田口成浩

文=鈴木健一郎 写真=©️IKEMEN KOHO、B.LEAGUE

第1戦は6年ぶりの出場なし、号泣した夜

先週末に行われた千葉ジェッツと三遠ネオフェニックスの2連戦。千葉が初戦に競り勝った土曜、田口成浩はチームの勝利を喜びながらも、これまでに経験したことのない悔しさで頭がいっぱいになり、茫然とした面持ちでコートから引き上げてきた。「昨日はキツかったです。6年ぶりぐらいのDNP(出場なし)だったので。ベンチではチームが勝つために声を出して、チームが勝ったことは本当にうれしかったんですけど、実は帰りの車の中では号泣しました」と明かす。

秋田ノーザンハピネッツの『チームの顔』にして攻守に不可欠な戦力だった田口は、肩を痛めていても肉離れをしていてもチームのために戦っていた。彼自身が強い思い入れを持っていた記録が、千葉での開幕3試合目であっさり途切れてしまった。

「覚悟の上なので、それは仕方ない。自分のやるべきことをやるぞと決めて、ベンチでもしっかり声を出していました。ただ、試合が終わってから今まで秋田で積み重ねてきたものを振り返ると、こみ上げるものがありました」

それから一夜明けた第2戦、第1クォーター終盤に出場機会が巡ってきた。「見とけよ、と。すべての人に対してそういう気持ちでした」と田口はその心境を明かす。高校から本格的にバスケを始め、エリートとは程遠いキャリアを歩んでくる過程で何度も心の内で唱えてきた「見とけよ」の精神が、ここでも発揮された。

第1クォーター、ロケットスタートを決めたチームの勢いに、鬱屈をプレーで晴らそうという田口の気迫が乗っかった。ブザービーターとなる3ポイントシュートを沈めて第1クォーターを締めると、第2クォーターにも攻守に思い切りの良いパフォーマンスを披露。これで千葉は、粘り強さに定評のある三遠を突き放し、勝利を決定づけるところまで一気に持っていった。三遠の藤田弘輝ヘッドコーチも「昨日はプレータイムのなかったリーグ屈指のシューターが、急に出てきて結果を出す。さすが千葉のタレントレベルと言うしかない」と脱帽する出来だった。

田口成浩

「誰のせいでもなく、すべて自分の責任です」

田口がコートに入る時点で、船橋アリーナのジェッツブースターは沸いた。ブザービーターとなる3ポイントシュートを決めると田口は咆哮し、スタンドの盛り上がりは最高潮に達した。

「昨日の発散というわけじゃないです。よっしゃー、という感じです。アピールできてない、信頼されていないのは誰のせいでもなく、すべて自分の責任です。昨日ずっと考えていたのは『やらないといけない』、『もっと努力しないとこのチームではダメだ』ということでした。そこはもう一回、自問自答しながらやっていきたいです」と田口は気を引き締める。

チームは快勝を収めた。田口は試合のMVPに選ばれ、ジェッツブースターの前で初めてとなる「おいさー!」も披露した。前夜の悔しさからアップダウンの激しすぎる一日となったが、これを求めて移籍したとも言える。

ここで田口はジェッツブースターへの感謝を口にした。「昨日の試合が終わった後に『明日は頼むよ』とか、シューティングしている時に『おいさー頑張れ』だとか、そうやって掛けていただく声が力になります。『見ててください』という気持ちになれました」

「正直、本当に辛かったんですけど、次の日にこうやって切り替えてチームに貢献できました。それがアピールになったと思います。自分がこのチームに慣れていくのではなく、自分に慣れてもらうというぐらい、コートで自分を出して行って結果を残したいです。毎試合、こういう気持ちでやっていきたいです」

田口成浩

「昨日の出来事があって良かったと思える一日に」

公私ともに仲が良い富樫勇樹は、この田口の活躍に触れ「パスが良かったかな」と上機嫌な笑みを見せた。「秋田でチームのために連続出場をしているのは知っていました。その終わりが昨日来てしまったんですけど、今日しっかり切り替えて、すぐ結果を出せたのはさすがだと思います。昨日は試合後に一緒に食事をして、いろんな話をしました。僕も千葉での1年目はケガとか全くないのに2試合か3試合か連続で使ってもらえなかったことがありましたし、Dリーグでも同じようなことがあったので」

その富樫のアシストを受けて決めたシュートは、初めての移籍で戸惑う状況を変えるきっかけになりそうだ。田口自身、そうしなければならないと強く感じている。

「自分も昨日の最後には『これがきっかけになればいいな』と思いました。考えてみると、ちょっと守りに入っていた部分があったかもしれません。田口らしいプレーが最初からできていたかと言えばそうじゃないと思います。でも、自分らしいプレーをすることだけを考えてやれば良い方向に進んでいく、それが今日分かりました。昨日の出来事があって良かったと思える一日になりました」

絶対的な評価を確立していた秋田を離れ、千葉に飛び込んだ田口は「刺激しかないです」という日々を過ごしている。最悪の土曜と最高の日曜を終えて、田口は「ホッとしています」と表情を緩めた。気の抜けない日々は、このまま1シーズン続くだろう。田口が自らに課した試練の日々は、きっと彼を大きく成長させてくれるはずだ。