9月16日、日本バスケットボール界に衝撃が走った。川崎ブレイブサンダースの絶対的なエースであり、Bリーグを代表するビッグマンのニック・ファジーカスが今シーズン限りでの引退を発表したのだ。現在38歳と大ベテランのファジーカスだが、昨シーズンは58試合の出場で平均20.8得点、9.9リバウンド、4.5アシストを記録と、彼に大きな衰えはないように思える。いまだにリーグ屈指の数字を残し、大黒柱として抜群の存在感を放っている彼が、開幕前に引退を発表した理由に迫った。

「チームの中心的な存在でなくなってまでプレーしたくはないです」

――まず、引退と聞いて驚きました。新シーズンも引き続き川崎の大黒柱を担うと思っていましたが、引退を決断した理由を教えてください。

昨シーズンの途中から少し、引退については考えていました。僕がまだ高いレベルでプレーできると感じている人は多いでしょうし、僕もそう思っています。ただ、今のレベルでプレーするためにはオフシーズンに多くのハードワークが必要で、それに対して疲れてきた部分はあります。また、身体も徐々に悲鳴を上げていて、毎日のトレーニングもキツくなっています。今までやってきたことができなくなってまで、現役を続けるのは僕のスタイルではないです。歳を取れば、昔と同じように動けなくなるものです。日本に来た時は27歳でしたが、今はもう38歳です。まだ、20代の頃と同じ動きができたら、あと10年は現役を続けられますが、そうはならないです。

それに自分の性格からいって、チームの中心的な存在でなくなってまでプレーしたくはないです。試合の半分以上をベンチで過ごすような役割になってまで現役を続けるのは自分の気持ちに嘘をつくことになります。それは契約してくれたチームを騙すことにもなります。もちろん、引退したことをいずれ悲しむ時が来るのは分かっています。これまでの人生でずっとプレーしてきたバスケットボールをやらなくなる訳ですから。

「昔のニックはすごかった。でも今は違うよね」と言われながらプレーする選手にはなりたくないです。今の段階でも何人かの人はこのように僕について言っていると思います。10年前と比べたら今の自分の力は落ちています。今でも平均20得点、10リバウンドを挙げることはできると思います。ただ、多くの人は忘れていたり、知らないかもしれないですが、日本に来た時は1試合平均26得点、13リバウンド以上だったり、シーズン中に何度か1試合40得点以上を記録していました。それでも今の僕は、まだ勝利に貢献できる選手であり、高いレベルでプレーできています。これが自分の求めるスタンダードです。僕がこれまで積み重ねてきた努力を、他の選手たちが簡単にこなせるとは思っていないです。

――とはいえ、今のBリーグのルールだと帰化選手は貴重な存在です。ファジーカス選手の実力なら今より衰えたとしても、多くのチームが欲していてまだまだプロ選手としてお金を稼ぐことは十分にできると思います。

これは信じてほしいですが、もうお金は十分に稼がせてもらいました。今はお金のためにプレーをしていません。勝利であり、チームのためにベストを尽くすことを目的にプレーしています。また、今回の引退は家族のためでもあります。僕の両親は日本で試合を見られないですし、彼らにとって僕は毎年10カ月に渡って国外に仕事に行っていて会えない存在です。家族も歳を取ってきましたし、彼らと過ごす時間はより大切になってきています。

「ただ、川崎での生活は本当に幸せで、何ものにも代え難いです」

――新シーズンの開幕前に、前もって引退を発表したのはどんな思いからですか。

僕はこれまで日本のバスケットボール界から多くのモノをもらってきました。同時に日本バスケ界が前進する手助けはできたと思います。代表チームに参加し、(ワールドカップ2019の出場権獲得など)周囲の期待に応えることはできました。リーグも大きく発展する中、その一部になれたと思います。バスケファンの皆さんに、これがニックを見られる最後のチャンス、自分たちが応援するチームとニックが対戦する最後の機会となることを、前もって知らせたいと思ったからです。

――プロ選手になってから最初の数年は複数のチームをわたり歩いたファジーカス選手ですが、日本では川崎一筋でした。川崎ブレイブサンダースのニック・ファジーカスとして引退することに意味はありますか。

同じチームで10年以上に渡ってプレーすることは、その選手がどれだけチームに尽くし、それを評価されてきたのか。そして、選手がどんな人柄かを示すものだと思います。川崎で12年間プレーし、川崎の選手として引退できることを誇りに思います。川崎に来る前はいろいろと大変なこともありました。それが、川崎というホームを見つけることができ、自分のやってきたことをみんなが評価してくれる。自分がこうありたいと願っていた選手生活を送ることができました。僕にとって川崎はパーフェクトな出会いでした。

川崎以外のチームでプレーするのも、エキサイティングなことかもしれません。かつては、移籍を検討したこともありました。ただ、川崎での生活は本当に幸せで、家族も満足しています。これは何ものにも代え難いです。もしかしたら移籍することで、より多くのお金を得られたかもしれませんし、チームとしてもっとタイトルを取れたかもしれません。でも川崎での暮らしはハッピーです。毎朝、起きたら幸せな気分でチームメート、スタッフと過ごしてきました。こんな素晴らしい経験をしているのだから、川崎から離れる理由がなかったです。また、多くの人が川崎の中心選手といえばニックだと思ってくれていたので、これ以上ない素晴らしいキャリアの幕引きです。