
『ネッツ』の検索結果
-
20cm以上のミスマッチにも適応、B1撃破の原動力となった秋田のルーキー中山拓哉『地元凱旋』ゲームの週末「より頑張らなければ」11月25日、秋田ノーザンハピネッツはオールジャパン3次ラウンドの初戦にてB1の富山グラウジーズ相手に、試合残り0秒3で勝ち越す劇的な勝利を挙げた。このアップセットに大きく貢献したのが中山拓哉で、14得点5アシスト2リバンドに加え、何と言っても6スティールを挙げたのが光った。この試合、秋田はB1の富山を相手にしても、普段のリーグ戦と同じ前から激しくプレッシャーを仕掛けていくスタイルで臨んだ。その中で中山のスティール量産からの速攻に、スピードとコンタクトの強さを生かしたドライブはチームに大きな勢いを与えた。「今年初のB1チームとの戦いで絶対に勝ってやろうという思いがあり、いつも以上に気持ちが高まっていました。アグレッシブにやらないと勝てないので、どんどんディフェンスから仕掛けていこうとハーフタイムで言われました。スティールから速攻につながった分、得点が入ったのでそこは良かったと思います」このように試合を振り返る中山だが、彼の貢献において忘れてはならないのが富山のドリュー・ヴァイニーにマッチアップする機会が多かったことだ。これは「インサイド主体ではなく、アウトサイドプレーヤーなので、僕や白濱さんがつこうという指示でした」と語るように、外角シュートを得意とするヴァイニー対策として外国籍選手ではなく日本人選手をつける作戦だ。アグレッシブな守備でヴァイニーを封じ込むとはいえ、204cm102kgのヴァイニーに対し、中山は182cm82kgと一回り以上のサイズの違いがある。だが、このミスマッチの中でも中山は相手のパワープレーに押し負けずに奮闘し、アウトサイドでは積極的にプレッシャーをかけて3ポイントシュートの試投数を1本に抑えた。その結果として、ヴァイニーは15得点と平凡な数字に終わるとともに、「常にスティールを狙っていますが、相手が油断しているなと感じた時は本当にアグレッシブにいこうと思っていました」という中山の仕掛けもあって4ターンオーバーを喫している。ヴァイニーとのマッチアップはサイズの違いからいって、相当にタフな戦いであったに違いない。しかし、中山にそういった思いはなかったようだ。むしろ「B1の選手は身体も強いので、コンタクトしてもファウルにならない。それがスティールにつながったと思います。特にヴァイニー選手とマッチアップでは、激しくぶつかっていってもファウルも取られなかったので、それはやりやすかった」と、持ち味であるコンタクトの強さをより生かせる守備ができたと振り返っている。「ここがゴールではない。どんどん挑戦したい」ちなみに東海大相模高校、東海大学出身の中山にとって、今回の試合会場である平塚は地元といえる場所。「家族、友達が見に来てくれていたので、より頑張らなければという思いがありました」という『地元凱旋』ゲームで、これ以上ないパフォーマンスを披露できた。B2より一段階上であるB1のサイズに難なく対応できるB1仕様のフィジカルを持っていることを証明した中山。「ここがゴールではない。どんどん挑戦していきたい」と語る彼が、B1でも有数のタレント集団である川崎ブレイブサンダースのガード、フォワード陣に対しても引き続き力強いプレーを見せられるのか楽しみだ。2017/11/26Bリーグ&国内
-
残り0.3秒の勝利、秋田ノーザンハピネッツがB1富山を破るジャイアントキリング決勝フリースローを前に指揮官がかけた言葉11月25日の天皇杯3次ラウンド、秋田ノーザンハピネッツは富山グラウジーズと対戦した。同点で迎えた残り0.3秒に小野寺祥太が勝ち越しのフリースローを決め、文字通り最後までもつれた熱戦を85-83で秋田が制した。試合は前半を終えて秋田の32-30と全くの互角。第3クォーターに入ると、秋田は持ち前のガード陣による激しい当たりからターンオーバーを奪取しての速攻などで一時はリードを2桁にまで広げ、59-53とリードして最終クォーターへ。富山はこの試合で25得点を挙げた岡田やドリュー・ヴァイニーの活躍で追い上げるが、秋田リードのまま時計は進む。だが、試合終了間際にゲームは大きく動いた。残り1秒、秋田3点リードの場面。富山はサム・ウィラードがフリースローを得て1本目を決める。2本目を決めても追いつかないため、これをわざと外し、上江田勇樹がオフェンスリバウンドから押し込んで、残り0秒3という土壇場で83-83と追い付いた。これで試合は延長戦に突入すると多くの人が思っただろう。だが、直後のプレーで秋田はタップシュート狙いでゴール下に飛び込んだ小野寺にパスを送る。これに富山が痛恨のファウルを喫してしまう。絶対的なチャンスではあるが、それだけにプレッシャーのかかる場面。ペップ・クラロスヘッドコーチは小野寺に「まだ延長の5分がある、たとえ2本外しても大丈夫だ」と伝えた。これでリラックスできたと言う小野寺が2本とも確実に決め、劇的な結末の末に秋田がジャイアントキリングを成し遂げている。ゲームプランを徹底し、B1の富山に勝ち切る秋田のクラロスヘッドコーチは、「今日はベンチ入り11名全員がプレーし、全員が自分たちのやることを追求してやってくれた」とチーム一丸で戦ったことを強調。「相手がB1の富山とはいえ、相手の出方を見て、それに対して動くというのではない。相手に関係なく自分たちの戦いをする。自分たちで試合をコントロールするためのゲームプランを立てた」と、いつも通りのスタイルで挑んだと語った。実際、秋田はいつものB2と変わらず前から激しくディフェンスを仕掛け、中山拓哉の6スティールを筆頭にチーム全体で計15スティールを奪取。富山は司令塔の宇都直輝が日本代表に帯同して不在だったが、それでも秋田が自分たちのバスケットをしっかり遂行できたことが最大の勝因になった。また、宇都がいない一方で、この試合の富山は3ポイントシュートがチーム全体で計17本中12本と驚異的な成功率を誇っていた。それでも「相手のインサイドを第一に防ぐというゲームプランを徹底し、最後まで我慢できました」と田口成浩が言うように、劣勢でもブレずに自分たちの戦いを実行できたのが大きかった。いつものスタイルを変えない。奇襲ではなく真っ向勝負を挑んでのB1撃破に田口は、「やってやったという気持ちはあります。カテゴリーが違う中、向こうがプライドを持って戦った中で勝ち切ったのは自信を持っていい」と語る。確固たる手応えを得たこの勝利を弾みに、明日はB1屈指の強豪、川崎ブレイブサンダーズ相手にどんな戦いを見せるのかが楽しみだ。2017/11/25Bリーグ&国内
-
秋田ノーザンハピネッツ 水野勇気社長に聞くvol.3「売上を10億円に持っていくことでB1でも優勝争いを演じられる」Bクラブのキーマンに聞くBリーグも2年目のシーズンを迎え、バスケットボール界が激動する中で各クラブはそれぞれの信じるポリシーと特色を生かして『生きる道』を探っている。それぞれのクラブが置かれた『現在』と『未来』を、クラブのキーマンに聞く。秋田ノーザンハピネッツ 水野勇気社長に聞くvol.1「おらが町のチームを応援する楽しみは秋田にもあるべきだ」vol.2「チームカラーをピンクにしたのも、結果としては大正解でした」秋田の強みは「圧倒的な認知度とコアファンの数」──チームは1年での昇格を目指し戦っていますが、「フロントとしてはとにかく売上を増やすこと」とおっしゃいました。具体的な目標や方策はありますか?当面の目標は1年でのB1復帰ですが、昨シーズンのようにB1でなかなか勝てない状況を繰り返したいとは思いません。秋田のクラブチームとして上を目指さなければならない。弱肉強食のルールのこのリーグで勝ち抜くには、とにかく補強に使えるお金を増やすしかありません。お金がすべてではないですが、上位争いをしようと思ったらかなりの割合で重要になります。そうなると、私たちが目指すのは売上10億円です。昨シーズンが6億ぐらい。これを10億円に持っていくことでB1でも優勝争いを演じられると思っています。そのポジションに行くために、売上を増やしていく。B1上位クラブと比べた場合、私たちの弱みはやはり大きいスポンサーがいないことです。いわゆる胸スポンサーも1年目からついたことがありません。そこは県内に限らず、秋田の魅力を説いて取りに行く努力が必要です。また県内でもまだまだ応援してくれる企業があるはずで、その掘り起こしもやっていきます。お客様からいただくチケット収入もまだ伸びる余地があります。昨シーズンは平均で3000人を超えて、「秋田はお客様が入る」というイメージを持たれているかもしれませんが、立ち見も含めてキャパは5000人なんです。まずは平均4000人を達成しないといけない。そのためにはB2の今シーズン、昨シーズンの9万人台を超えて10万人の観客動員を実現したいです。それだけ増えていけば、B1でももうワンステップ先まで行けると思います。既存のお客様はもちろん、もっと新規のお客さんに来てもらう努力をします。もちろん簡単ではないのですが、B1に戻ってスポンサー収入やチケット収入を増やすのはまだ先のこと。今やれることをやっていきます。──上を目指すと、どうやっても『地の利』の課題は出てきます。逆に、秋田ならではの強みはどこでしょうか。秋田県の中での圧倒的な認知度と、応援してくれるコアファンの数です。別に統計を取ったわけではありませんが、地元の認知度とコアファンの数はBリーグの中でも圧倒的だと思います。その強みを生かして収入を増やしていく。大きいスポンサーがいるクラブではないので、常に工夫をして収入源を作っていく必要があります。その仕掛けをこの1年でやって、その結果、強いクラブにしていくのが私たちの次のステップです。ただ、秘策はありません。私たちも1年目からずっと観客動員数を増やしていますが、それはステップを踏んでいるからできているわけです。まだ8年目なので、その積み重ねをもっと続けていきます。「あきらめたら経営者としては無能だと思っています」──厳しいことばかり指摘するようですが、秋田は人口減の激しい県でもありますよね。ここに根を張ってクラブとして伸びていく難しさと向き合わなければいけません。チームの立ち上げをやり始めた2008年に作ったユニフォームの背番号が「111」でした。こえは当時の秋田県の人口が111万人だったからです。それが10年たって、100万人を切ってしまった。県で一番大きな秋田市も人口減少が激しく、31万人台の人口が2040年には24万人になるという予測が立っているんです。でも、それで観客動員を増やせないかというと、私はそんなこと全く思っていません。これはやり方次第ですよ。