むチャリティの活動や、子供たちのスポーツ振興の支援、社会正義実現の取り組みなどやるべきことは多く、いくらでも時間を費やすことができる。そして他の何よりもカリーが力を入れているのが『Underrated Tour』だ。
『Underrated』は過小評価を意味する言葉。NBA最高のスター選手である彼もまた、かつては『Underrated』だった。シャーロット・クリスチャン高校から中堅校のデイビッドソン大に進んだが、NCAA1部の強豪からは声が掛からなかった。大きな理由は身体的な面だ。大学に進学する際に身長が183cmしかなく、しかも細身だった。カリー自身は「身体が小さかったからこそ、ボールハンドリングにシュート力、バスケIQを磨くことができた」と語るが、その才能はなかなか注目されなかった。
かつての自分と同じような境遇にある選手に、チャンスを与えたい。その思いがカリーを動かしている。『Underrated Tour』は2019年にスタートしたが、去年は新型コロナウイルスの感染拡大により規模を縮小せざるを得なかった。それだけに、今年に懸けるカリーの意気込みは強い。
2021年の『Underrated Tour』は、7月末から8月下旬にかけて、ワシントンDC、ダラス、シカゴ、ロサンゼルスの4カ所で開催される。それぞれ2日間の開催で、男子75名、女子75名の選手が招待され、ワークアウトとテストマッチを行い、2日目には各30名に絞られる。そこから男女とも8名が、来年4月にオークランドで行われるチャンピオンシップに招待される。
カリーは今年の『Underrated Tour』の開催について、こうコメントしている。「高校生プレーヤーは人々の目に触れる機会を1年丸ごと奪われてしまった。だからこそ、この大会はいつも以上に必要とされていると思うんだ。長い時間を費やした努力が見落とされる、その気持ちが僕にはよく分かる。このようなプレーヤーに自分の実力を披露する機会を提供したい。彼らの頑張りに相応しい注目がされるべきだ」
「まだ始めたばかりの取り組みだけど、『Underrated Tour』を通じて奨学金を得るに至った選手は10人を超える。このツアーがなかったら、彼らの才能は見過ごされていたかもしれない。バスケットボールをプレーできることへの感謝の気持ち、扉が開いてチャンスが生まれるのは素晴らしいことだ」
この取り組みを始めた2019年、カリーは『The Players’ Tribune』に自分自身が『Underrated』だった頃の体験を語っている。
ずっとバスケットボールをしていたが、どんなに食べても、どんなに筋トレをしても身体は大きくならなかった。スカウティングレポートには、『何ができるか』ではなく『何ができないか』ばかりが書かれていた。サイズがない、守れない、完成度が低い、使える場面は非常に限定的……。カリーは自分のプレーですべてを乗り越えられると感じていたが、それを示す機会がなかった。
カリーは『Underrated Tour』を立ち上げた意義と、他のキャンプとの違いをこう語っている。「世界中にはたくさんのバスケットボールのキャンプがある。多くのNBAプレーヤーがそれを支援していて、それは素晴らしいことだけど、僕には一つ気になることがある。よく見ると、すごく排他的に感じられるんだ。スカウトなら誰もが知っているような有力な若手が、街から街へと移動しながらいろんなキャンプに参加している。僕は他の子供たちのことに意識が向く。何らかの欠点があるとされた選手たちだ」
「そのような子たちがみんなキャンプに参加すべきだと言いたいわけじゃない。でも、もしその子がキャンプに招待されないような仕組みだとしたら、それは問題だと思う。バスケットボールを愛し、自分の実力を外に出て行って試したいと願っている子がいるなら、その機会は与えられるべきだ。彼らが自分で限界を試す前に、その機会が制限されているのは間違っていると思うからね」
2021年時点でのカリーは、誰がどんな視点で見ても『世界最高の選手』の一人だ。3度のNBA優勝、2度のMVP、7回のオールスター出場、33歳になった今シーズンも、自身2度目のNBA得点王に輝いている。前述の通り、年俸の面でも世界最高の評価を得ている。だが彼は、自分が『Underrated』だった頃のことを忘れていない。
「デイビッドソン大での経験は素晴らしいものだった。アスリートというより学生だった。バレーボール部と体育館をシェアしていて、年に支給されるシューズは2足でシャツは2、3枚。1組あった足首のサポーターは最初は白だったけど、最後には全く別の色になった。でも、それは愛おしい記憶なんだ。デイビッドソン大は強いチームじゃなかったけど、そこでプレーして勝ったことが、ある意味では僕を今の僕にしてくれた。誰も奪うことができない、自分だけのものを作り上げたんだ」