伊佐勉

昨シーズン、リーグで最も大きな躍進を遂げたチームはサンロッカーズ渋谷だ。Bリーグ開幕からリーグ中位に留まっていたが、昨シーズンは開幕から白星を重ねると、年明けには5年ぶりの天皇杯優勝を達成する。この王座奪還を導いた伊佐勉ヘッドコーチは、これまでのビッグマンを中心とした戦いから一転、頻繁な選手交代で40分を通して前から激しく当たるディフェンスを基盤とした『走るスタイル』へと切り替え、これが見事に成功したことでSR渋谷は復活した。相手のマークも厳しくなる中、さらなるステップアップのためにどんなチームを作っていくのか、伊佐に話を聞いた。

「 キツい練習をやりきることで強度の高いディフェンスができる 」

──チーム練習が始動してから、これまでは主にどんなことに取り組んでいますか。

今は身体作りをしています。去年も同じように脚力を鍛えたことで、実際の試合でしっかり動くことができました。そこは選手たちも分かっていると思います。つまらなくてキツい練習ですが、これをやりきることで強度の高いディフェンスができるという成功体験がある。選手たちは日々、真剣に取り組んでくれています。

コロナの影響で、練習時間などいろいろな制限はあります。当然、少しでも熱があったりしたら練習には来させないなど慎重にならざるを得ない。いつもより練習は早く終わるようにしています。選手個人も練習のため体育館に行く時、食品など日用品の買い物に行く時しか外出していないです。

──オフシーズンの動きですが、昨シーズンの主力メンバーはほぼ残りました。この点について率直な感想を教えてください。

あと3、4人は移籍すると思っていました。理由はいろいろあって、まずプロの世界では同じメンバーで2年続けてやれることがそもそも難しい。そしてウチはタイムシェアをしているので、選手の立場からしたらもっと試合に出たいと思うのは間違いありません。それで出場機会を求めたり、他のチームからより良い条件のオファーをもらって出ていく形もあると予想していました。それが結果的には新しく入るのは1人だけで、他は昨シーズンから在籍する選手たちでロースターを組めたのは良かったです。

──唯一の新加入選手は、NBAのウォリアーズでファイナル制覇も経験しているジェームズ・マイケル・マカドゥ選手です。彼にはどんな働きを求めていますか。

まず、ウチのスタイルに相当フィットする選手だと思っています。あのサイズ(206cm)で縦に走れて、横にも動けます。僕らのチームバスケットの質をより高めてくれると期待しています。また彼はチームプレイヤーなので、チームにもすぐに慣れてくれる。ディフェンスの部分では、リング下をしっかりと守ってくれると思います。

伊佐勉

「日本人のディフェンスに求められるハードルが上がる」

──外国籍選手のレギュレーションが変わり、今シーズンはベンチに3人登録できます。この変化がもたらす影響について、また昨シーズンのSR渋谷は3人の外国籍選手をローテーションで起用していたので、そこを考える必要がなくなったことへの感想を聞かせてください。

外国籍3名(ライアン・ケリー、チャールズ・ジョンソン、マカドゥ)に、野口大介もいますので、ビッグマンのポジションでもプレータイムをよりシェアできるようになる。1試合30分以下に抑えることで、ビッグマンにもより激しさを求めていきます。また、昨シーズンは外国籍選手がファウルトラブルになると、ゾーンディフェンスでしのぐ戦術を取らざるを得ない時がありました。それが今シーズンはファウルトラブル対策でのゾーンを行う必要がなくなるかなとは思います。

昨シーズン、試合毎に外国籍3名からどの2名を登録するのかは、僕にとって大きな仕事でした。メンタル的にそれがなくなったことで楽になるところはあります。ただ、試合残り5分の勝負どころでみんな出たいという時、誰を起用するべきか見極めないといけない。そういう違った意味での大変さは出てくると考えています。

