原田裕作

静岡県沼津市の飛龍を率いる原田裕作コーチは、意欲的なチーム作りをする若い指導者の代表格と言える一人だ。NBAを始めプロのトップレベルのバスケをたくさん見て、そのエッセンスをチームに取り入れるのは、「日本のバスケを変えたい」という志があるから。飛龍は2017年のウインターカップで初の全国8強入り。2018年は優勝する福岡第一を相手に善戦したが、昨年は県予選を勝ち上がれず。「力のあるチーム」である今年、新型コロナウイルスの影響に振り回されながらも、選手それぞれが成長してチームもまとまり、ウインターカップで波乱を巻き起こす準備は整いつつある。

前半は我慢、後半で勝負を仕掛けるのが『逆転の飛龍』

──後編は飛龍高校の話をうかがいます。このチームは『後半の飛龍』とか『逆転の飛龍』と呼ばれていますが、後半に強いチーム、逆転できるチームを作ろうとしている、みたいな意識はありますか。

あります。ウチは選手同士でのコミュニケーションが多いので、前半は様子見みたいなところがちょっとあります。前半でとにかく情報を集める。スカウティングだけじゃなく、プレーしてみての情報を集めるんです。だから「前半は我慢だぞ」と私もよく言いますし、選手も「後半に一気に勝負を仕掛けるぞ」と思っています。

もちろん前半から行ければ良いのですが、特に相手が強豪だったり格上だとそうならないこともあります。そういう時は前半は我慢しながら対策を考えますし、選手たちも「ここをこうしたい」とか「もっとこういうプレーをしたい」という意見をどんどん出してきます。そして後半にディフェンスで仕掛けたり、オフェンスで仕掛けたり。そこでも相手のリアクションを見て、それに対しての準備もします。そこはチーム全体の共通理解として「後半で勝負」があり、相手がどんな強敵でも「後半は絶対にやれる」、「20点差からでも巻き返せる」というのが、戦術としてもメンタリティとしてもあります。

──チームを作る上でのテーマはありますか?

テーマというか大事にしているのは『準備する力』です。個人の準備、チームの準備、スタッフの準備やメンバーに入れない選手たちの準備も含めてです。練習に入る前の準備もありますし、そういう準備のことはとにかく口うるさく言います。レベルが上がれば上がるほど『準備する力』は大切になります。それは社会人になっても絶対に必要ですよね。準備しておいてダメなことはない。逆に準備してないのに何とかなっても、それはあまり次に繋がりません。次に繋がるような準備を常にしておく。後悔のないように準備しておく。これを大事にしています。

──一昨年のウインターカップでは1年生だった選手たちが、今の3年生です。今のチーム力はいかがですか。

今の3年生は力があります。今までの飛龍で一番選手が集まったし、1年生からメンバーに入っている選手もいます。キャリアの部分では歴代では一番です。ただ、みんなそこそこできるし、そこそこ武器は持っているんですよ。でも、そこそこしかやれない。大事な時に人任せにしたり、人のせいにしたり。それでまとまりきれないチームでした。

新人戦で思ったような結果が出ず、チームを変えなきゃいけないと思っていた時に新型コロナウイルスの影響で練習ができなくなりました。3月から5月は全くチーム練習ができなかったのですが、そこでいろいろ話をしていくうちに、3年生の何人かが大人になって、自分がバスケットをやっていることが当たり前じゃないことに気付いてくれました。私から特に言ったのは「こういう苦しい状況だからこそ3年生が後輩たちに見せられるものがあるんじゃないか」ということです。それが伝わった何人かが明らかに変わり、そこからチームも変わったと思います。

そこそこだったのが、一人ひとりが自分の武器を主張できるようになって、その主張を他の選手も受け入れられるようになり、そこで初めてちゃんとしたコミュニケーションが取れるようになりました。今までは上辺だけで、何となく「お前やればいいじゃん」ぐらいの感じだったんですけど、今はバスケの情熱をちゃんと持って本音で話せています。一人ひとりに自覚ができたことは普通に話していても感じます。バスケの話でもバスケ以外の話でも、今だったら進路の話とかでも考えて話せる3年生が多くなってきました。

原田裕作

「チームが勝つために、自分の武器をどう生かせばいいのか」

──高校生は大人に近いとは言ってもまだその手前で、今回のコロナのように厳しい状況に置かれたら勝手に大人になるわけじゃないですよね。何かの覚悟だったり、内面の大きな変化がなければ変われないと思います。何かアプローチはしましたか?