サッカーの松本山雅FCはすごいじゃないですか。1試合平均1万6000人の観客が入ります。人口24万人の松本市であれだけのことがやれている。サッカーとバスケで、週1試合と2試合の違いはあるにしても、単純に半分にしたって8000人は入る。松本にそういうモデルがある以上、やれない理由はありません。人口が減るので厳しい環境ではあると思いますけど、そこであきらめたら経営者としては無能だと思っています。それにバスケがもっとメジャーになって、中央での露出が増えれば、地方にも必ず波及します。そういう意味では昨シーズンのB1は全国レベルでの露出は正直まだ物足りないと思っています。結果それはBリーグではなくて日本代表の強化が必要なのかもしれません。メディアの傾向として、日本代表が強いことはやはり不可欠だと思うので。それで言うと私たちも代表に選ばれるような選手をどう輩出していくか、その部分にも取り組んでいく必要があります。「将来的には優勝争いできるチームを作る」──経営の話ばかりでバスケの話をしていませんでした。最後に今のチームをどう見ているかを教えてください。今のルールで戦う上で、秋田としては良い若手を取って育てていくのは重要です。今で言うと、中山拓哉という東海大のレギュラーだった選手を取れました。これはbjリーグ時代では考えられないことで、Bリーグになったことでの大きな変化です。他にも小野寺祥太選手は高卒で岩手ビッグブルズに入って、昨シーズンからポイントガードを始めた選手ですが、ペップ(ジョゼップ・カナルス)コーチはまだまだ伸びる、ポイントガードとして育てていきたいと話しています。こういう形で若手を発掘していかなければならないと思います。そして来シーズンにB1を戦うことになったら、代表クラスの選手を補強することを目指さないといけない。ペップコーチの目指す激しいディフェンスのバスケットボールに補強がうまくマッチすれば、相当面白いと思います。ただ、B1がそんなに甘くないことはよく分かっているつもりです。東地区でも戦えるチーム、将来的には優勝争いできるチームを作ることが、私たちの戦いです。2017/11/18Bリーグ&国内
-
秋田ノーザンハピネッツ 水野勇気社長に聞くvol.2「チームカラーをピンクにしたのも、結果としては大正解でした」Bクラブのキーマンに聞くBリーグも2年目のシーズンを迎え、バスケットボール界が激動する中で各クラブはそれぞれの信じるポリシーと特色を生かして『生きる道』を探っている。それぞれのクラブが置かれた『現在』と『未来』を、クラブのキーマンに聞く。ピンクを着てしまえば『ラテンのノリ』が出る──Bリーグとなった今、多くのクラブが集客に苦心し、会場の雰囲気作りで試行錯誤しています。会場の雰囲気の良さは秋田の大きな特色ですが、これは最初からうまく行ったのですか?1年目からノリは良かったと思います。秋田の有名な作家の西木正明さんが講演で「秋田の人はラテン系だ」と言ったんですが、最初は意味が分かりませんでした。一般的には秋田の人はあまりしゃべらない、騒がないイメージでした。秋田の良いところを聞いても「なんもなんも」(何もないよ、の意味)と言います。でも、お酒が入ると、秋田への愛を感じる本音が聞こえてくるんです。ハピネッツの試合会場ではお酒が入らなくても、そのラテン系と言われる部分が出るんです。例えば今もやっている『タオルダンス』は1年目からすごい参加率でやってくれました。会場に来ても「恥ずかしい」と参加できない人が普通は多いのですが、秋田では違います。その点ではチームカラーをピンクにしたのも、結果としては大正解でした。まず女性受けが良いですし、男性も最初は抵抗があるかもしれませんが、着てしまえばラテンのノリが出てくるわけです。1年目からブースターの皆さまは会場の盛り上がりを作ってくれたし、なおかつバスケをよく知っています。特にアウェーゲームと比較すると「試合の盛り上がりどころを知っているな」と思うことが多いです。──『声を出す』ことを大事にしているという話ですが、具体的にはどうしているのですか?まず、鳴り物は原則禁止にしてきました。声を出して応援してもらいたい、全員に参加してもらいたいという理由からです。あとは、応援スタイルをあまり強制しないこと。これは自発的にやってくれるお客様のおかげですが、例えばお手製の応援ボードやうちわは1年目から皆さんが作って持ってきています。実はペンライトも私たちが仕掛けたわけじゃなく、誰かが持ち込んだものが広がりました。秋田のブースターはすべて自分たちが楽しみながら、会場を盛り上げるためにいろいろ考えてくれます。そこを運営側から何か強制することのないように心掛けています。ファンの皆さんが楽しみを持ち込んでくださるということは、試合のない日にもハピネッツのことを考えてくれているわけです。それってすごく大事で、いかに日々の生活の中にハピネッツが根付くか、それが進んでいるのは私たちからするとすごくうれしいですし、ありがたいです。野球のマイナーリーグが『地域密着型』のお手本に──老若男女が楽しめて、郷土愛を表に出せる場所として、秋田は非常に良いモデルになっていると思います。これは水野社長がアメリカやオーストリアで見て「これだ」と思った理想の姿と共通していますか?アメリカではMLBやNBA、NFLも見ましたが、印象的だったのはマリナーズのマイナーリーグです。3Aから様々あるカテゴリーのうちルーキーリーグの試合を見に行ったんですが、プレーは荒くてエラーも多いんです。それでも地元の人が1000人ぐらい集まっている。なぜこんなに集まっているのかといえば、地域の交流の場なんです。外野席にはレストランがあって、BBQセットを持ち込んでいる人もいて、食事しながら野球を見ている。ビールを飲みながらしゃべっている女性2人組はほとんど試合を見ていないのですが、盛り上がるシーンになれば一緒に盛り上がっていました。球場がコミュニティの場として機能している。この形は秋田でも絶対にやれると思いました。当時のbjリーグは、地域密着ともう一つ、スポーツエンタテインメントを明確に掲げていました。帰国後にアルビレックス新潟BBの試合を、ときメッセに見に行ったんですが、演出にも力を入れていて、これは秋田でも受け入れられると。それで秋田で出資者を募る意味でもプロバスケを秋田の人に見せたいと思い、2008年9月に新潟と仙台のプレシーズンゲームを県立体育館でやったんです。それで3000人を超えるお客様が入って、秋田の人たちはこれを待ち望んでいたんだ、と確信しました。演出も含め相当なお金をかけましたが、興行的にもトントンぐらい。少なくとも赤字にならなかったことで、出資してくれた人たちが会社を任せてくれた要因にもなりました。それは大きなきっかけでしたね。今のBリーグは「弱肉強食以外の何物でもない」──地方モデルとして秋田は大成功を収めていると言えます。ただ、地方モデルのbjリーグではそれで良かったですが、Bリーグになるとまた状況が変わってきます。bjでは強豪だった秋田が、初年度で2部降格。この現実をどう受け止めていますか?最後の最後まで落ちるとは思っていませんでしたが、いざ降格が決まった時は、「これがウチの実力なんだ」と受け止めました。チームだけではなく、クラブ全体としていろんな面が足りず、結果こうなったと。ショックですけど、次の日からどうはい上がっていくかを考えました。とにかく1年でB1に戻らなければならないと。──シビアな現実として、旧bjと旧NBLで強さに差があって、地方vs中央という構図で明暗が分かれているように見えます。秋田は地方クラブとして、中央のチームと戦っていかなければいけません。1年で復帰したところで、今のルールである限りは最激戦の東地区にまた入ります。Jリーグモデルの今のルールはなかなか酷ですよ。本当に弱肉強食以外の何物でもないので。個々のクラブではなくリーグ全体の価値を上げるにはどういう制度がいいのか、まだまだ考える必要があると思います。とにかく今の私たちの状況で一気にジャンプアップはできないので、クラブとしてはとにかく売上を増やしていくことです。これがクラブの強化につながるのは間違いありません。2017/11/17Bリーグ&国内
-
秋田ノーザンハピネッツ 水野勇気社長に聞くvol.1「おらが町のチームを応援する楽しみは秋田にもあるべきだ」Bクラブのキーマンに聞くBリーグも2年目のシーズンを迎え、バスケットボール界が激動する中で各クラブはそれぞれの信じるポリシーと特色を生かして『生きる道』を探っている。それぞれのクラブが置かれた『現在』と『未来』を、クラブのキーマンに聞く。秋田ノーザンハピネッツは2009年に会社が設立され、2010-11シーズンからbjリーグに参戦した比較的後発のチームだ。Bリーグ1年目のシーズンは善戦実らず降格を余儀なくされたものの、ブースターの熱さはリーグ屈指。2階席の一番上までチームカラーのピンクに染まり、アリーナが一体となったド迫力の応援がどの試合でも繰り広げられる。地域密着型クラブのモデルケースと呼ぶべき秋田はどのようにしてできたのか、そしてBリーグという新たな時代をどう生きていくのか。クラブ設立に尽力し、社長を務める水野勇気に話を聞いた。留学先で体験したスポーツエンタテインメントの姿──青年社長として知られる水野社長ですが、そもそも現在の仕事をするにあたってのベースはどこにあるんですか?縁あって秋田にできた国際教養大学に第1期生として入学しました。入学したのが2004年で、翌年にbjリーグがスタートしています。国際教養大学は全学生に留学を義務付けていて、私もスポーツマネジメントを勉強するために交換留学でオーストラリアの大学に行きました。高校卒業後にもアメリカのシアトルで1年間、スポーツマネジメントを学ぶために留学していたんです。アメリカはご存知のとおりプロスポーツ大国で、当時はシアトルにいたのでマリナーズとかシアトル・スーパーソニックを見て、スポーツエンタテインメントが当たり前にある環境を体験してきました。オーストラリアでもスポーツがすごく根付いていて、オージフット(オーストラリアンフットボール)という日本では見たこともないスポーツがすごく人気なんです。もちろんラグビーもバスケットも人気で、スポーツがある生活をみんなが楽しんでいました。ところが秋田に戻ってみると、当時は他競技も含めてプロスポーツチームが一つもありません。そこでチームを立ち上げる活動を始めたのが、そもそもの始まりです。「秋田プロバスケットボールチームをつくる会」の活動では、当時bjリーグの多くのチームにお世話になりました。いろんなチームにお邪魔して勉強させてもらいながら、事業計画書を作って出資を募って。それで今の会社ができて、2010年にbjリーグに参入しました。