取材・写真=古後登志夫 構成=鈴木健一郎

昨年夏に沖縄県で開催された全中(全国中学校バスケットボール大会)を制した西福岡。鶴我隆博が監督を務めるようになったこの7年間で決勝に4回進出し、2回優勝している『最強の公立中学校』だ。鶴我はそれ以前にも百道中、姪浜中で全中に出場し、竹野明倫(西宮ストークスコーチ)や橋本竜馬(シーホース三河)といったタレントを育て上げている。昨年2冠の福岡第一で活躍した重冨周希と友希、今年のインターハイ優勝校である福岡大学附属大濠の永野聖汰、中田嵩基も西福岡での鶴我の教え子だ。その鶴我に選手育成の手法やポリシーを聞いた。

(前編)「苦しい時こそ顔を上げる選手に」

『笛吹けども踊らず』という選手はいません

──先ほど「大したことはやっていない」とおっしゃいましたが、指導する上で大事にしていることはありますか?

福岡のミニバスの指導者はクレイジーな人が多いですから、ダンク以外は何でもできるんです。30年前は夏休みにシュートの特訓をしたものですが、今は入学した時点でゴールを見なくても左手でパッとシュートを決める子がいますよ。入って来る時点でのレベルが全然違うんです。そこはミニバスの指導者のおかげです。あとは私が教えるより、一緒にやっている選手の影響力が大きいです。左手でシュートを打つ子がいれば、他の選手は見よう見まねですぐ覚えますから。

だから先ほど話したように『一人が一人をブチ抜く能力』、『一人がガツンと守る能力』を大切にしています。ウチもスクリーンプレーをやりますが、お膳立てしてもらってフリーにならないとシュートを打てないプレーヤーでは、中学段階ではダメだと。やっぱり1対1でブチ破る能力です。ディフェンスも同じで、ヘルプローテーションはやりますが、何が何でも目の前のこいつを守る、というプレーを徹底的に要求します。

──その積み重ねは技術だけでなくメンタルの強い選手を育てることになりそうですね。

これだけの人数がいると競争社会の縮図みたいなもので、仲良く手をつないでゴールするわけにはいきません。だから常にそういう競い合いから選手たちが精神的な強さを身に着けるというのはあります。逆に言うとそれを乗り越えないとやっていけない。みんな志を持って入ってきている以上、もっとうまくなりたい、もっと試合に出たい、もっと活躍したい、という気持ちを持っています。だから、やる気がなくて『笛吹けども踊らず』という選手はウチにはいません。

小さな意識の違いが圧倒的な差になる

──すごく簡単におっしゃいますが、そうは言っても指導者がちゃんとコントロールしているからこそ、全中のような大会で実績を残せるのだと思います。

私は怒鳴り上げているだけですよ(笑)。それでも大事にしなきゃいけないのは、バスケットに対して真摯に取り組むこと、相手に対して敬意を払うことです。中学生ですから、試合に勝っていけば調子に乗ります。それがモチベーションになる面もあるでしょう。でも、度が過ぎたらガツンとやるのは私の仕事です。

大差がついたゲームでも相手からいろんなことが学べます。やられても顔を下げず向かって来る、一生懸命に声を出す、ベンチで真っ先に動いている。スコアで勝っていたとしても、すべての面で必ずしもウチが優れているとは限りません。それを選手たちが気付き、謙虚に受け止められるか。試合に勝ったからと偉そうにしているのか、常に敬意を持ってやっていくのか、そこは選手が成長していく大きなポイントになります。

理想は自主性を育てて、選手が自分で判断することですが、なかなかそうはなりません。今年度は日本一になりましたが、じゃあ彼らが私の見ていないところですべてできるかと言ったら、それはやっぱりできないんです。

──どうやったらできるようになるんでしょうか。あるいは、中学生にそこまで求めること自体が無理ですか?

女子はできます。今、西福岡の女子は県大会に行けるレベルになっていますが、その前は区大会レベルでした。それでも男子よりずっと姿勢が良いですよ。男子は私が見ていないとやらない。でも女子は見ていなくても「やれ」と言われたことを一生懸命に練習しています。

例えばスクリーンアウトをやるにしても、女子は練習から命懸けです。小さい子が大きな選手を相手に徹底的にやります。これが男子だと、ちょっと自分が勝てると思ったら、もうそれ以上はやりません。今はそれで済むとして、高校に行って身長も手の長さもジャンプ力も違う相手とやると全く通用しない。そこで初めて気が付くのが男子です。

小さな意識の違いかもしれませんが、積み重なると圧倒的な差になる。これは年代を問わず言えます。だから女子はアジアでチャンピオンになれるのに、男子はこんな状態なんです。体格の差は女子にだってあるけど、それでもアジアで戦えている。それは中学生あたりの年代からずっと培ったものがあるからです。でも男子にはなかなか定着しなくて、難しいですね。偉そうに言っていますが、指導者も同じです。男の指導者は私に代表されるようにズボラなんです(笑)。女子の緻密さを謙虚に学ばなければならないとつくづく思います。

人間力の向上なくして競技力の向上はない

──多くの教え子がバスケ界で活躍していますが、成功する選手に共通するものは何ですか?

運動能力やセンスがある子が全員成功するかと言えば、そうとも限りません。それで言うと「自分の可能性をずっと信じられる」という子でしょうね。あとは巡り会いです。高校へ行き次の進路へ進み、そこで監督、トレーナー、先輩だとかいろんな人に巡り会い、そこで影響されて変わる部分も大きいですから、人との縁は大事です。

──先生自身は、公立中とはいえ全国屈指の強豪と呼ばれるようになった西福岡を率いることに重圧を感じますか?

プレッシャーを感じることはありません。一つはチームを勝たせるのが私の目的ではないからです。彼らがバスケットを通じて何を学ぶのか。私たちが勝負するのはそこなんです。彼らも将来は社会のためになる一人前の人間にならなきゃいけない。それをバスケットボールを題材にして教えるわけです。それを一番うまくできるのは優勝したチームかと言えば、そうではありません。逆に言うとプレッシャーを感じるのは、挨拶ができない、掃除ができないヤツらを卒業までにできるようにしなければならないことです。そっちのほうが大事だし、プレッシャーですね。バスケットは彼らが好きでやっているんだから、勝手にうまくなっていきますよ(笑)。

しかし、勝ち負けに何の執着もないかと言えば、それはまた違います。これは矛盾しているかもしれませんが、私たちは教育者ですが、勝負師の一面も持っているんです。勝負師としてコートに立った以上は何が何でも勝ちたい。その意識はありますね。挨拶や掃除ができれば試合に負けていいのか。覚悟を決めた生徒を預かっている以上、そういうわけにもいきません。

ただ、人間力の向上なくして競技力の向上はありませんから、そこは相反するものではなくて車の両輪なんです。これが両輪ともちゃんと回った時に、初めてバランスの取れたプレーヤーであり、人になっていくわけです。私が達成感を感じるとしたら、その部分です。