ウチは部活動が盛んな学校で、レスリング部なんかも強いんですけど、3月のいろんな大会はすべて中止になりました。4月に入った時には私も、インターハイ予選は絶対にできないし、インターハイもできないだろうと覚悟していました。ですが当時のニュースを見ると、バスケットどころじゃなかったので、選手たちにも「何が一番大事か、命だよ」という話をして。命を守ること、自分を管理することを学んでいるんだから、もちろんインターハイが中止になって苦しいけど、それを言い訳にせず自分にできることをまずやろうと伝えました。

特に3年生にいろんなアプローチをして寄り添いながら、全員で乗り越えようと言い続けました。苦しいのはウチだけじゃなく、日本も世界もみんな苦しいから、みんなで乗り越えるしかないんです。ただ、3年生には「なぜ自分たちの代で」という思いが間違いなくあるので、それは保護者も含めてこちらから寄り添って、特に2人のキャプテンとは話をしました。

──練習はどのように再開していったのですか?

帰省できなかった子もいて、寮にずっと引きこもっているのも身体に良くないので、体育館を1日2時間だけ開放しました。でも目的はあくまで健康維持で、チーム練習ではないので私も指導はしませんでした。その中でみんな自分たちのやりたいトレーニングを密にならないように考えながらやって、いつ全体練習が再開するか分からないですが3年生が新1年生にいろんな練習のやり方を教えたりだとか、再開に向けた『準備する力』を彼らが見せてくれました。その点でも3年生は成長したと思います。

──この選手がこういう面で大きく成長した、みたいなエピソードはありますか?

キャプテンの一人がU16日本代表に選ばれている保坂晃毅で、しゃべりはそんなに上手じゃないのですがプレーで引っ張るタイプの選手です。スピードは全国トップクラスで、力はあります。ただ、ずっと指摘してきたのですが自分の弱点と向き合うことがなかなかできないので、7月にBチームに落としたんです。練習を適当にやるわけではないのですが、自分がどういう立ち位置なのかを自覚できないうちはAに上げないと伝えて、そのまま変わらないのであればU16だろうが何だろうがウインターカップ予選も含めて使わないと私も覚悟を決めました。

Bチームで準備も片付けも全部やる中で、自分がやれているのは周囲のサポートのおかげであり、自分が適当にやると回りに与える影響が大きいんだと少しずつ気付いてくれました。最初はBチームでも一番下だったのですが、そこから少しずつ上げていって。そのあたりを考えられるようになって、プレーも変わってきました。これまでは身体能力任せで、好きなことだけやっていればいい、という選手でしたが、今ではチームが勝つために自分の武器をどう生かせばいいのかを考えてプレーしています。

──ベンチではかなり厳しく見えますが、話しているとクールで温和な印象です。コートを離れた原田先生はどんな性格ですか。

優しいですよ(笑)。オンとオフは切り替えているつもりです。バスケット部の子からすると切り替えられなくて、厳しい、声を掛けづらいとかあるかもしれませんが、3年生にもなると必要なことは絶対に伝えてきます。スタッフは4人いて、私がヘッドコーチでアシスタントコーチが2人、また部長がいるんですけど、私に対してコミュニケーションを取りづらい時はアシスタントコーチや部長の先生を通して伝えるとか、とにかくコミュニケーションは取れるようにしています。

バスケットボールにおいてはある程度の厳しさは必要なので厳しくなりますが、11年間担任をやっていて生徒に怒ったことはほとんどありません。そこはメリハリを付けているつもりです。バスケ部以外の卒業生と一緒に食事に行くこともありますが、確かに「部活の時は怖いけど、クラスでは全然怖くないよね」なんて言われますね(笑)。