──SR渋谷の外国籍選手はパワーフォワード、センタータイプですが、これまではほぼ皆無だったガード、ウイングの外国籍を獲得するチームもいます。そこの対策について現時点で、意識するところはありますか。

特にガードの外国籍選手に対しては、日本人のディフェンスに求められるハードルが上がります。そこは日本人選手にとって成長できるチャンスなので、どうにか頑張ってもらいたいです。また、ウイングの外国籍に対しては島根に移籍した杉浦(佑成)君がこれまではディフェンスにつく役割を担っていたので、そこは「出ていってしまったか……」という気持ちはあります。今シーズンは外国籍を3名ベンチに置ける中で、ケリー選手がアウトサイドで相手の外国籍選手を守ってくれないと、しんどくなると思います。

伊佐勉

「チームとして成熟することで勝っていきたい」

──昨シーズンは、大きな躍進を遂げたシーズンとなりました。その上で今シーズンの陣容を見ればチームスタイルは継続路線と思われますが、その中でも改善点として意識するのはどこになりますか。

おっしゃったように昨シーズンは1年を通して良いシーズンでしたが、チームスタイルを積み上げていく段階でシーズンが終わってしまいました。選手はあまり変わっていないので、 そこでの強みはあると思います。

課題としては、昨シーズンはフルコートプレッシャーを仕掛けてスティールからの得点は多かったのですが、失点は下から数えた方が早かった。ゴール下で失点を許すことが多かったので、そこを改善しないと昨シーズンと同じかそれ以下の結果になることは目に見えています。また、相手も僕たちのスタイルに慣れてきて弱点も分かってきているので、そこを踏まえてプレッシャー以外の部分も強化していくところです。

──昨シーズンからプレーの質を上げていけば勝てると考えていますか、それとも相手チームも研究してくるので、何か新しいものを取り入れないといけないのでしょうか。

同じメンバーで同じディフェンスの強度では、チャンピオンシップに出場できるかギリギリのところになります。チームのスタイルはほぼ変わらないですし、昨シーズンからさらに突き抜けていかないといけない。そこへの危機感は大きいです。基本はあくまでも昨シーズンから積み上げていき、チームとして成熟することで勝っていきたいと思います。そこはブレないことが大事です。

成功、失敗といろいろな経験をすることで、ブレない強さを手に入れることができると思うので、クラブには同じメンバーでいきたいとオフに入ってから伝えました。ただ、そこに新しい血が入ってくるのも良い刺激になるとも思っていて、だからこそマカドゥには期待しています。

昨シーズンが良かったから積み上げていけば大丈夫ではなく、もっとチームとして成熟しないといけないという意識が強いです。そのためには調子の波をできるだけなくす。昨シーズン、チームとして何をやるべきかはみんな分かっていましたが、それを常に高いレベルで遂行することはできていませんでした。それが安定することで、本当のブレない強さになってきます。

──天皇杯を勝ったことが選手たちに自信を与え、新シーズンに向けてもプラス材料になるといった思いはありますか。

どうでしょうか。2年前に比べてSR渋谷を見る周りの目は変わっていると思いますが、天皇杯で優勝したことは早く忘れないといけないと思っています。優勝は自信になりますが、驕りにも繋がる。メンバーがほとんど残ったことで連携を深めることはできますし、昨シーズンからの積み上げがやりやすい一方で、馴れ合いも生まれやすくなる。そこは今のチームは微妙なラインにいて、危ないところもであります。昨シーズン以上の強いメンタルを持たないといけないとは、口を酸っぱくして言わないといけません。先ほども言いましたが、今は危機感しかないです。

──最後にファンの皆さんにメッセージをお願いします。

新シーズンは、途中で終わった昨シーズンからの続きだと思っています。コロナ禍の状況はまだまだ変わらないですが、昨シーズンからのメンバーに新しい選手も加わったチームで信頼関係を持って一緒に積み上げていきたいです。