──こう聞くとあっさりですが、ゼロからプロクラブを作るのは大変だったのでは?お金集めは大変でしたね。プロバスケットボールクラブを望む人は当時からいて、あとはお金を集めれば当時のbjリーグの仕組みだったらドラフトとフリーエージェントで選手も揃えられたので、とにかく出資を募ることでした。ですが、今も専務をしている高畠靖明と2人で署名活動をしていた頃は活動費すら持ち出しです。ただ、できると信じて疑わずにやっていました。「世の中は本気になって動けば変えられるんだ」──バスケットボールの仕事をしたかったのか、スポーツマネジメントをやりたかったのか、もともとの志向はどちらでしたか?勉強していたのはスポーツマネジメントです。しかし、その世界でやりたいかどうかは分からない部分がありました。それ以前に、小さい頃から自分で会社をやりたいという考えでいました。父親が会社を経営していて、自分も漠然と起業するものだと思っていました。だから大学選びの際も、スポーツマネジメントを学ぶというよりは、交換留学の制度があって、英語とビジネスを学べる特色から選んでいます。入学して留学先を探す際に、オーストラリアのグリフィス大学というところにたまたまスポーツマネジメントのコースがあったんです。──社長になったのは26歳ですよね? 起業を志していたにしても、誰にでもできることではないと思います。別に私はお金があったわけじゃないので、自分で立ち上げられるとは思っていませんでした。出資を募るための事業計画書を作っていたら、最初に大きな出資をしてくれた方から「お前が社長をやれ」と。当時の私は社会人経験もロクになくて、出資者が連れてくる社長の下で働くと思っていたのですが、結果的にやりたかった起業が多少早まりました。最初はお金を集める人脈もなくて、「なんとかなるかな」と「1億なんてどうやって集めよう」という両方の気持ちでした。それでも、とにかく動いていくことで道がひらけました。自分が動いていくことで、どんどんいろんな人に助けてもらい、応援してもらいながら問題解決ができていく。その時に感じたのは「世の中は本気になって動けば変えられるんだ」ということです。「つくる会」にしても、最初は駅前の署名活動からでした。でも、やるうちに応援してくれる人が増えてくる。それは徹底的に自分たちから動いたからだと思います。チームができた当初から『声を出す』ことを大事に──起業したかった水野社長が徹底的に動くことで会社を立ち上げました。でも『なぜバスケ』だったんですか?それはやっぱり秋田だからです。能代工業高校という全国優勝58回の、バスケをやっている人なら誰もが知ってるような高校があるのが秋田県です。30数年前には秋田いすゞ自動車という一地方の実業団チームが天皇杯で優勝しています。だから秋田は自分たちで『バスケ王国』を名乗っても他県から文句を言われません。その秋田にプロスポーツチームがない状況であれば、自然とバスケになりますよね。私はそれまでの経験から、プロスポーツチームの持つ力はすごく大きいと感じていました。単純に娯楽の一つとしてスポーツには大きな魅力があります。さらに地元のプロスポーツへ向けられる郷土愛も、どの地域にもあります。『おらが町のチーム』を応援する楽しみは秋田にもあるべきだ、と強く感じていました。そうなると最も可能性があるのはバスケです。かつ雪国なので、冬場でも楽しめるアリーナスポーツというのも大事でした。冬の秋田は本当に天気が悪くて、ほとんど晴れないんです。だからと言ったら違うのかもしれませんが、自殺率も全国でワーストを争います。だからこそ、冬でも天候に左右されずみんなが楽しめる、老若男女が声を出せる場が必要でした。今もそうですが、チームができた当初から『声を出す』ことを大事にしています。──なるほど、実際に秋田まで来て分かったのは、ただお客さんがたくさん入っているだけでなく、試合に対する『入れ込み度』や『参加率』が高い、つまりは声が出ているということです。今まで秋田には、郷土愛を表に出す場があまりなかったと思うんです。本当はみんな秋田のことが好きなのに、その感情を表現する場がない。今のウチの会場は、声を出すことでストレス発散になる、そして秋田を意識してもらうということを重視しています。2017/11/17Bリーグ&国内
-
フェイスガード装着で戦線復帰したカイリー・アービングが勇気あるプレーでネッツを撃破、セルティックスは13連勝「着け心地は最悪」とボヤくもプレーに影響なし11月14日、セルティックスは敵地でネッツと対戦。4日前のホーネッツ戦で試合開始早々に顔面を骨折したカイリー・アービングはフェイスガードを装着して戦線復帰し、ケガの影響を感じさせないプレーでチームを109-102の勝利へと導いた。ネッツは5勝8敗と負け越しているが、ホームではキャバリアーズ戦の勝利を含む3勝2敗と好調。アウェー5連戦を終えて本拠地に戻った試合とあって士気が高かった。セルティックスは立ち上がりに2桁のリードを奪ったものの、アレン・クラブ、キャリス・ルバートを中心に0-14のランを浴びて逆転されるなど苦しい戦いを強いられる。それでも後半、セルティックスはチームの柱であるカイリー・アービングとアル・ホーフォードを中心に押し返し、この2人の連続得点でリードを奪い返した。アービングはフェイスガードを着用してもプレーに影響はなく、勝負どころとなった第3クォーターの逆転の場面では、クインシー・エイシーとのルーズボールの争いでフロアに身体を投げ出す勇気あるプレーも見せた。その直後、ドライブに行ったところを止めに入ったエイシーの腕が顔面に入るシーンもあったが動じることはなかった。チームリーダーのガッツに背中を押され、ジェイソン・テイタムやジェイレン・ブラウンも積極的なプレーを披露。マーカス・モリスも20得点10リバウンドと活躍した。セルティックスは終盤もきっちりとゲームをコントロールし、ネッツに反撃の機会を与えない。第4クォーター残り2分を切って、アービングがフリースローのチャンスを得た時には、敵地であるにもかかわらず『MVP』コールが沸き起こった。The @celtics increase their win streak to 13 games behind 25 points from Kyrie Irving! pic.twitter.com/1bykTTvT2r— NBA (@NBA) 2017年11月15日アービングはプレータイムを制限して29分の出場に留まったが、25得点5アシストと復帰戦としては上々の出来。試合後はフェイスガードについてこう語っている。「安全のために一応着けているだけさ。この前は娘を寝かしつけようとした時に骨折の箇所を叩かれたんだけど、泣くのをこらえるのに必死になるぐらい痛かったからね」2012年に顔を骨折した際には黒いフェイスガードを装着したが、今回は透明のもの。「このほうが視界が確保できる。着け心地は最悪だけど、どうやらSNSでは人気みたいだから」と上機嫌で語る。あと2週間ほどは着用することになるそうだ。次はウォリアーズ戦。セルティックスは13連勝、ウォリアーズも7連勝と絶好調の両チームだけに注目が集まるが、アービングはその状況を楽しんでいる。「13連勝は素晴らしいものだ。ウォリアーズがボストンに来て連勝が止まるのかどうか、メディアは大騒ぎだろうね」フェイスガードを装着しての復帰戦のパフォーマンスは上々。ウォリアーズが相手でも十分に勝算があると、カイリーは自信を持っている。On military appreciation night in Brooklyn, @KyrieIrving wanted to thank some soldiers in attendance himself pic.twitter.com/s7Hk6D9Pog— Boston Celtics (@celtics) 2017年11月15日2017/11/15NBA&海外
-
秋田ノーザンハピネッツの『シンボル』田口成浩、B1を意識しつつB2の戦いに集中する『覚悟のシーズン』を歩む「早く始めた分だけ完成度が高いんです」1年でのB1復帰を目指す秋田ノーザンハピネッツは開幕11連勝と最高のスタートを切り、開幕から1カ月にして『昇格は半ば決まり』との印象を周囲に与えている。しかし、キャプテンの田口成浩は「そんなこと、全く思っていないですね」とこれを明確に否定する。チームの出来に十分な手応えを感じていてもなお、田口はスタートダッシュの要因を「開幕時点での完成度が高いから」と見なし、油断するまいと気を引き締めている。「チームを作る段階で、8月1日から外国籍選手も含めて一緒に合流してやれました。だから完成度が高いんです。選手同士のコミュニケーション、ヘッドコーチの言っていることを理解する時間は、早く始めた分だけ僕らが一番長かったんです。でも、このままずっと行くとは思いません。レギュラーシーズン最後の60試合目までを戦って、プレーオフで勝って、それでやっとB1に上がれるわけですから気は抜けません」B2での戦いに集中する田口だが、その一方でB1については「常に意識しています」と言う。「B1とB2のレベルの違いを自分は肌で感じています。今はB2で勝てていますが、『今のプレーはB1だったらやられていたな』みたいに、B1のレベルを意識しながら見ている部分はあります。B2に合わせるのではなく、B1で勝てるバスケをしていかなければならない。より高いレベルで物事を考えて一つひとつ勝っていこうと常にヘッドコーチからも指示されるので、それをチームで共有しています」「今シーズンは覚悟の1年だと思っています」ヘッドコーチが代わり、田口の起用法にも変化があった。シューティングガードの1番手という立場は変わらないが、『出ずっぱり』だった昨シーズンに比べて出場時間は短くなり、ここまで11試合で4試合はベンチスタート。2連戦でともに先発出場したのは信州ブレイブウォリアーズ戦だけだ。タイムシェアは理に適っているとしても、先発を外れることに戸惑いはないのだろうか? 「今シーズンは覚悟の1年だと思っています。使われるのも使われないのも覚悟。勝つことがすべてなので、プレータイムとか先発とか、個人のスタッツも正直どうでもいいです。とにかく勝てればOKなんです」話を聞いたのは10月29日の仙台89ERS戦の試合後。この日のプレーを例に挙げて田口は説明してくれた。「自分はファウルで下がりましたが、その後に周りの選手がカバーして良い流れをつかんでくれました。それでダメなら自分がまた行ったかもしれませんが、今日はサポートする選手が一人ひとり役割を果たした中で勝てました。『なんで俺じゃないんだ?』とは全く思わなかったです。