原田裕作

「ここまで突き詰めれば戦える、という姿を見せたい」

──飛龍のバスケ、原田裕作のバスケはどんなスタイルですか? 堅守速攻でありながらIQも求められるバスケにも感じますが。

全国に出るまでは堅守速攻でした。でもそれだけでは全国では勝てないと分かったので、そこからフィジカルとIQを取り入れて、今は選手が自分たちで考えるバスケを大事にしています。

今のウチはビッグマンがいなくて、180cmの選手がインサイドで留学生の選手についたりします。オフェンスでは今のNBAでも流行っている4アウト、5アウトをやっていて、5番ポジションの選手もアウトサイドのプレーができますし、ピックのユーザーにもなります。スペーシングを取ってどうアタックするかを常に考えながら、どこからでも仕掛けてどこからでも点が取れるように。パスの回数やスクリーンの角度にもこだわっています。基本的に走れないとダメですが、動きの質も大切にしています。

ディフェンスはフィジカルを生かして守るか。単純に1対1で負けたら話にならないので強化しますけど、サイズがない中で5対5をどう守るか。どのチームにもキーマンはいると思うのですが、そのキーマンをどう止めるか。キーになるプレーを見極めてどう止めるか。それはいろんなチームと対戦させてもらいながら経験を積んでいます。

──NBAもかなり好きで見ているようですが、レベルが全然違っても、高校生に落とし込めるものですか?

私はNBAだけじゃなくNCAAもユーロも、もっと言えば女子の試合も見ています(笑)。それで自分のチームにこういうプレーを入れたら面白いなと思ったら、実際に落とし込んでみて、そこからチームに合うように、個人に合うように変えてみたり。そういうのをチームにパッと与えて、選手がさらにグレードアップさせたりとか。ちょっとスクリーンの位置を変えたり角度を変えたり、選手たちが考えてやるんですよ。そういう時が一番うれしいですね。ウチの練習で3対3、4対4、5対5をやる時は、インターバルの時間は選手が作戦ボードを持ってずっと話をしていますよ。

──そういう試みを繰り返していく中で、その成果としてのプレーが試合でも出てくるものですか?

もちろんです。ウチはインサイドの選手が一番IQが高くて、その選手がハーフコートでクリエイトします。それによって他の選手も生きてきます。ただ、絶対的に求めているのは「まず1対1で打開できるなら打開しなさい」です。それに対して相手がこう守ってくるなら、次はこうだ、こうだ、と出てくるので。

今年のチームとしてはやっぱり5アウトをどう突き詰めるか。日本の高校バスケではなかなかないスタイルを見せられるんじゃないかと私も楽しみにしています。5番ポジションが外でプレーできる、この特徴をどう生かすか。スペーシングは良くなってきていますし、ここからどう突き詰められるか楽しみです。

──静岡県の天皇杯予選では上のカテゴリーのチームがいる中で優勝しました。そこは大きな自信に繋がったと思います。

そうですね。社会人チームとの3連戦で、ラッキーだった部分もありますがフィジカルの部分で負けませんでした。

──静岡県のウインターカップ予選は10月末からスタートします。どんな思いで大会に臨みますか?

ウインターカップが開催できるのであれば感謝しかありません。とにかく選手たちにやらせてあげたい、そこで自分たちを表現してもらいたいです。選手たちは結果を求めているし、全国のバスケットボールをやっている人たちに「今年の飛龍は面白いぞ」というのを見せたい、その思いが強いですね。留学生はいないしサイズのある選手もいないけど、そこであきらめるんじゃなくて「ここまで突き詰めれば戦えるんだ」という姿を見せられたらカッコいいですよね。それこそ、いろんな方に勇気を与えられるチームだと思うんです。そんなバスケを全国の人に見てもらいたい。この子たちをそういう舞台でやらせてあげたいです。