クリス・ボッシュ

写真=Getty Images

従兄弟との会話で前進したボッシュ

2014-15シーズン途中に血栓症と診断されたクリス・ボッシュは、治療の効果もあって2015-16シーズンから復帰したものの、同シーズン中に再び血栓が見つかり、復帰の道が絶たれた。あれから3年後の2019年、ついに彼は引退を決断した。

ボッシュは、復帰を諦めず、あらゆる選択肢を探った時期、葛藤した日々について、『SunSentinel』に語った。

最初に血栓症と診断された時の心境を「とても恐ろしかった」と形容したボッシュだったが、その翌年に血栓が発見され、周囲から現役を続けるのは難しいと言われた時は、状況を上手く理解できなかったという。復帰の可能性を探り続けたボッシュは、健康上の問題がないことをアピールするため、トレーニングに励む動画をソーシャルメディアに投稿したこともあった。しかし、当時の所属先だったヒートは、ボッシュを生命の危険に晒すわけにはいかないと判断し、復帰を認めなかった。その後ボッシュは、ヒートと話し合いの末に解雇という結論に至り、自由の身になって新たな所属先を探したが、復帰という希望が叶うことはなかった。

時間が経ち、当時の感情を言葉にできるようになったボッシュは、一時期マイアミを離れて故郷テキサス州のオースティンに戻っていたことを明かした。

「大好きなバスケットボールをプレーできない状況になって、離れる必要があった。マイアミは小さな街だから、どうしたって同じ顔ぶれと会ってしまう。当時は(ヒートの)アリーナも見れなかったし、立ち寄ることもできなくなっていた。個人的なことも含めて、あらゆることが自分に迫ってきている感じがあったんだ。自分を保つためにも、リセットする必要があった」

「ホリデーシーズンになってからマイアミに戻って、周りとまた連絡を取るようになった。その時期に、またマイアミで時間を過ごそうと思った。まだ自分のホームと感じられたし、ここで結婚もした。4人の子供たちも生まれた。マイアミでは、生と死を実感した。それだけ特別な土地でもあるんだ」

彼の記憶には、親戚に言われた一言が強く残っている。

「近しい友人や家族と話していた。特に覚えているのは、従兄弟との会話だね。『考えていたような最後ではなかったよ』と言った自分に、彼は『そういう風に終われることなんてないんだよ』と言ってきたんだ。彼のおかげで、一歩退いて人生を見つめられるようになった。前に進むためには、いったいどうすれば良いかってね」

ヒートは先月、ボッシュの背番号1を永久欠番にすることを発表し、3月26日にホームで行われるマジック戦で、式典が執り行われる。式典で正式に引退を表明するボッシュが何を語るのか、注目したい。