ベンチで『よし、このまま行け!』と思っていました」システマチックな新スタイルは『効果抜群』ペップヘッドコーチの新しいバスケットに、田口は大いに刺激を受けている。前から激しく当たるハードディフェンスは試合を見れば一目瞭然の特徴。だがそれだけではなく、攻守に渡り決まり事が増えたシステマチックなバスケを採用している。「決まり事しかないですよ」と田口は苦笑しながらも、その『効果抜群』ぶりをこう語る。「相手のディフェンスの弱いところ、自分たちの強いところを比べながら、今はどこを突きたいのかを明確に指示してくれます。それをやらないと相当怒られます。今まで11試合やってきましたが、前半に指示を守らなくてハーフタイムに激怒されて、それで後半に指示どおりにやったら『めっちゃうまく行くじゃん!?』みたいなこともありました」「ボールを持った時、コーチの指示が右だったとしても、左が空いていたら思わず左にパスしちゃうじゃないですか。でも、コーチは『そこを突きたいんじゃない』、『我慢してこっちにしなさい』と言うんです。それをやることで次の動きが生まれます。指示どおりにやると、空いていない方向にパスを出したのに不思議なぐらいうまく行ったりする。そんな経験が何度もある中で、自分たちも『だからみんなで指示をこなそうぜ』という感じになっています」「チームで大事な時間帯をしっかり戦えるように」そんな中、自分自身のレベルアップにも田口は意欲的に取り組んでいる。今シーズンの彼が目指しているのは、試合の流れに影響を与えられる選手だ。「バスケットは流れのスポーツで、片方のチームに流れがずっとあることはありません。試合の大事な時間帯、ここぞという場面を自分が理解できるようになるのがまず目標です。40分間のすべてが大事ではありますが、相手に流れが行きそうなタイミングでの1つのプレー、チームに流れを呼び込む1つのプレーを判断し、それをチームメートに共有して、チームで大事な時間帯をしっかり戦えるように。それを伝えられる選手になりたいです」個人のスキルアップではあるが、そのアウトプットはチームのためを想定している──。なんとも田口らしい目標だが、そう伝えると彼はわずかな照れ笑いを浮かべながらこう言った。「状況を読む力と伝える力が必要なので、相当難しいことだと思いますけど、もう28歳なんで。ミスも経験にして今後に生かせられるようにやっていきます」2017/11/02Bリーグ&国内
-
自慢のドライブで秋田ノーザンハピネッツのエースに! 強気で攻める中山拓哉「絶対にレイアップまで持っていくつもりで」「2部に落ちたことも経験に」Bリーグ初年度の昨シーズン後半戦、特別指定選手として秋田ノーザンハピネッツに加わった中山拓哉は、同期で最も印象に残る活躍を見せた。特別指定選手の多くが『お試し』の数分間しかコートに立てない状況で、中山はきっちりローテーション入り。22試合に出場し、うち5試合では先発も務めた。秋田を選んだ理由を中山はこう言う。「最初に声をかけてくれたのが秋田でした。それと、入った時点から試合に出たいという思いもありました。Bリーグになって注目される中、ブースターさんの存在も大きくて、プロ選手になるからには応援してもらえるチームはすごく良いと思いました」試合に出ることで経験を積みたい中山と、即戦力を求める秋田。どちらにとっても好都合な加入だった。しかし秋田は残留争いを強いられ、最終的にはB2へと降格している。それでも中山は自分の選択を後悔してはいない。「他の特別指定選手よりもたくさん試合に出て、絶対にみんなより良い経験ができた。2部に落ちましたが、その経験もみんなができることではないと思って。またここから頑張らないといけないぞ、と言われているような感じです。だから降格が決まってショックでしたが、次の日から練習を再開しました」今夏を筋トレに費やした中山は、一回り身体を大きくして今シーズンを戦っている。「昨シーズンは数字も思っていたより出せたのですが、それは僕だけ対策されていなかったからです。だから、できていた部分は、次のシーズンになったらできなくなる。そういう気持ちで夏のトレーニングをやりました」「ドライブをしなくなったら空気になっちゃいます」中山の武器は一瞬の加速で相手を抜き去るドライブだ。フィジカル強化はこの面にも大きくプラスに働き、スピードだけでなくパワーでも相手を圧倒できるようになった。「ドライブは僕の強みだし、ゴールまでしっかり行けています」。そう言い切るだけの自信がある。プロの世界でも全く躊躇することなくガンガン攻める強気の姿勢はどこから生まれているのか。そう質問すると中山は「僕がオフェンスで貢献できるのはそこしかないので」と笑った。「僕がドライブをしなくなったら空気になっちゃいます。行けると思ったら絶対にレイアップまで持っていくつもりでやっています。それに、シュートまで行けなくても相手のディフェンスは収縮するのでシューターが空いたり、何らかのプラスにはなりますから」そのドライブは東海大で磨いたもの。「これまでドライブで抜けないと感じた相手は?」との問いへの答えは田中大貴だった。ただ、それはアルバルク東京との対戦ではなく、中山が東海大に入学してすぐ、当時4年の田中とのマッチアップだ。「当時からめちゃくちゃうまかったです。ドライブに行っても身体でドンと止められちゃいました。ディフェンスだけじゃなく、何をやっても一番できるんです」という存在だった。その田中がトヨタ自動車のスタープレーヤーとして活躍する姿を見ながら、中山は「あのレベルまで行けばプロでも通用する」と努力を重ねてきた。その結果が今のドライブ。「フィニッシュがあまり良くなかった試合はありますけど、ドライブで何もさせてもらえなかった試合はないです。レイアップまでは行けます」と、やはりドライブに関しては自信満々だ。課題の外角シュートも「これから強みになる」そして今シーズン、そのドライブはさらなる進化を遂げようとしている。秋田の新たなヘッドコーチ、ペップ・カナルスからはピックプレーの際に「ワンドリブルでレイアップまで行くことを意識するように」とアドバイスされている。「今まではピックを使う時に相手を見て行かない時もありました。でも、そこは僕のドライブを買ってくれていると思います。日本のコーチだったらピックを使ってワンドリでレイアップに行けとはまず言わないです。その面でより積極的になりました」一番の武器であるドライブを磨き、より効果的な使い方もマスターする。それと同時に、課題を克服して完璧なプレーヤーに近づくための努力も怠らない。「オフェンスの面ではいくらドライブがすごくても、もっとシュート力を付けないと止められてしまうので、そこは改善する必要があります。外角のシュートはあまり試合で入っていないので。でも、そこは練習でどうにでもなるところですから、今はただの練習不足。これから強みになると思って練習します(笑)」と心強い。ディフェンス面では「1番から3番まで付けるように。僕より10cm大きい相手を止めるにはフィジカルで押し込まれないような身体作りが必要です」と言いつつも、「スティールやリバウンドで数字も残せるようになってきたので、入った頃よりは良くなっています」と早くも収穫を得つつある。中山が考える『一流のプレーヤー』とは、常にチームに必要とされる選手だ。「このプロの世界で僕がずっと秋田にいられるか分からないし、ヘッドコーチもいつ代わるか分からないです。でも、どこのチームでも誰がヘッドコーチでも必要とされる、そんなプレーヤーが一番価値が高いと僕は思っています。そういうプレーヤーになっていきたいです」中山は今の自分を客観的に見ることができている。絶対的な武器があるから自信がブレないし、弱点を理解し改善に努める。明確に描く『理想のプレーヤー』に一歩ずつ近づいているのだ。2017/11/01Bリーグ&国内
-
チームもポジションも変えて生まれ変わった小野寺祥太、急成長する『新人司令塔』が秋田ノーザンハピネッツを牽引する経験の浅い22歳がローテーションの一角で個性を発揮小野寺祥太は22歳。チームメートの中山拓哉のように今年の春に大学を卒業したルーキーたちと同学年だが、高校卒業と同時に岩手ビッグブルズに加入したため4シーズンのプロ経験がある。地元の岩手での4年間でシーズンを重ねるごとにプレータイムを伸ばしてきた小野寺は、この夏に秋田に加入した。スタメン出場5試合、ここまで1試合平均約20分のプレータイムを得て開幕からの11連勝に大きく貢献している。B1を戦っていた昨シーズン、秋田のポイントガードは安藤誓哉が33.8分出場とほとんどの時間を担っていた。しかし今シーズンはタイムシェアを徹底。安藤が去ったポイントガードは36歳の水町亮介、30歳の徳永林太郎、そして若い小野寺の3人がローテーション起用されている。若い自分が、チームに入ってすぐこれだけのプレータイムを得られるとは思っていなかった。「そこは本当にチャレンジでした。他のポイントガードの選手に勝てるのか不安はあったし、練習から苦しいところもありましたが、先輩方のアドバイスのおかげで今があります」と小野寺は言う。「水町選手はコートでコントロールできますし、ディフェンスでプレッシャーをかけられます。徳永選手はエネルギッシュにディフェンスやルーズボールに絡むし、得点能力もあります」と先輩たちを評する小野寺。自分については「前からプレッシャーをかけ、アグレッシブにアタックすることが求められています」と話す。自分がどんなポイントガードなのか、そのスタイルはこれから作っていくものだ。昨シーズンまでの小野寺はシューティングガードであり、本格的にポイントガードに取り組むのは秋田のヘッドコーチ、ペップ・カナルスによりコンバートされたこの夏から。試行錯誤の中で結果を出しているのが秋田加入から現在までの小野寺なのだ。シューティングガードからのコンバートは「大変」ポイントガード転向を言い渡された時のことを「不安のほうが大きかったです」と明かす。キャリア初の移籍と同時にコンバートされるのだから、不安を抱くのも無理はない。しかし、激しいディフェンスを第一に掲げるコーチペップの下、前からプレッシャーをかける役割を小野寺は全力でこなしている。「これまでやったことのないプレーを求められているので最初は大変だったし、今もまだミスが多いですが、ペップが求めることを確実にやるのが今の目標です」ポイントガードに転向した彼にとって一番の課題は試合のコントロール。ポイントガードだけが託され、経験がモノを言うこの役割を小野寺は猛勉強中だ。「コントロールすることはすごく難しいです。常に試合の状況を見てコールを出してボールを持っていく、その部分ですごく苦労しています」ポイントガードとしての経験は浅くても、相手のプレッシャーが来てもボールをコントロールし続け、状況を見てコールを出し、チーム全体を動かさなければならない。