地元の宮崎でプロ選手を集めたクリニックを実施した清水太志郎(サンロッカーズ渋谷)「宮崎が好きだから」

2017/06/19
Bリーグ&国内
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取材=古後登志夫 構成=鈴木健一郎 写真=古後登志夫、野口岳彦

「好きだからやれていることであって、苦ではないです」

6月17日と18日、6名のプロ選手が参加した中学生向けのクリニックが宮崎県の都城工業高校で行われた。発起人にして『幹事』を務めたのは清水太志郎(サンロッカーズ渋谷)。彼の呼びかけに応じて、月野雅人(金沢武士団)、小林慎太郎(熊本ヴォルターズ)、相馬卓弥(島根スサノオマジック)、永吉佑也(京都ハンナリーズ)、ベンドラメ礼生(サンロッカーズ渋谷)と豪華な顔ぶれが集結した。

清水太志郎の呼びかけて宮崎県の高校出身のプロ選手6名が集結、都城工業高校に集まった中学生プレーヤー100人と交流

大盛況に終わったクリニックを終え、清水に話を聞いた。

──お疲れ様でした。まずはこのクリニックを始めたいきさつを教えてください。

Bリーグになって注目が高まったので、オフに何かやりたいとはずっと考えていました。それで宮崎の高校出身の選手を調べたら12人いたので、みんなに声をかけて。本当はエキシビジョンゲームをやりたかったのですが、かなり急だし準備が間に合わなくて。クリニックであれば体育館も借りることができて、支援してくれる方もいてスピーディーに決まっていきました。

なぜやるかと言われると、結局は「宮崎が好きだから」としか答えようがありません。セカンドキャリアという大々的な言い方はしませんが、そういう発信もしていきたいです。現役生活をあと何年続けられるか分からないですが、現役のうちに声をかければ永吉にせよ礼生にせよ「いいっすよ」、「やりましょう」と言ってくれるので。

『元プロ選手』になってしまうと、父兄は分かるからすごいと思ってくれるかもしれませんが、子供にしてみれば現役選手から与えられるインパクトとか影響とは違ってくると思います。それに宮崎は田舎だから、閉鎖的だし情報も遅い。なかなか発信ができないので、自分からやっていこうと考えました。

──長いシーズンが終わってようやくのオフ、ただ参加するだけでなく企画立案から運営の仕切りまでとなると大変だと思います。そこは『地元への恩返し』がモチベーションですか?

嫌いじゃないんです、企画するのが(笑)。BBQに行ってもせっせと働くし、鍋をやれば鍋奉行だし。このクリニックについてはマネージャーみたいなことをしていますが、それを一番年下の礼生にやれとは言いません。好きだからやれていることであって、苦ではないですね。

「国体優勝は僕の中ですごく自慢というか、誇りです」

──宮崎県にはBリーグのチームがありません。宮崎シャイニングサンズ(bjリーグ/2012-13シーズンを最後に活動休止)が潰れた後、地元に還元したいという気持ちもありますか?

正直、サンズには辛い思い出しかありません。サンズがなくなって、Bリーグが始まって情報だけは入ってくるけど試合を見る機会がない。最後の質疑応答で「プロになるにはどうすればいいですか」という質問が出たのですが、それだけ情報に飢えているんだと思います。

──子供の頃にプロ選手から影響を受けたことはありますか?

子供の頃は年に一回だけJBLが宮崎に来ていて、それは見ていました。昔、小林高校は女子が強くて、楠田(旧姓は川上)香穂里さんがジャパンエナジーにいて代表だった頃、当時中学生だった僕は写真を撮ってもらったことがあります。そういうのって残りますよね。

──宮崎のバスケ界を背負っているという自覚はあります?

背負っているとは思いません。みんながついてきてくれるからやっています。ただ、宮崎県として国体で初めて優勝した時のキャプテンである自分が何かやらなきゃ、という思いはあります。僕は毎年必ず帰っているし、それだけの思いはあります。宮崎出身の選手だけで国体を優勝できたことは、僕の中ですごく自慢というか、誇りなんです。

宮崎は田舎なので、小林高校か延岡学園の『2強』に行かないとインターハイ、国体、ウインターカップには出場できず、プロへの道もないという状況です。でも今回来てくれた相馬は宮崎工業で、今回来れなかった河野誠司(山形ワイヴァンズ)や米澤翼(茨木ロボッツ)は都城農業高校で、そういう選手がプロで頑張っていることで今の宮崎の子供たちにチャンスを残している。大学で頑張ってトライアウトを受けたり、仕事しながらプロを目指す道もあることを知ってほしいです。

SR渋谷の環境は最高だが「この1年間は納得できなかった」

──「いつまで現役をやれるか」という話が出ましたが、このオフはSR渋谷との契約を早々に更新しました。この夏に36歳になります。SR渋谷に骨を埋める覚悟ですか?

bjリーグを経験してきた僕にとって、今の環境は最高です。体育館があって冷暖房設備があって文句の付けどころがありません。今の状況で現役を終えることは良いことだなと思う反面、この1年間は自分で納得できなかったし、もっとやれるという気持ちがありました。

移籍してきて使われ方が変わったことに対して、最初は葛藤がありました。でもチームメートに日本代表がいたり、刺激的な選手がいて日頃の練習から争わなければいけない環境に身を置いて思ったのは「今までが異常だったのかな」ということです。平均35分ぐらいのプレータイムがあって、ケガしてもすぐに戻ってくることのできるポジションがあってとか。その点、毎日の練習は楽しかったし、「もっとやれる」と自分で思うことができました。僕は能力ではなく駆け引きするタイプで、得意な2番ポジションで使われていなかったので、自分の得意なところで勝負できれば、という気持ちがあります。

──だからこそ来シーズン、自分の得意なところで勝負したいというわけですね。個人的な目標はどこに置きますか?

自問自答しているんですが、それが分からないんです。僕は身体能力で勝負するタイプではないので、足が遅くなったとかジャンプできなくなったとかは、自分のプレーをする上で支障になりません。50くらいのスピードしかないけど、0と50を使い分けるのが良いところであり、まだやれると思っています。

それと同時に『引き際も大事』だと自分でも思っていて、「太志郎、よく頑張ったからもうそろそろ……」と人に言われるより、「まだやれるんじゃないか」と惜しまれながらやめたいという理想もあります。今のところ引退するつもりは全くないですが、自分の中で何が起きるか……。

自分の土俵で勝負しても壁にぶち当たってダメであれば、すっきり引退できます。まあ、それはどうなるか分かりません。ただ一つ間違いなく言えることは、来シーズンにSR渋谷が優勝したら『勝ち逃げ』します。優勝して終わるのはカッコいい話だと思うので(笑)。