ドノバン・ミッチェルvsジャマール・マレー

両チームの戦術を粉砕した、ミッチェルとマレーの個人技

もしもバスケットのルールがテニスやバレーボールのように『一定の点差がついて決着する』スポーツであったなら、ドノバン・ミッチェルとジャマール・マレーの戦いは永遠に決着がつかなかったのではないかとすら思わせるほどに、お互いが高確率で決め続ける信じられないようなシリーズでした。

毎試合のようにレジェンドたちの記録を掘り起こし、ステップアップという言葉では言い表せないレベルの活躍を両チームの選手が続けたことは、NBAの歴史に刻まれる名勝負としてファンの記憶に残り続けます。まだファーストラウンドですが、両チームのファンにとってはファイナルのような緊張と興奮が続く7試合となり、そしてこの戦いが終わってしまった喪失感に包まれているでしょう。

ポーカーフェイスのミッチェルと笑顔のマレー、試合中に見せる表情そのままに2人のプレースタイルは対照的です。二コラ・ヨキッチを中心にしたパスワークが冴えるナゲッツで、マレーはポイントガードながらボールを持ちすぎることなく、テンポ良くパス交換をしてリズムを作っていくのが特徴で、プレーシェアをしていくため平均得点も18.5点と控え目。個人での活躍が目立つタイプではありません。

一方のミッチェルはゆったりとしたリズムでボールを持ち、ディフェンスの動きを見てから正しいプレーを選択するのが特徴で、自分よりも相手次第でプレーチョイスを変えてきます。平均24.0点は取っているものの、展開によっては全く得点しないこともあります。

そんな両者に共通するのは『チームが困ったら個人技で得点すること』です。上手くいかない時ほど頼られ、得点を伸ばしていく。そんな2人の魅力が詰まりに詰まった異常な戦いが繰り広げられたファーストラウンドでした。

シリーズが始まる前に困ったのがジャズ。2人目のエースであるボーヤン・ボグダノビッチをケガで欠いた上に、マイク・コンリーが子供の誕生に立ち会うためにバブルを離れました。第1戦はすべてがミッチェルから始まるオフェンスで、プレーオフ史上3位となる1試合57得点で完璧なプレーをしましたが、試合はクラッチタイムで輝いたマレーによってナゲッツが先勝しました。しかし、この57得点はナゲッツを大きく狂わせました。

第2戦はミッチェルにダブルチームを仕掛けた結果、次々に大きなパスでフリーを作られてしまい、しかもダブルチームをやめた第3クォーターにミッチェルに21得点を奪われ、早々に試合を決められてしまいました。

第3戦は復帰したコンリーが次々と3ポイントシュートを決めたことで、ミッチェルはシリーズ最少の20得点ながらジャズが大勝することに。『ミッチェルに困った』ナゲッツがディフェンスの改善を図ろうとしては失敗する2試合を経て、ディフェンスはあきらめ、本来の形である『困ったらマレー』に戻りました。

そして第4戦はミッチェルとマレーがともに50得点を超える史上初めての試合となりました。あまりにも高確率に決めていく2人によって、普通のプレーをしていては上回れなくなり、両チームともエースにボールを集めるしかありませんでした。ただ、唯一コンリーだけが高確率についていけたため、接戦をジャズが制します。

第5戦は後がなくなって、より困っていたナゲッツのマレーは、『たったの30点』しか取らなかったミッチェルに対して、42得点で上回りました。50得点の次の試合で40得点以上を奪ったのは史上2人目の快挙であり、2試合続けてターンオーバーなしという完璧すぎるパフォーマンスでした。

ここまでくると第6戦は誰もがミッチェルとマレーの点の取り合いになると分かっていました。お互いに分かっていながらも止める手段がない2人の異次元の点の取り合いは、両者一歩も引かず決め続けましたが、後半になってジャズがミッチェルを休ませた2分15秒の間に3点しか取れず、マレーを休ませなかったナゲッツに軍配が上がりました。この試合でも50得点を記録したマレーはミッチェルに続いて、一つのシリーズで50得点以上を複数回記録した3人目の選手となりました。

迎えた運命の第7戦。3勝1敗から追いつかれたジャズは本来のチームオフェンスに戻るようにミッチェルにボールを持たせない形を選択しますが、これが見事に失敗します。そもそもチーム力ではナゲッツの方が上回る事実を見せつけられるかのように、前半で最大19点差がついてしまいました。しかしナゲッツも前半の途中でマレーが足を痛め、これまでのようにドライブで抜けなくなってしまい、オフェンス力が急激に落ちました。

第3クォーターになるとミッチェルが1人で取り返しに行き、一気に点差が詰まります。激しいマークにあって高確率では決まらないものの、何度も個人技でアタックして取り返しにいく気迫にナゲッツは抗えず、ジャズが逆転するものと思われました。

ところが第4クォーターになってギャリー・ハリスがミッチェルに張り付くマークをすると、コンリーはミッチェルにはボールを渡さないプレーを選択し続け、ミッチェルは4本しかシュートを打ちませんでした。チームオフェンスを選んだジャズ、マレーが動けないナゲッツ。ともに得点が奪えず、ロースコアの展開が続くことに。最後はヨキッチが残り27秒で決めたフックショットが決勝点となりナゲッツが勝利を収めました。

チーム力に自信を持つ両チームがミッチェルとマレーの個人技で戦ったシリーズは、チーム力の戦いに戻って決着したことになりましたが、特にジャズの選択は物足りなさが残るものでもありました。危機的な状況でこそ輝くミッチェルを使わずに、効率的な選択をしたはずが得点を奪えなかったことは、このシリーズらしさも示していました。

NBAは毎シーズンのように新たな戦術やスターが生まれ、長く厳しいシーズントータルでの機能性や活躍で選手を評価し、誰が優れた選手なのかを討論するのがファンの楽しみでもあります。その一方でプレーオフが始まると毎年のように『プレーオフは違う』と感じ、『プレーオフで活躍してこそのスーパースター』だと言われます。

ナゲッツvsジャズはともに若い選手をエースとしながら、高度なオフェンス戦術と堅いディフェンスでハイレベルなチーム戦術の戦いになると予想していました。しかし、両チームの戦術はミッチェルとマレーの個人技に粉々に粉砕され、『これぞプレーオフ』という熱戦が繰り広げられました。完成された高度な戦術を超えてこそのスーパースターであることを23歳の2人が示してくれたのです。

第6戦では疲弊のあまりロッカールームに戻る通路に座り込んでしまったマレー、第7戦の終了時にコートに倒れこんでしまったミッチェル。すべてを出し尽くした2人のスーパースターに酔いしれたファーストラウンドでした。