悩めるチーム最年少にとって心強いのは周囲のサポートだ。「みんな僕が言ったプレーをしっかり遂行してくれるので、その点はすごく助かります」と言う小野寺は、加入当初のことを振り返り「先輩たちがすごく明るく接してくれて、すぐに馴染めました」と周囲への感謝を忘れなかった。『B1仕様』のプレーヤーを目指して切磋琢磨小野寺の強みは今シーズンここまで平均7.5得点を記録している得点力。本人も「得点にはアグレッシブに絡んでいるので、あとはもう少しアシストを増やしていければいいですね」と、ディフェンスやゲームコントロールが話題だった時とは違って自信をのぞかせる。「もともとドリブルは得意じゃなかったのですが、秋田に来てからの数カ月で上達したと感じているんです。ターンオーバーも少ないので、ドリブルはうまくなったと思います」指揮官ペップは「全員が戦力で、そこに序列はない」というポリシーの持ち主。プレータイムをシェアするのはもちろん、スタメンも日替わりで、それは試合開始直前まで選手にも明かされない。ただ、この方針は選手のモチベーションを常に刺激するという意味でプラスに働いている。若い小野寺にとっては特にそうだ。「練習の日はもちろん、試合前のアップの間もヘッドコーチにアピールするつもりでエネルギッシュにやっています。先発でもベンチでも、いつでも準備できているのが大事だと思っています」地元の岩手を離れて秋田にやって来たのは、もっともっとレベルアップして、B1でプレーするため。だから今シーズンのB1昇格は最低限のノルマで、小野寺はこの1シーズンで『B1仕様』のプレーヤーになるべく切磋琢磨している。開幕から11連勝、チームには勢いがあり、小野寺もそこに貢献している自信がある。「B1を目指して、この調子で頑張っていきます」と力強く語る、若きポイントガードの成長のスピードはまだまだ上がりそうだ。2017/10/30Bリーグ&国内
-
「真剣勝負で」を強調した高橋憲一の引退試合、秋田ノーザンハピネッツと仙台89ERSのファンに最後のプレーを披露「確率が悪い」と苦笑いするも「楽しかったです」10月29日、秋田ノーザンハピネッツと仙台89ERSの前に高橋憲一引退記念試合が行われた。11時という早い試合開始にもかかわらず、秋田県立体育館はほぼ満員の大盛況に。高橋憲一を擁する『Ken's team』には秋田工業、東北学院大、日立電線ブルドックス、そして仙台と秋田でともにプレーした仲間が集結。高橋が「やるからには真剣勝負で」と強調したとおり、全員がこの試合のためにコンディションを作って臨んだ。対戦相手は高橋の母校、東北学院大。こちらも高橋から「真剣勝負で」と依頼され、引退試合らしからぬ『ガチ』の試合が展開された。試合は運動量で勝る東北学院大が先行するも、この試合のためにフロリダから来秋したボビー・セントプルーがインサイドを支配して反撃に転じる。高橋が得意の3ポイントシュートを2本連続で決めて逆転した後は『Ken's team』がリードする展開に。試合終盤、左サイドでフリーになった高橋にボールが渡る。指先まで集中したフォームから放たれたポイントシュートが高いアーチを描く数秒間は沈黙したアリーナが、ボールがネットを揺らすと同時に歓声で爆発した。試合は68-46で『Ken's team』が勝利している。一度もベンチに下がることなくフル出場、27得点を挙げた高橋は「序盤で息が上がってしまって、しばらくすれば収まるかと思ったんですが、ずっと苦しかったです。結果的に点数は取ったのですが確率が悪いので、もうちょっと決めたかったですね」と苦笑い。それでも「国内外から仲間が集まってくれて、最高の環境で引退試合をやらせてもらって感謝です。本当に楽しかったです」と満面に笑みを浮かべた。その後に行われたセレモニーでは「引退を4カ月前に決めました。本当はもう1年プレーして、みんなでB1に戻ってやめたかったのですが、その機会は得られませんでした。復帰したいな、もう一度この舞台で戦いたいと思うのかと思いましたが、今はアンバサダーの仕事を楽しくさせていただいています」と挨拶。キャリアを通じて所属した4クラブのチームカラーをあしらった花束を贈られ、ファンや関係者への感謝を語った高橋は、万雷の拍手で送られた。2017/10/29Bリーグ&国内
-
[引退インタビュー]高橋憲一(秋田ノーザンハピネッツ)東北で全うしたプロキャリア、感謝と学びの11年を語る(後編)高橋憲一は今夏、36歳での現役引退を決断した。仙台89ERSと契約してプロ選手になった2006年から、岩手ビッグブルズ、青森ワッツ、そして秋田ノーザンハピネッツと、東北のクラブを舞台に11シーズン続いたキャリアはここで終了となった。生まれ故郷の秋田で引退することを本人は「光栄」と言う。10月29日の秋田vs仙台の試合前に組まれた引退試合を前に、ここ一番の勝負どころで決めるシューターとして、プロフェッショナル精神を体現するチームリーダーとして、高橋が歩んできたキャリアを振り返ってもらおう。[引退インタビュー]高橋憲一(秋田ノーザンハピネッツ)東北で全うしたプロキャリア、感謝と学びの11年を語る(前編)「練習でやったことが試合で出るのは当たり前です」──現役時代を通じて、プレーする姿からは『寡黙な職人タイプ』という印象を受けます。自分では、話すのが苦手だとは思わないんですけどね。チームを第三者的な視点で見て、何が必要かを伝えたり、自分で表現しようとしてきたつもりです。でも、試合の時はあまりしゃべらないですね。「バスケットは習慣のスポーツ」と言われますが、試合より練習のほうが圧倒的に時間が長いので、練習でやったことが試合で出るのは当たり前です。だから試合で特別に何かを言うのではなく、普段の練習から積み上げることを意識していました。試合の時は本当に必要だと思ったこと以外はあまり発言しません。それが『寡黙』と見られたのかもしれませんね。──日々の練習で一つひとつ積み重ねるという意識は強かったですか?そうですね。今日のプレーはどうだったか、それぞれのドリルでどんな出来だったか。その振り返りは毎日必ずやっていました。あとはNBAを見たりして外からの情報を得て、自分の技術を伸ばすためにどう取り組めばいいのか、そんなことをいつも考えていました。──NBAが大好きなイメージがありますが、刺激を受けた選手を一人挙げるとしたら?学生の頃はマイケル・ジョーダンが大好きでしたが、ここで挙げるのであればマヌ・ジノビリです。キャリア終盤の僕はずっとベンチスタートで、彼も同じような状況でした。得点力もあるけど、周りの選手を生かす力に長けている。フリーの選手に確実にボールを渡したり、ディフェンスの裏をかいたり。状況判断の良さが際立っていて、そこは勉強していました。「あきらめることも別に逃げや弱さじゃない」──今シーズンから秋田のアンバサダーを務めています。選手に近い立場でチームを見ていると、「プレーしたい」という気持ちになるのでは?戻りたいという気持ちはありません。「もう少しやっておけばよかった」、「まだやれたのに」という気持ちが出てくるのかと思いましたが、意外にさっぱりしています。バスケットが嫌いになったわけじゃないですが、きれいに終わることができました。それはなぜかと考えると……必要とされていないことに気付いて、それがはっきり分かったのであきらめがついた感じです。負けず嫌いな性格なので、もっと若かったら「まだやれるのに!」と思ったかもしれません。でも、あきらめることも別に逃げや弱さじゃないことを僕はこれまでの人生で学びました。それも選択肢の一つという感じです。「続けるか、辞めるか」の選択をしただけで、それですべてが終わってしまうわけではないので。その考えもプロになったおかげで得たものです。20代前半までは物事を悲観的に考えがちでしたが、プロ生活を続ける中で考え方に柔軟性が出るようになりました。それまでは「これはこうでなければいけない」という感じだったのですが、それが昔より減りました。──今は秋田のアンバサダーを務めていますが、その先も含めたセカンドキャリアをどう考えていますか?バスケットをずっとやってきたので、それを少しでも生かせる何かが見つかればいいと思うのですが、まだ模索中です。もう一つベースにあるのが、自分がやりたいことにこだわらず、誰かに必要とされることがあれば前向きに考えたい、ということです。それはバスケット以外のことかもしれません。違う業界でも何でも、必要とされるのは簡単なことじゃないと思いますし、それでまた得られるものも多いはずなので。──高橋憲一にとってプロキャリアとは何だったのでしょうか?情熱大陸っぽくなってきましたね(笑)。難しい質問なので簡単には答えられませんが、以前の僕は「バスケットを辞めたら死んでもいい」と言っていました。「辞めたらどうする?」と聞かれて「それなら死んでもいいや」という感じです。それはバスケが命で、生活そのものであり、生き甲斐だったからだと思います。でも、今は考え方が柔軟になってきて、セカンドキャリアについてもいろんなことにチャレンジしてみたいと考えるようになっています。「やるからには真剣勝負で、しっかりやりたい」──10月29日の秋田vs仙台の試合前には引退試合が行われます。楽しみにしているファンも多いと思います。実は、現役を退いた以上は人前に出てバスケットをするのはやめておこうと思っていたんです。それでも長谷川さんに相談したら、ブースターの前に出てしっかりと今までの感謝の気持ちを伝えるべきだと言われました。現役最後の試合でB2降格が決まって、そこで「引退します」とは言えなかったので、その機会がなかったんです。最後の晴れ舞台なので、現役時代さながらのコンディションで臨むつもりでいます。ずっとこの日に向けてトレーニングしています。やっぱり、お客さんに見ていただくからには中途半端なものは見せられない。より良いものを見ていただきたいと思っています。相手は僕の母校である東北学院大学。県で1位になるようなチームで決して弱くはないのですが、勝つつもりです。──笑顔でプレーするのではなく、ガチの試合になりますか?僕はそのつもりです。やるからには真剣勝負で、しっかりやりたいです。参加してくれる選手にも「なるべくコンディションを上げてきてください」と伝えてあります。なので、おじさんたちは今、みんな頑張っているんです(笑)。──では真剣勝負という前提で、目標のスタッツをここで宣言していただけますか。20得点5アシストぐらいは。──では最後に、これまでの現役生活を振り返って、かかわってきた方々へのメッセージをお願いします。11年間プロでプレーさせてもらいました。どこのチームに行っても応援し続けてくれた方がたくさんいて、そういった人たちに支えられてこのキャリアがあるのだと思います。自分だけでは11年もプレーできませんでした。ブースターの皆さん、コーチ、チームメートを含め、いろんな人と出会えたおかげでキャリアが伸びました。バスケットの技術や知識を得られたのはもちろんですが、何よりも人間的に成長できたことがプロになって一番良かったことだと思います。皆さんとの出会いがあったことで、自分の価値観も変わりました。それは皆さんのおかげです。ありがとうございました。2017/10/28Bリーグ&国内
