ヤニス・アデトクンボ

リオネル・メッシに感化される「彼のようになりたい」

約1カ月に渡る交渉の末にヤニス・アデトクンボの獲得を決めたというアンディ・エリスバーグGMからの深夜の電話に、パット・ライリー球団社長は「飛行機を着陸させたぞ」と叫んだという。「これが勝利を保証するわけではないが、優勝を目指すという決意表明にはなる。ヤニスもコーチもファンも優勝を望んでいる。それが我々のプランだ」

移籍先を選べる立場にあったヤニスが重視したのはただ一つ、優勝への意思の強さだった。「NBAでプレーし始めた年から、ヒートには敬意を抱いてきた。選手同士でも『ヒート・カルチャー』はよく話題になる。ハードワークを惜しまず、規律正しく情熱的で、勝利のために自己犠牲を払うことのできる選手の集まりだ。ヒートの何がそんなに特別なのか、ずっと興味があった」とヤニスは言い、さらに一歩踏み込んだ。

「バックスでもそういう文化を作ろうと努めてきた。誰が目立つとかは関係なく、ただ勝つことを目指す。家族との時間を削ってでも共通の目標である優勝のために全力を尽くす。僕たちは家族よりもチームのみんなと過ごす時間のほうが多い。それなら、自分たちの進む道の先に優勝があると信じられる、同じマインドセットを持つ仲間と一緒にいたい」

振り返ればバックスは、2021年の優勝以後は彼を甘やかし続けた。チームのサイクルが全盛期を過ぎ、ベテランを放出して戦力低下を食い止めるために四苦八苦しながら、とにかくヤニスの機嫌を損ねないことを優先した。そんなチームで数年を過ごす中で、彼が自分が本当に求めるものは何かを考えるのは当然だった。

「自分を次のレベルに引き上げるには居心地の良い場所から抜け出す必要がある。ヒートこそが、その場所だと思った。チームと僕の考えは完全に一致している」

そんなヤニスの決断を後押ししたのが、バム・アデバヨの存在だった。ライリー球団社長は「2019年からこのチームの土台となってきたバムとヤニスの関係性が大きな役割を果たした」と言う。

トレードが決まった直後、一緒にサマーリーグを観戦するヤニスとアデバヨの姿が見られた。「長年に渡り対戦してきた相手だ」とヤニスはアデバヨについて語る。「普通の相手なら8時間睡眠で十分だけど、バムとマッチアップするなら12時間寝ておかないとキツい(笑)。それぐらい激しく戦い、勝つために全力を尽くす選手だ。実際に接すると、思っていたよりも物静かだったけどね。チームを引っ張るべき僕ら2人が、誰よりも競争心を出し、規律正しくハードワークする。そうすれば他のメンバーも必ずついてくる」

もう一人、彼にモチベーションを与えているのはサッカー界のスーパースター、リオネル・メッシの存在だ。前日にアトランタでワールドカップ準決勝のアルゼンチンvsイングランドを観戦したヤニスは、それからずっとメッシのことを考えているという。

「何歳でバルセロナに行き、何歳でPSG(パリ・サンジェルマン)に行き、何歳でインテル・マイアミに来たかという彼の道のりについてずっと考えている。昨日見たのは、まさに『偉大さ』そのものだった。身体をケアし、チームのために正しいことをする。彼が倒されると文字通りチーム全員が駆け寄って助け起こす。あのリスペクトは、彼が長い道のりの中で勝ち取ってきたものだ。レブロン・ジェームズ、クリスチアーノ・ロナウドやメッシが示した『勝つための方法』を僕もなぞりたい。規律を守り、自分の成長のためにできることすべてをやる。大変だけど、結局は『やるか、やらないか』だ。昨日のメッシには感じさせられるところが多かった。僕も彼のようなアスリートになりたい」

そのためにも彼は『居心地の良い場所』を離れた。ヒートの指揮官、エリック・スポールストラには「厳しく指導してほしい。きれいな嘘ではなく、醜い真実を言ってほしい」と要求する。「お世辞はいらない。僕の周りには僕を気分良くさせてくれる人はたくさんいるけど、今の僕に必要なのは真実と正しいフィードバックだ。スポはバスケを心から愛し、仕事に打ち込むコーチだと聞いている。彼に追い込まれ、真実を突き付けられることで、僕の最高の姿を引き出してもらえると思っている」

会見では終始力強い言葉が続いたが、その終盤には何年も続いた自身のトレードにまつわる噂からようやく解放される心境をポロリと漏らしてもいる。「正直に言うと疲れていた。僕は一緒に働く仲間を大切に思っているから、シーズン中にずっと噂が飛び交う状況は辛かった。でも、バックスの仲間たちとは誠実に話し合ってきたし、お互いに納得していると思う。バックスには感謝しているし、これからも僕を尊重してくれると信じている。トレードが決まった時は、ようやく一区切りだと思った。ライリーにも伝えたよ。みんな僕を大きくて恐ろしい怪物みたいに思っているけど、僕も感情のある一人の人間だ。実は新しい環境に行くのが怖いんです、とね」