ウェストブルックやハーデンとプレーした時期を振り返るケビン・デュラント「純粋にバスケットボールを楽しんでいた」

2017/01/19
NBA&海外
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写真=Getty Images

デュラントはウェストブルック、ハーデンと相次ぎ対戦

ウォリアーズのケビン・デュラント、サンダーのラッセル・ウェストブルック、そしてロケッツのジェームズ・ハーデン。いずれも卓越した得点力に加え多彩なスキルを備えたNBAのトッププレーヤーだが、この3人が2009年から12年までチームメートだったことを、最近になってNBAを見始めたファンは知らないかもしれない。

当時のサンダーでは、まだ若手だった3人が一緒にプレーしていた。いずれもまだ若く、恐いもの知らずのイケイケな時期。2011-12シーズンのプレーオフに進出すると、ファーストラウンドでマーベリックスをスウィープ(4戦全勝)で下し、コービー・ブライアントを擁するレイカーズをカンファレンス準決勝で下し、百戦錬磨のスパーズをもカンファレンス決勝で打ち破ってNBAファイナルにまで駒を進めた。

ファイナルでは、レブロン・ジェームズ、ドウェイン・ウェイド、クリス・ボッシュの『スリーキングス』結成2年目のヒートに1勝4敗で敗れて涙を呑んだが、この3人の爆発力が世界中のバスケットボールファンに知れ渡ったシーズンだった。

翌シーズンの躍進が期待されたが、レイカーズやヒートと違って健全経営をモットーとするサンダーには、この3人と同時に大型契約を結べるだけの資金力がなく、ハーデンをロケッツにトレードせざるを得なかった。サンダーではシックスマンとして両エースを支えたハーデンだったが、ロケッツではボールを支配するエースとして移籍1年目から頭角を現し、現在に至る。

サンダーはその後、デュラントとウェストブルックを中心に毎シーズン優勝候補に挙げられる力を手にしながらあと一歩及ばずというシーズンが続いた。そして昨夏、デュラントはフリーエージェントの権利を行使してウォリアーズと契約を結んだ。

デュラントを失ったサンダーには、ウェストブルックまで放出して完全なる再建モードに切り替える選択肢もあったが、ウェストブルックとは契約を延長。3人は、それぞれ異なる道を歩んでいる。

デュラント「当時は外部の声に耳を傾けなかった」

今シーズンの3選手はそれぞれのチームでシーズンMVP候補に挙げられる活躍を見せている。デュラントはウォリアーズの中心選手として西の首位キープに貢献。ウェストブルックはオスカー・ロバートソン以来となるNBA史上2人目の『平均トリプル・ダブル』の実現が現実味を帯びる大活躍でサンダーで孤軍奮闘している。ハーデンもウェストブルックと同様にトリプル・ダブルを量産し、まさにモンスター級のパフォーマンスを継続している。

優勝という目標のためウォリアーズに移籍したデュラントは、今週18日にサンダー、そして20日にロケッツと対戦する。盟友たちとの対戦を前に、3人が揃ってプレーした3年間を、『San Jose Mercury News』とのインタビューで振り返った。

「僕たち3人が引退まで一緒にプレーし続けると言うのは簡単だけれど、そうはならなかった。きっと、僕らはそれぞれ記憶に残るようなキャリアを送るさ。3人で一緒にプレーした時のことは、これからも特別で、非常に大切な時間、旅路として思い返すと思う。だって、今シーズン凄まじい活躍を見せている2人と一緒にやっていたのだから。振り返ってみると、本当に楽しい時間だった」

もし3人がサンダーでプレーし続けていたら、2000年代のレイカーズやスパーズのような『王朝時代』を築けただろうか? デュラントは、この問いかけに対し、「そうはならなかったと思う。というのも、僕たちはNBA史上最高のチーム云々という見方をしていなかったから。本当にアマチュアの精神で、純粋にバスケットボールを楽しんでいた。チーム外部の声には耳を傾けなかったからね。たまに何か耳に入ると、『なんだよ、それ?』という感じだった。一度も周りの意見に関心を持たなかったからね」と答えている。

万が一サンダーがラグジュアリータックスを支払ってでもハーデンをチームに残していたら、おそらくシックスマンという起用法は変わらなかったはず。しかし、今のハーデンのプレースタイルしか知らないファンからすれば、控えという役割を本人が受け入れたかどうか疑問に思うだろう。だがデュラントは、「彼なら、シックスマンとしての起用を受け入れただろうね」と言う。

「今は誰も彼をシックスマンとしては見ていないだろうけれど、もし同じ役割を続けていたとしたら、今よりもっと良い選手になっていたかもしれない。もちろん、彼は今のチームでの役割に満足しているはずだよ。でも、もしサンダーで優勝していたら、周りは彼を偉大な選手として評価しただろう。彼が当時のチームの根幹を成していて、前に進む力を与えてくれたから。シックスマンではなく、チームの主軸という見方をされていたはずさ。きっと、史上最高のシックスマンになっていただろうね」