-
[引退インタビュー]高橋憲一(秋田ノーザンハピネッツ)東北で全うしたプロキャリア、感謝と学びの11年を語る(前編)高橋憲一は今夏、36歳での現役引退を決断した。仙台89ERSと契約してプロ選手になった2006年から、岩手ビッグブルズ、青森ワッツ、そして秋田ノーザンハピネッツと、東北のクラブを舞台に11シーズン続いたキャリアはここで終了となった。生まれ故郷の秋田で引退することを本人は「光栄」と言う。10月29日の秋田vs仙台の試合前に組まれた引退試合を前に、ここ一番の勝負どころで決めるシューターとして、プロフェッショナル精神を体現するチームリーダーとして、高橋が歩んできたキャリアを振り返ってもらおう。「地元で最後を迎えられる選手はなかなかいない」──現役引退お疲れ様でした。まずは引退を決めるまでの経緯を教えてください。秋田で契約更新できないことが決まり、移籍も考えました。年齢を重ねるごとに契約更改の時期は選手を続けるかどうかを意識するものです。秋田に来る時点で長谷川(誠)さんに「引退するなら秋田でじゃないか」と誘ってもらったこともあり、『地元で引退』というのは頭にありました。地元で2年プレーさせてもらい、他のチームで引退するよりも今だろうと。ケガがあったわけではないので、体力的にはまだ続けられたと思います。でも、地元で最後を迎えられる選手もなかなかいませんからね。ここは自分が生まれ育ち、高校までを過ごした場所です。人としてもバスケットボール選手としても、僕はここで育ちました。──青森ワッツから秋田に来た2年前の時点で、引退は頭にあったわけですね。そうですね。青森で再契約しないとなった時、それまでと違って引退を本気で意識しました。それでも長谷川さんに誘ってもらって、もう一度気持ちが奮い立ったんです。bjリーグの最後の年とBリーグの最初の年、この2つを地元で迎えられたのはキャリアの中でも格別の出来事です。リーグの節目の年に選手でいられるだけでも特別なのに、それが地元のチームでというのは、そう簡単に経験できることではありません。──キャリアを振り返ると、良いことと悪いこととどちらが印象に残っていますか?もちろん、やり残したこともありますよ。僕は優勝を経験していないし、リーグのベスト5にも選ばれていません。そこは残念でした。あとはケガをしたり、試合に出られなくて辛い思いもしています。でも、それ以上にたくさんの人との出会いがあり、選手として勝ち負けだけが大事ではないことを学び、人としてどう振る舞うべきか、言動や身だしなみも勉強させてもらいました。今後、セカンドキャリアを生きていく上での土台を作ってもらったと感じています。そういう意味ではネガティブなことよりもポジティブなことのほうが圧倒的に多かったですね。「出れない時期を経験して学べたこともあります」──プロ選手になる以前も含め、現役生活の中で一番大きな変化は何でしたか?やっぱり学生とプロでは違いますね。高校や大学の時は、自分がどれだけ点を取ってチームを勝たせるかにフォーカスしていたんですが、その後のキャリアでチームとして戦うことの大切さだとか、チームメートやコーチングスタッフ、フロントや会社へのリスペクトを学びました。正直、若い頃は「コートに出ている5人以外は試合に関係ない」ぐらいに思っていました。でも、自分が控えに回ったり試合に出れない時期を経験して学べたこともあります。大きなきっかけは、プロになった一番最初にコーチをしてもらった浜口炎さんとの出会いです。バスケットのことも基礎から教えてもらいましたが、それ以外のこともたくさん教えてもらいました。自分の考え方が変わるきっかけになったし、それがあったからそれ以降のキャリアがあるんです。炎さんと出会わず、そういう考え方に触れなかったら、もっと早い段階でキャリアを終えていたと思います。──チームメートやライバルで良い刺激を与えてくれた選手を一人だけ挙げるなら?仙台で一緒だった日下光ですね。仙台に入った時のキャプテンでした。彼はもともと周囲との協調性を大事にしたり、人間として曲がったことのできない、当たり前のことを当たり前にやれる人間です。年下ですけど良いお手本でした。原動力となったのは「絶対に負けない」という気持ち──やり残したこととして「優勝していない」という話がありました。チャンスがなかったわけではないですよね。優勝できると感じたシーズンが3回ありました。震災の前年、クリス・ホルムとジーノ・ポマーレがいたシーズンと、あとは岩手にいた2シーズンですね。でも、その3シーズンともプレーオフで敗退しているんです。仙台の時は有明アリーナに行けずに負けてしまったことが本当にショックで、しばらく放心状態でしたね。ぼーっとしててクルマをぶつけました(笑)。ただ、切り替えて次に進んでいかないといけない。大事なのは負けからどう学ぶかなんです。そうやっていつも次のシーズンに向けて気持ちを高め、キャリアを続けてきました。僕は負けず嫌いなんです。走るのもドリルも、超負けず嫌い。高校では能代工業が大きな壁で、もちろん勝てなかったのですが、「絶対負けない」という気持ちは持っていました。それは大学でもプロでも同じ。全国で一番になれればいいんだけど、それがダメなら東北で一番、それもダメなら県で一番。それもダメだったらチームで一番とか。そうやって目標設定していました。それでも能代には勝てなかったですね。自分がいかに点を取って能代を倒すかを考えていたのですが、とにかく強かった。公式戦で当たったのは3回ぐらいですかね。いずれも50-100ぐらいで負けています(笑)。──今でこそ笑って話せますが、当時は悔しさをバネにして頑張っていたんですよね。そういう気持ちは常にありました。大学でも、東北では勝てても全国に行けば関東の大学は強いです。どこに行っても必ず壁はありました。それに、昨シーズンの自分をどう超えるかをいつも目標にしていたんです。スタッツで上回るとか、パフォーマンスで明らかに伸びているとか。そういう意識がありました。[引退インタビュー]高橋憲一(秋田ノーザンハピネッツ)東北で全うしたプロキャリア、感謝と学びの11年を語る(後編)2017/10/28Bリーグ&国内
-
長距離砲を乱れ打ったネッツが『本気のレブロン』を上回りキャバリアーズを撃破、ホーム3戦全勝で勝ち越し!追い込まれた終盤に3ポイントシュートに特化10月25日、ネッツは17本の3ポイントシュートを決めてキャバリアーズを打ち倒した。この対戦の前まで2勝2敗と好スタートを切ったネッツだが、長期離脱中のジェレミー・リンに続きディアンジェロ・ラッセルまでケガで欠く苦しい布陣。立ち上がりからレブロン・ジェームズとケビン・ラブ中心の攻撃を止められず2-11とビハインドを背負うが、デマーレイ・キャロルの連続3ポイントシュートで反撃開始。ここから接戦に持ち込む。55-52と3点リードを迎えた後半にネッツが走る。アレン・クラブが立て続けに3ポイントシュートを決めて勢いに乗ると、そのクラブからのパスを受けたジョー・ハリスのキャッチ&シュートが決まり、第3クォーター残り2分で78-68とリードを2桁に広げる。それでも最終クォーターに入るとキャブズが反攻に転じる。本気モードに入ったレブロンを抑えられずに次々に失点し、11点あったリードがあっという間に1点に。タイムアウトを取るも流れを切ることができず、ラブの3ポイントシュートで92-94と逆転を許した。LeBron notches his first triple-double of the season with 29 points, 13 assists & 10 rebounds! #AllForOne pic.twitter.com/aIhoTxwLkD— NBA (@NBA) 2017年10月26日これまでのネッツであれば、『頑張ってもここまで』だったはず。ところが今シーズンのネッツは一味違う。スモールラインナップで、それまで以上に3ポイントシュートに特化。大きく動いてパスを呼び込み、シュートチェックが来ていても打てると判断すれば躊躇なく打っていった。そして残り43秒、スペンサー・ディンウィディーが正面で対峙するJR・スミス越しにロング3ポイントシュートを決めて106-104と逆転。直後、JR・スミスの3ポイントシュートがリングに弾かれると、リバウンドから速攻に転じてロンデイ・ホリス・ジェファーソンがトドメのジャンプシュートをねじ込んだ。レブロン・ジェームズは29得点10リバウンド13アシストのトリプル・ダブルを記録。しかし、レブロン以上に目立ったのはリン、ラッセルの欠場で先発出場のチャンスを得たスペンサー・ディンウィディーだ。4本の3ポイントシュートを含む22得点、勝負どころでの働きが光った。22 points ??6 assists ??5 rebounds ??@SDinwiddie_25 had himself a night! pic.twitter.com/iD3GnlRNCU— Brooklyn Nets (@BrooklynNets) 2017年10月26日チームとして46本の3ポイントシュートを放ち、うち17本を決めたネッツ。ケビン・ラブは敗戦後に「ドライブしてキックする。それをアップテンポでやってきた。ネッツは自分たちの武器を理解していて、それを最大限に活用したということだね」と語っている。3本の3ポイントシュートを含む19得点を挙げたクラブは「打て、打ち続けろ、次の1本は入るぞ、とみんなが声を掛け続けてくれた。その結果が今日の勝利だ」と語る。2日連続の試合、前夜に同じような接戦で競り負けていたこと、主力のケガ、そして相手はキャブズ……と不利な条件が揃っていたが、ネッツはあきらめずにチーム一丸となって戦った。ホーム3戦全勝で3勝2敗と勝ち越し。今シーズンのネッツは一味違う、その印象が決定的なものとなる勝利だった。2017/10/27NBA&海外
-
ネッツの司令塔ジェレミー・リンが開幕戦で右ひざ膝蓋腱断裂の大ケガ、シーズン絶望の見込み強力バックコートでチームを牽引するプランが破綻ペイサーズ戦の第4クォーター途中、自らボールをプッシュし、そのままリムにアタック。2人のブロックショットをかいくぐりレイアップシュートを決めた直後、右ひざに全体重がかかる形で着地。そのまま倒れ込んだリンは「もう終わりだ」と感情的に繰り返したという。スタッフに助け起こされたリンは、何とか自分で歩いてロッカールームに引き上げたものの、重傷なのは明らか。チームは昨日、右ひざの膝蓋腱の断裂により今シーズンを全休する見込みであることを発表した。ショーン・マークスGMは「シーズン前から素晴らしい活躍を見せており、今シーズンはやってくれると期待していた。我々は彼の回復をできる限りサポートするし、彼もまた復帰のために全力を尽くすはず。ジェレミーは今後もネッツの重要な一員であり、引き続きリーダーシップを発揮してもらいたい」昨シーズンはケガの影響で36試合の出場に終わったリンは、万全のコンディションを取り戻して臨んだ開幕戦で悲運に見舞われた。昨シーズンのネッツはリンが出場したゲームで13勝23敗、リンが欠場したゲームでは7勝39敗。36%から15%へと勝率を落としている。リンがポイントガードを、そして新加入のディアンジェロ・ラッセルがシューティングガードを務めるプランが早くも破綻。ネッツにとっては厳しいスタートとなった。2017/10/20NBA&海外
-
新天地アルバルク東京で輝きを増す安藤誓哉、次なるステップは「どうやってクリエイトするか」「ディフェンスあってのアルバルク」と守備を強調昨日行われたアルバルク東京と横浜ビー・コルセアーズの一戦は、失点を57点に抑えた上で相手のゾーンディフェンスを攻略したA東京が82-57と完勝した。攻守両面で目立った働きをしていたのが安藤誓哉だ。特にディフェンスでは前線から激しいプレッシャーを与え、横浜のガード陣のゲームメークを遅らせた。いつも以上にアグレッシブだったそのプレーについて、「第1節、第2節と向こうが負けた後、激しく来るのに対して挑み方が足りないと言われていたので、今日こそはもっと相手にプレッシャーをかけようと思っていました」と安藤は説明する。今シーズンからA東京を指揮するルカ・パヴィチェヴィッチは、日本代表のテクニカルアドバイザーとしてもディフェンスに注力していた。ルカの信条とするインテンシティの高いディフェンスを選手たちはコートで遂行した。「第3クォーターで崩れたと思います」と安藤が言う、後半立ち上がりの10分で喫した失点はわずか6。2戦連続で横浜を50点台に封じ込み、安藤は「ディフェンスあってのアルバルクだと思うので」とディフェンスの勝利を強調した。激しい打ち合いとなり97失点を喫した新潟アルビレックスBBとの第2戦を例外とすれば、他の5試合での平均失点は62.4。指揮官もメンバーも刷新された新チームで、ダブルチームやゾーンといったチームディフェンスよりも、個人が1on1に負けないことが堅守を支えている。「誰を引き付けて、誰にパスをするかの状況判断」昨シーズンに引き続き高いオフェンス力も健在だ。昨日の試合では完璧にゾーンディフェンスを攻略した。ゾーンの攻略には外角のシュートが必要不可欠となる。ディフェンスを動かしノーマークを作っても、フィニッシュが決まらなければ相手の思うツボだ。安藤は3本の3ポイントシュートをすべて沈め、効率良く13得点を挙げた。その安定したシュート力があるからこそ、ディフェンスはチェックに行かざるを得なくなり、ドライブが生きてくる。安藤はディフェンスを切り崩しゾーンを無効化。2アシストは数字だけ見れば物足りないように感じるが、言わば『アシストのアシスト』を何度も供給していた。「アルバルクのゾーンオフェンスはガードが起点で、スペースができてきていたので、そこでギャップを突いて良い攻め方ができたと思います」と、安藤自身も手応え十分だったようだ。また「ピック&ロールして誰を引き付けて、誰にパスをするかの状況判断をしっかりすることが大事。どうやってクリエイトするかというところです」とポイントガードとしての創造性がより必要と語った。リーダーシップをまとい、さらなる高みへポイントガードは『コート上の監督』と呼ばれることもあり、リーダーシップが問われるポジションだ。昨シーズンの秋田ノーザンハピネッツ時代には、平均33.8分というリーグ最長の出場時間に加え、得点にゲームメークと安藤にかかる負担は大きかったが、そういった意味ではリーダーシップは自ずとついてきた。安藤も昨シーズンを振り返り「分かります」とうなずく。だが今いるA東京では新旧代表選手が所属し、経験豊富な選手が揃っている。その中で若い安藤がリーダーシップを発揮することは容易ではない。それでも「こうやってタレント集団のアルバルクに来ましたが、自分のいる立ち位置はポイントガードなので、リーダーシップはもっと発揮していきたいです」とコート上でリーダーシップを取る気概は持っている。まだ個のイメージが強いA東京ではあるが、試合を重ねるごとに連携が高まり、チームとしての完成度は上がってくるはず。その過程で安藤がどこまでリーダーシップを発揮できるか。安定感と創造力を兼ね備えた『真のリーダー』の誕生が待たれる。2017/10/16Bリーグ&国内
-
「アジア系はドレッドヘアをするな」という理不尽極まりない批判にジェレミー・リンがスマートに対応「リスペクトの証」「僕は子供の頃、君のポスターを壁に貼っていたよ」ネッツのジェレミー・リンは両親が台湾出身の台湾系アメリカ人。2010-11シーズンにNBAデビューを果たし、NBA2年目のニックスでは、初先発から5試合で合計136得点を挙げる活躍で、ニューヨークで時の人となり、尋常ではないという英単語『Insanity』から『Linsanity』という造語が生まれるほどの社会現象を起こした。ホーネッツとネッツに所属するここ2シーズンはケガに苦しめられているが、今は厳しいチーム状況にあるネッツの再建に尽力している。そのリンはしばしば髪型を変えることで知られている。今シーズンはドレッドヘアで開幕に臨むつもりだが、これに噛み付く人物がいた。元オールスター選手で、ネッツでもプレーしたことのあるケニオン・マーティンだ。もともとSNSで乱暴な発言をすることの多いマーティンは、SNSにリンの写真とともに批判のコメントを掲載した。「ネッツがこの愚行を許していることに失望している。自分のラストネームが『リン』だと、彼にわざわざ教えてやらなけれないけないのだろうか。あんなふざけた髪型、俺のチームでは絶対にダメだった。『お前は黒人になりたいのか』とあいつに伝えてやってくれ。気持ちは分かるが、お前の名前はリンだ」アジア系のリンが黒人文化であるドレッドヘアをしているのが気に入らないのだろうが、これは明らかなアジア人蔑視で、許されるものではない。リンのファンを中心に批判が沸き上がる中、リンの反論は次のようなものだった。「大丈夫、君が僕の髪型を好きになる必要はないし、自分の意見を正直に伝えてくれたことに感謝している。僕はドレッドヘアをしていて、君は漢字のタトゥーを入れていて、僕はそれをリスペクトの証だと思っている。我々マイノリティはお互いの文化を理解して、メインストリームにより影響を与えていくべきだ」さらには「僕は子供の頃、君のポスターを壁に貼っていたよ」ともコメントしている。子供の頃にあこがれたスター選手から理不尽な批判をぶつけられたら、どのように感じるだろうか。しかも、NBAでは特にタブーであるはずの人種差別発言なのだから、『愚行に失望した』のはリンのほうだ。それでもリンは批判に批判で返すのではなく手を差し伸べ、なおかつマーティンのタトゥーを『イジる』ことで、ささやかながらウィットに富んだ仕返しをしている。残念ながら、人種差別的な考えはいまだに存在する。それは今回のケースが示すように、本来マイノリティであるはずのブラックアメリカンも例外ではない。リンは様々なものを背負い、他のプレーヤーとは別の『見えない敵』とも戦いながら、NBAで奮闘している。S M I L EJeremy Linさん(@jlin7)がシェアした投稿 - 2017 10月 8 8:13午後 PDT2017/10/11NBA&海外
-
2年目のBリーグは明日開幕! 日常から日本バスケットボールのスタンダードを引き上げる『ヘッドコーチの手腕』に注目!新ヘッドコーチが結果を出したアーリーカップバスケットを生業とするプロである以上、厳しい練習を行い、強さと勝利を求めるのが最優先事項である。しかしその一方で、プロであるにもかかわらず練習場の使用時間が制限され、思うように自主練習できないなど、環境改善は急務だった。まだまだ理想の環境を手にするクラブは一部かもしれないが、Bリーグがスタートしたことにより少しずつ周りの理解を得ながら整備されている。それを証明したのがアーリーカップであり、ファンを楽しませるに値するしっかりとしたバスケットを披露していた。B1のうち、9クラブがヘッドコーチを交代して改革に着手。アーリーカップを制したいずれのクラブも、新たな指揮官を迎えたばかりだった。準優勝まで範囲を広げれば、B2勢で争われた東北を含めた4地区8クラブ中、千葉ジェッツを除く7つのクラブがヘッドコーチを新しく迎えていた。客観的にチームを評価し、明確な改善点を挙げられたことでチームが上向いたのだろう。幸先の良いスタートは自信となり、新ヘッドコーチとの信頼関係も深くなったはずだ。GMが明文化されているクラブが少ない以上、その責任のすべてがヘッドコーチの双肩に懸かっている。だからこそ一切の妥協を許さない練習を強い、徹底した準備を行っている今シーズンは質の高いゲームが増えると期待できそうだ。新たなヘッドコーチがチームのポテンシャルを引き出す富山グラウジーズのミオドラグ・ライコビッチヘッドコーチ、アルバルク東京のルカ・パヴィチェヴィッチヘッドコーチはともにFIBAランキング3位のバスケット大国であるセルビアからやって来た『伝道師』である。これまで以上に厳しい練習を課しており、「試合の方が楽」とA東京のエース、田中大貴が漏らすほどだ。これまでの富山は、『練習をしないチーム』という話をチーム内外から耳にしてきた。しかし、ライコビッチが来たことで状況は一変し、宇都直輝は「ムチャクチャ厳しい」とそのイケメンをしかめていた。少なからずタレントは揃っており、練習さえすれば簡単に上向くポテンシャルがもともとあった。ようやく本来の力が発揮され始めただけであり、驚くような話ではない。B2の秋田ノーザンハピネッツもスペイン人のジョゼップ・クラロス・カナルスヘッドコーチが指揮し、アーリーカップではぶっちぎりの勝利を果たしている。B1復帰へ向けて早くも視界良好と言えよう。昨シーズン西地区最下位の滋賀レイクスターズは、ショーン・デニスヘッドコーチに再建を託した。デニスヘッドコーチはオーストラリアNBLを経て、昨シーズンは栃木ブレックスのアシスタントコーチとして優勝に貢献している。関西アーリーカップ決勝では、外国籍選手が1人しかいない中でも琉球ゴールデンキングスと対等に戦い、敗れたとはいえファンにとっては希望を持てる内容であった。40分間フルコートでプレーするスタイルを課すデニスヘッドコーチは、滋賀の勝利によって日本全体のレベルを引き上げようと画策しており、こんな話をしていた。「日本の選手はスピードとアジリティ(俊敏性)があるので、フルコートでのプレースタイルが合っている。このスタイルが日本のスタンダードになってくるだろう。ルカや(フリオ)ラマスさん(日本代表ヘッドコーチ)、そして佐々も同じことを考えており、我々で日本のレベルやスタイルを確立していき、国際舞台でも戦っていけるようにしていきたい」名前が挙がった琉球の佐々宜央ヘッドコーチは、これまで多くの名将たちに師事してきた。日本代表ではパヴィチェヴィッチや長谷川健志(現栃木ヘッドコーチ)の右腕として重責を担い、栃木時代には2006年日本で開催された世界選手権(現FIBAワールドカップ)でリトアニア代表を率い、アメリカ代表を破ったアンタナス・シレイカの下で学び、世界基準のコーチングを身につけた持ち主である。チーム一員である石崎巧とは東海大学時代の同級生であり、その時から選手とコーチの関係が続いている。ヘッドコーチとしてはルーキーだが、希有な経験をしており、それをどう自分なりに咀嚼して指揮するのかが楽しみである。ヘッドコーチ対決に見る開幕戦今週末に迫ったBリーグ開幕戦。ヘッドコーチの対決からその見どころを超簡単にオススメしよう。琉球(佐々ヘッドコーチ)vsSR渋谷(勝久ジェフリーヘッドコーチ)、横浜(古田悟ヘッドコーチ)vs滋賀(デニスヘッドコーチ)はいずれも新ヘッドコーチ同士の対戦であり、お披露目試合となる。栃木vs三河はかつて日本代表を指揮した日本人ヘッドコーチによる対決。特に三河は、「速いバスケットに取り組んでいる」と比江島慎が話していたように、23シーズン目を迎える鈴木貴美一ヘッドコーチは新しいスタイルに着手。対する長谷川ヘッドコーチは、青山学院大学のヘッドコーチ時代は天皇杯でトップリーグチームへのアップセットに挑み続けていた根っからのチャレンジャー。勝利に向かう2人の采配は注目である。ともに日本体育大、パナソニック(旧JBLチーム)をベースにした指揮官である西宮(天日謙作コーチ)vs千葉(大野篤史ヘッドコーチ)は、往年のバスケファンにとっても興味深い対戦だ。プロであり、センスがある選手を集めたBリーグでは、練習さえすればいくらでも向上できる伸びしろがある。これまでは学生時代に培った貯金だけで惰性的にやってる選手が多く見られ、期待以上の伸びを感じられずにいた。しかし、本格的なプロになったことで事態はようやく好転し始めている。磨けば光る原石ばかり。ヘッドコーチがなりふり構わず強化し、シーズンを通して信念を貫き通すことができたチームが、自ずと優勝争いに絡んでくるだろう。今シーズンはファンの皆さんも、昨シーズンよりワンランク上の基準で見ていただき、不甲斐ないプレーにはブーイングという愛のムチで選手たちを叱咤してほしい。東京オリンピックへの出場を懸けたFIBAワールドカップ予選がシーズン中にある以上、Bリーグを通してレベルアップしてもらわなければならないのだから──。2017/09/28Bリーグ&国内
-
ドナルド・トランプとステフィン・カリーの論争に端を発する論争にマイケル・ジョーダンも参戦、当然ながらカリー支持「言論の自由という権利の行使するすべての人を支持する」ドナルド・トランプ大統領とアメリカスポーツ界の亀裂は深まるばかりだ。人種差別問題に端を発して、ステフィン・カリーがNBA優勝チーム恒例のホワイトハウス表敬訪問に「No」の意思を示すと、トランプ大統領は「カリーが躊躇うのであれば招待を取り下げる」とTwitterで反応したのだ。NBAコミッショナーのアダム・シルバーもウォリアーズとカリーを擁護する中、バスケットボール界の『神様』マイケル・ジョーダンもバスケ界の一員としてコメントを寄せた。「言論の自由はこの国の基本的人権の一つであり、我々には長きにわたる非暴力かつ平和的な抗議の伝統がある。平和的に権利を行使し、自らの意見を表明する者が、悪者扱いされたり追放されてはいけない。この国における分断と憎悪が増している今こそ、我々は団結し、さらなる分断を生まないための方法を探すべきだ。私はアダム・シルバーと選手たち、言論の自由という権利の行使するすべての人を支持する」言うまでもなく、バスケットボールはブラック・アメリカンにより作られたスポーツだ。まだ肌の色による差別が当然のように存在した時代から脈々と続くバスケットボールには、『自由と平等を守る』という伝統がある。そして移民国家であるアメリカという国そのものも、自由と平等に対する意識は高い。強硬な態度で様々な敵を打ち破ってきたトランプだが、今回ばかりは分が悪そうだ。2017/09/27NBA&海外
-
東北アーリーカップ、B2東地区をリードする秋田ノーザンハピネッツが前評判どおりの強さを見せて岩手ビッグブルズを一蹴田口成浩や白濱僚祐など5人が2桁得点を挙げる完勝東北アーリーカップは昨日、2日目が行われた。準決勝の秋田ノーザンハピネッツvs岩手ビッグブルズでは、第1クォーターから29得点を奪う爆発力を見せた秋田が96-49と圧勝している。前日に青森ワッツとの接戦を制した岩手。秋田からこの夏に加入した藤江建典と菅澤紀行を中心にゲームを組み立てるが、抵抗できたのは最初の数分間だけ。谷口大智のコーナースリーを皮切りに11-0のランを浴びてあっという間に10点差を付けられてしまう。谷口はゴール下でのスピンムーブ、また終盤にもオープンのチャンスを逃さず2本の3ポイントシュートを決めて第1クォーターだけで13得点を荒稼ぎ。チームを勢いに乗せた。その後も安藤誓哉に代わる形で入ったポイントガードの徳永林太郎がゲームをコントロール、シュートセレクションが良く高確率で得点を重ねた秋田が終始主導権を握って12選手が全員得点を記録。田口成浩や白濱僚祐など5人が2桁得点を挙げる完璧な勝利を飾った。特に目立ったのは福島ファイヤーボンズから加入したナイジェル・スパイクス。センターで先発出場すると7本中6本(85.7%)と高確率でシュートを決め、10リバウンドと合わせてダブル・ダブルを記録。決めたシュートのうち4つがダンクと、『走れるビッグマン』として猛威を振るった。昨シーズンは外国籍選手の働きがイマイチだっただけに、総入れ替えした外国籍選手3人のうちB2経験のあるスパイクスには期待がかかる。スパイクスは4本のダンクを決める強烈なインパクト岩手は攻守両面で積極的にプレーしたが、クオリティの部分で秋田に後れを取った印象は否めない。積極的にプレスをかけるもボールホルダーに集中しすぎ、パスをさばかれて振り回された。また速攻に直結するターンオーバーが多く、攻めでも積極性が裏目に出る形に。逆に秋田は勢い任せではなく、冷静に試合を運ぶバスケIQの高さも目立った。相手の攻めに落ち着いて対応、24ものターンオーバーを誘い、イージーシュートの機会をきっちり作り出してはリードを広げていった。今シーズンから指揮を執るペップ・クラロスは「今日のチームは私たちが目指しているスタイルのディフェンスとオフェンスが形となって表れてきた。チームがチームとして考えてプレーし始めている」と手応えを語っている。東北アーリーカップは今日が最終日、13時から3位決定戦の仙台ERSと岩手が、そして16時からホストチームの山形ワイヴァンズと秋田が対戦する。新シーズンのB2東地区は東北6チームでの戦い。秋田の『1強体制』になるのではないかとの予想を裏付ける結果となるか、あるいは昨日、劇的な決勝ブザービーターで仙台を撃破した山形が意地を見せるか。注目の一戦となる。2017/09/10Bリーグ&国内
-
レイカーズから放出されたディアンジェロ・ラッセルがネッツの再興を誓う「相手が対戦を嫌がるチームになりたい」個性派集団は『勝利のマインド』を持って東をかき回せるか今夏レイカーズからネッツにトレードされたディアンジェロ・ラッセルは、NBAキャリア3年目で迎える新天地ネッツを根本から変えようとしている。44勝38敗を記録した2013-14シーズンを最後に3シーズン連続して負け越しているネッツだが、昨シーズンまでレイカーズを引っ張ってきたラッセルを始め、ニックス時代に社会現象となった『Linsanity』を起こしたジェレミー・リン、トップクラスの守備力を誇るデマーレイ・キャロル、昨シーズンNBA2位の3ポイントシュート成功率(44.4%)をマークしたアレン・クラブという曲者が集い、NBAきっての『個性派集団』に生まれ変わった。ラッセルは、ネッツが年に一度開催しているバスケットボールキャンプに参加した際、『NetsDaily』に対し「相手がウチとの対戦を嫌がるようなチームになりたい」と語った。「ここ数年は苦戦続きだし、対戦するチームの中にはネッツ戦になると主力を休ませるチームもある。俺はその傾向を改善させたい。これからはブルックリンにやって来るチームが『そうか、ここはニューヨークか。ファンの敵対心がすごかったんだ』と言わせたい」それにはファンの力も必要だが、まずはチームが勝てるようにならなければならない。ラッセルは、現在のチーム力に自信があると言う。「チーム全員が自信を持っているよ。個人的な意見だけど、俺は自分を危険な選手だと思うし、デマーレイ・キャロルもエッジが立っている。アレン・クラブだってそうだ。自分たちにできるベストを尽くしたい」プレーオフ進出という目標には踏み込まなかったものの、当然ラッセルの視野に入っているはず。だがまずは、対戦相手に嫌がられるチームになるべく、精神的なタフさをチームに浸透させることが重要だ。個性派集団というのはスター軍団ではない。一芸に秀でていたり、ポテンシャルを備えてはいても、安定して実力を発揮できなかったり、問題児だったり、何らかの理由を抱えて過小評価された選手が集まっている。ラッセルもその一人で、注目すべきタレントではあるがNBAを代表するスター選手というわけではない。ネッツが成功を収めるには、まずは彼ら一人ひとり勝利に貪欲になって弱小チームの意識を変え、その上でそれぞれの個性が噛み合う必要がある。決して簡単ではないし、この数年の出来を見る限り過度な期待はできないが、ネッツは東カンファレンスでも特異な存在だ。その変化と成長の過程を追いかける価値はあるのかもしれない。2017/08/27NBA&海外